30代こそ「自分の意見」を持つ重要性
又吉直樹氏が語る“感想戦”の本質
お笑い芸人であり作家でもある又吉直樹氏は、30代に差しかかった人々に対して「自分の意見を持つこと」の重要性を語っている。映画や本、演劇、ドラマなどを鑑賞した後に、他者と感想を語り合う場面では、その人の個性や思考が顕著に現れると指摘する。
又吉氏によると、多くの人がやりがちな行動として、鑑賞後にインターネットで感想を検索し、他者の意見をなぞるように会話へ持ち込むケースがあるという。しかし、そうした発言は「面白さを一切生まない」と断言する。既に存在している感想を繰り返すだけでは、話し手自身の感性がまったく見えてこないため、会話そのものの意味が薄れてしまうという見解である。
「分からなかった」も立派な感想
又吉氏は、感想を述べる際に“正解”を求める必要はないと強調している。重要なのは、自分が何をどう感じたか、あるいは「なぜ分からなかったのか」を自ら考える姿勢にあると語っている。たとえその感想が他者と異なっていても、それこそが独自の視点であり、創造的な対話の出発点になるという。
「なるほど、そういう見方もあるのか」と他人の意見に学びながらも、自分なりの解釈を交えて話すことが、思考を深める一歩につながる。又吉氏は、30代という成熟した時期こそ、社会的な正解に合わせるのではなく、自分の人生経験を通じた“ものの見方”を意識すべきだと提案している。
独自の読み解きが作品を膨らませる
又吉氏は、詩集『放課後に読む詩集』に収録された「金田くんの宝物」という作品を例に、自身の読書体験を語った。作中に登場する「太宰治の『津軽』」という一節を、最初は単なる記号として読み飛ばしていたが、改めて太宰の作品の内容を思い返すうちに、詩のテーマと深く響き合っていることに気づいたという。
この発見を通じて、又吉氏は作品に対して“自分なりの意味”を見出す喜びを再確認したと述べている。偶然の一致かもしれないが、その気づきによって詩が自分の中でより立体的に広がったと振り返っている。この体験が象徴するのは、「他人の解釈をなぞるのではなく、自分の目で確かめ、考えることで作品がより豊かになる」という感性の育み方である。
“ズレ”を恐れず語る力
又吉氏は、「他人と違う意見を持つことは恥ずかしいことではない」と明言している。むしろ、他者との“ズレ”こそが対話を生み、思考の幅を広げる源になるという。
インターネット上の批判や評判に流されず、「自分の人生と照らし合わせたときに何を感じたのか」を考えることが、30代に求められる成熟した姿勢であると説いている。たとえ多くの人が同じ評価をしていても、「自分は少し違う」と感じたなら、その感覚こそが個性であり、AI時代を生き抜く上での人間らしさにつながるというメッセージが込められている。
AIとの理想的な付き合い方と使い方
AIは「監督」ではなく「コーチ」
又吉氏は、急速に発展するAI技術との関わり方について、「AIを使う人間の姿勢」が重要だと語っている。AIを万能の存在として依存するのではなく、自分自身を動かすための“コーチ”や“トレーナー”のような存在として位置づけることが理想的だと述べている。
その比喩として、又吉氏はサッカーを例に挙げ、「AIを監督にするのではなく、自分が監督兼選手であり、AIはトレーナーのように支えてくれる存在である」と説明した。AIに答えを求めるだけでは思考力が衰えてしまうため、AIが提示した情報をもとに「自分はどう考えるか」を導き出すことが大切だと強調している。
「AIが言わなかった8個」を拾う発想
又吉氏は、AIの出力をそのまま受け入れる危うさにも言及している。たとえば、作品の感想をAIに10個挙げさせた場合、その中から「自分が言いやすい意見」を選んでしまうと、独自性が失われるという。
このような姿勢は、AIに思考を委ねることと同義であり、創造性を奪う危険があると警鐘を鳴らしている。又吉氏はむしろ、「AIが出さなかった8個の視点」を自分で拾い上げることに意味があると述べる。AIが示す“みんなが考えそうな意見”を確認したうえで、「それを自分の個性だと勘違いしないこと」が、AI時代を生きる上での重要な自己防衛になるという。
AIに頼る“境界線”を自分で決める
AIをどの範囲まで使うかについても、又吉氏は明確な考えを持っている。AIを活用する際は、「ここまでは使っていい」「ここから先は自分で考える」といった線引きを自分自身で決めるべきだと述べている。この線引きがあることで、AIへの依存を防ぎ、思考の主体を保てるという。
つまり、AIとの関係は“完全な自動化”ではなく、“自分の思考を助ける補助装置”としての位置づけが望ましいという立場である。AIを正しく使いこなすことは、創造的な発想力を広げることにつながると又吉氏は考えている。
課金してでも「体験」として使う理由
又吉氏は現在、ChatGPTを有料プラン(月額約3000円)で利用していると明かしている。さらに上位プランとして月額3万円の新しいサービスが登場していることにも触れ、その性能の高さに驚きを示した。
AIが急速に進化する今、数年後に振り返れば「当時はこんなふうにAIを語っていたのか」と感じるほど、価値観が変化するだろうと予測している。そのため、AIをただ情報源として利用するのではなく、「体験として関わること」に意味があると語った。
又吉氏にとって、AIは単なる便利なツールではなく、自分の創作や思考を促す“訓練相手”のような存在であり、その可能性を探ること自体が創作活動の一部になっている。
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AI時代における人間の役割と感性
“冷蔵庫と穴掘り”の比喩が示す変化の本質
又吉氏は、AIの登場によって社会構造が大きく変わりつつある現状を、日常的なたとえ話で表現している。かつて冷蔵庫がなかった時代、人々は地面に穴を掘り、地下に保存庫を作って食材を冷やしていた。しかし、冷蔵庫が発明された後も、同じように穴を掘り続けている人がいるとすれば、それは時代の変化を見誤っているのかもしれないと語っている。
この比喩は、AIがもたらした革新を理解しないまま、旧来のやり方に固執する危うさを象徴している。AIという“冷蔵庫”が登場した今、人間がわざわざ“穴を掘る”ような非効率な作業を続けるのは、本質を見失う行為であるという警鐘である。又吉氏は、「同じ労力をかけるなら、AIにはできない新しい挑戦に時間を使うべきだ」と述べ、時代に合わせた行動のアップデートを促している。
“穴を掘る”生き方を選ぶ自由もある
一方で又吉氏は、AI時代にあえて“穴を掘る”生き方を選ぶ人々の価値も否定していない。冷蔵庫があるにもかかわらず、自分のこだわりとして地下保存を続ける人のように、「AIを使わない」という選択も個人の自由であり、それもまた独自の表現になると語っている。
AIを使うことが主流になる中で、それに逆らう姿勢自体が一つの創作になり得る。つまり、AIの存在を前提としながら、どのように距離を取るかを自分で決めることが、今後の時代を生きる上での“人間の表現”になるという視点である。
AIにできない“人間の味”を探す時代へ
又吉氏は、AIの進化が止まらない今こそ、「AIにできないことを早く見つけるべき時期」に来ていると指摘している。AIが人間の文章表現や創造的作業を次々と再現できるようになっていく中で、人間の側に求められるのは「感情や曖昧さを伴う思考」や「個人の経験から生まれる感性」である。
AIが得意とするのは正確な情報処理や要約である一方で、意図せず生まれる“間”や“ずれ”に宿る表現の味わいは、人間にしか再現できない領域だと又吉氏は考えている。したがって、AIを恐れるのではなく、AIの得意分野を理解したうえで、自分にしか書けない文体や創作方法を模索することが、これからの創作者にとって最も重要な課題になると語っている。
AIと共存する“柔軟な感性”の必要性
又吉氏は、AIに対して過度な期待も恐怖も抱かず、「自分がどう使うかを理解しておくこと」が現代人に求められる姿勢だとまとめている。AIが進化を続ける中で、人間の感性や創造性は常に変化していく。だからこそ、AIを拒絶するのではなく、柔軟に取り入れながらも“思考の主導権”を手放さないことが重要だという。
AIが社会の標準装備となる時代において、又吉氏の発言は「人間の思考や感情をどう守るか」という問いを投げかけている。技術の進化とともに、人間の“感じる力”がより価値を持つ時代が到来していることを示唆している。
出典
本記事は、YouTube番組「【百の三_悩める30代に伝えておきたい事⑪】あなたはAIをどう使ってる?AIとの理想的な付き合い方は?自分で考えついたオリジナルの意見じゃないとAIに負ける!ChatGPT愛用家の又吉が語る!」(百の三チャンネル/2024年公開)の内容をもとにAI要約しています。
読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの
AI時代の知的成熟をめぐる議論では、「自分の意見を持つ」「AIを使いこなす」「人間の感性を保つ」といった理想が語られます。しかし、これらの言葉を現実的に捉えるには、学術研究の知見に基づいて「どのような条件でそれが機能するのか」を検討する必要があります。本稿では、最新の国際研究をもとに、①独自意見の形成、②AIとの協働の限界、③AI時代の感性の定義という三つの軸から考えます。
① 「自分の意見」を持つことの価値と前提条件
「他人の意見に流されず、自分の考えをもつ」ことは、教育現場でも重要な能力とされています。OECDが示す「Learning Compass 2030」では、批判的思考(critical thinking)を「多様な情報を吟味し、信頼性と整合性を評価して判断を下す能力」と定義しています(OECD, 2023)。
ただし、「独自性」を強調しすぎると、情報の偏りを強化する危険があります。たとえば、SNSでは似た意見を持つ人々が集まり、異なる視点が届きにくくなる「エコーチェンバー現象」が観測されています(Flaxman et al., 2016)。さらに、アルゴリズムが好みを学習して情報を自動的に選別する「フィルターバブル」も、視野の狭まりを助長します(Cinelli et al., 2021)。
したがって、「自分の意見を持つ」ためには、反対意見や他分野の知見に意図的に触れる習慣が欠かせません。教育心理学の研究では、独自の思考を育てるには、単なる主張ではなく「情報の比較・矛盾の理解・仮説の統合」を経る学習過程が重要とされています。つまり、意見とは孤立的な独創ではなく、知識の重層的構築によって支えられるものなのです。
② AIとの付き合い方──理想的協働の条件
AIを「監督」ではなく「コーチ」として扱うという比喩は、人間が主導権を保ちつつAIを活用する姿勢を象徴します。ただし、実際の研究はこの関係をより複雑に描いています。
米国AAAI会議の研究では、「最も正確なAIが最良の協働者とは限らない」ことが示されています。人間がAIの判断に過度に依存すると、結果的にチーム全体の精度が低下することがあるのです(Bansal et al., 2021)。これは1990年代に提唱された「オートメーション・バイアス(自動化過信)」の現代的再現でもあります(Parasuraman & Riley, 1997)。
さらに、AI導入は効率を高める一方で、判断力や説明責任を損なうリスクも報告されています。Spatola(2024)は、AIに再帰的に頼ることで誤り検出能力が鈍化する「効率―責任トレードオフ」を提示しました(Spatola, 2024)。また、Steyversら(2025)は、人間がAIの説明を「長く詳しいほど信頼できる」と誤認する傾向を実験的に示しています(Steyvers et al., 2025)。
これらを踏まえると、「AIをどう使うか」は個人の感覚ではなく、仕組みとしてのガバナンスで管理すべき課題です。AIの提案を最終決定とせず、常に人間の判断を挟むプロセス設計――たとえば「AI案+人間案」の二段階評価や、不確実性情報の明示――が、現実的なAIリテラシーの核になるでしょう。
③ AI時代の「感性」──抽象概念から操作的定義へ
AIが創作や意思決定に関わる時代に、「感性を守る」という表現がよく使われます。しかし、感性を単なる「人間らしさ」として語るだけでは曖昧です。心理学・神経科学の研究を踏まえると、「感性」は少なくとも三つの側面に分けて理解できます。
- ① 審美感受性──複雑さや曖昧さの中に快を感じる能力。刺激の複雑性と快の関係を逆U字で示した「覚醒ポテンシャル理論」に対応します(Marin, 2016)。
- ② 曖昧さ耐性──不確実な状況を機会として扱える心理的柔軟性。創造性との相関が知られています(McLain, 2015)。
- ③ 情動の粒度──自分や他者の感情を精密に識別・言語化できる力で、創作や共感の基盤をなします(Barrett, 2016)。
このように定義すれば、「感性」は測定・訓練・デザインに取り込むことが可能です。教育や創作の現場では、「不確実性を保持できる力」「感情表現の精度」を評価指標に加えることで、AI時代においても人間的創造力を可視化できるようになります。
④ 「新規性低下」は危機か再設計の機会か──Zhou & Lee(2024)の再評価
Zhou & Lee(2024)は、生成AI導入により作品の生産性が約25%向上し、好評価の確率も上昇したと報告しましたが、その一方で平均的な新規性が低下したことを指摘しました(PNAS Nexus, 2024)。しかし、同研究では「ピーク新規性」はむしろ上昇しており、創作空間の“広がりと均質化”が同時に起こっていると解釈されています。
つまり、AIは「平均的な安全領域」を拡大しつつも、突発的な独創を発火させる可能性を高めています。これを危機と見るか機会と見るかは、AIの使い方次第です。AIを単なる量産装置としてではなく、「探索の幅を設計できる道具」として扱うことが、人間の創造性を維持する鍵となります。
まとめ──柔軟な知性と共創の倫理
AI時代の知的成熟は、「人間とAIの優劣」ではなく、「相互の弱点を補い合う設計」にあります。意見の形成には他者理解が、AI活用には判断の点検が、感性の発揮には曖昧さを抱える力が必要です。
AIの進化によって、思考や創造のスピードは飛躍的に上がりました。しかし、その中で「立ち止まり、考え直す力」をどう維持するかが、これからの人間の課題です。AIが示す効率の向こう側に、あえてゆらぎを残す――その余白にこそ、未来の創造の種が宿るのかもしれません。