Reuters Instituteの2025年調査では、日本でニュースや時事的な話題に影響力を持つ個人アカウントが国別に整理されています。日本の上位には、西村博之氏、堀江貴文氏、高橋洋一氏、滝沢ガレソ氏、池上彰氏、HIKAKIN氏、立花孝志氏など、多様な立場の発信者が並んでいます。ここから見えてくるのは、いまの日本では、社会的な話題や時事情報が、伝統的な報道機関だけでなく、個人の顔、語り口、キャラクターを通じても強く流通しているという現実です。
この変化は、単に「情報源が増えた」というだけではありません。現代の受け手は、何が語られているかだけでなく、誰が語っているかをかなり重視しています。しかもその語り手は、X、YouTube、TikTok、Instagramなど複数の場を横断しながら影響力を持っています。そのため、情報の信頼や拡散力は、事実の中身だけでなく、人格、親しみやすさ、率直さ、言い切る力と結びつきやすくなっています。インフルエンサーと宗教の関係を考えるときに本当に重要なのは、個々の主張の是非だけではなく、この「信頼が集まる構造」そのものだと言えます。
目次
- なぜ人はインフルエンサーを信じやすいのか
- 自己啓発・健康系インフルエンサーは、なぜ宗教っぽく見えるのか
- 推し活・政治・ニュース発信は、なぜ「信仰化」しやすいのか
- 宗教そのものも、いまやインフルエンサー化している
なぜ人はインフルエンサーを信じやすいのか
- ✅ 人は「正しいから信じる」だけでなく、「近く感じるから信じる」ことがあります
- ✅ SNSでは、擬似的な親密さが信頼を強めやすいです
- ✅ ニュース消費でも、内容だけでなく「誰が語るか」が重くなります
- ✅ 宗教との共通点は、教義より先に「信頼の集まり方」にあります
インフルエンサーと宗教の関連を考えるとき、最初に見るべきなのは、発信内容の正しさそのものだけではありません。むしろ先にあるのは、「なぜその人が信じられるのか」という問題です。SNSでは、発信者が毎日のように顔を出し、私生活の断片を見せ、失敗や不安も共有します。その結果、受け手は実際に会ったことがなくても、「この人は信用できそうだ」「本音で話していそうだ」と感じやすくなります。ここで働いているのが、いわゆるパラソーシャル関係、つまり一方向なのに親しいと感じられる関係です。
この概念は、インフルエンサー研究の中で繰り返し使われてきました。研究が直接「インフルエンサーは宗教である」と言っているわけではありませんが、少なくとも、受け手が情報そのものだけでなく、発信者との擬似的な関係を通じて態度や関心を形づくりやすいことは、多くの研究が共有している見方です。つまり、人は論理だけで信じているのではなく、関係性の感覚を通じても信じています。
この点は、ニュース分野の調査を見るとさらにわかりやすいです。Pew Research Centerの2025年ファクトシートでは、米国成人の21%がニュース系インフルエンサーから定期的にニュースを得ていると答えています。また、その理由として「時事問題を理解しやすくしてくれる」「速報性がある」「真正性を感じる」「ほかの情報源とは違う情報がある」といった点が上位に挙がっていました。つまり、人々はニュースを得るときでさえ、単に情報量や正確さだけでなく、語り手のわかりやすさや本物らしさに引かれているのです。
宗教とインフルエンサーが似て見える第一の理由は、ここにあります。人は情報だけを受け取っているのではなく、安心感、世界の見え方、判断のよりどころまで一緒に受け取っています。「この人の言うことなら聞ける」「この人を見ていると落ち着く」という感覚は、単なる好意では終わりにくいです。やがてそれは、何を信じ、何を疑い、どう判断するかの基準そのものに影響していきます。宗教との共通点は、教義の有無より前に、まずこの信頼形成の力学にあります。
自己啓発・健康系インフルエンサーは、なぜ宗教っぽく見えるのか
- ✅ 自己啓発や健康の発信は、情報提供を超えて生き方の指針になりやすいです
- ✅ 不安が強い分野ほど、断言してくれる語り手に人は引かれやすいです
- ✅ 体験談や回復談は、救済の物語のように受け取られやすいです
- ✅ 共通の習慣や言葉が共同体を作ると、宗教に似た雰囲気が強まります
自己啓発系や健康系のインフルエンサーが宗教っぽく見えるのは、発信内容が単なる豆知識にとどまらず、「どう生きるべきか」「どう整えるべきか」という生活全体の方向づけにまで踏み込むからです。食事法、睡眠習慣、考え方の癖、成功のためのルーティン。こうしたテーマは、一見すると実用的ですが、実際には人生の意味づけと結びつきやすいです。だから受け手は、単なる知識としてではなく、「この人のやり方を取り入れれば自分も変われるかもしれない」という期待込みで受け取るようになります。
KFFの調査でも、若い世代ほどSNSで健康情報や助言に接しており、18〜29歳では約23%が健康情報や助言をインフルエンサーから得ていると答えています。一方で、ソーシャルメディア上の健康情報について、何を信じればいいか迷う人も少なくありません。ここで重要なのは、人々が「疑っていない」のではなく、「疑いながらも頼っている」という点です。不安が強い領域では、完全に検証された知識より先に、わかりやすく方向を示してくれる人のほうが強い影響を持ちやすいです。
さらに、健康や栄養の分野は、改善したい気持ちと不安が同時に高まりやすいです。だからこそ、「これで変わった」「これで整った」という体験談が、単なる情報以上の重みを持ちます。こうした語りは、宗教でいう救済の物語や証しに似た働きを持ちやすいです。ただし、ここで大切なのは、すべての健康系発信が怪しいと言うことではありません。問題は、信頼の根拠がデータだけでなく、語り手の人格や変化の物語に強く依存しやすい点にあります。
同じ習慣を取り入れる人たちが集まり、同じ言葉を共有し、同じ価値観を持つようになると、その空間は単なる情報交換を超えていきます。そこでは、正しさだけでなく、仲間意識や安心感まで共有されるようになります。こうして、自己啓発や健康の発信は、知識の提供から共同体の形成へと進みやすくなります。宗教っぽさが強まるのは、教義があるからではなく、不安に意味を与え、日々の実践を支え、ゆるやかな共同体を生みやすいからです。
推し活・政治・ニュース発信は、なぜ「信仰化」しやすいのか
- ✅ 人は情報そのものより、「誰が語るか」に強く影響されます
- ✅ 価値観の一致は、情報選択を帰属意識へ変えやすいです
- ✅ 批判が内容批判ではなく、共同体攻撃として受け取られやすくなります
- ✅ 推し活・政治・ニュースは、象徴化が起きやすい分野です
インフルエンサーと宗教の共通点は、自己啓発や健康の分野だけにあるわけではありません。推し活、政治、ニュース発信のように、一見別々に見える領域でも、人物への信頼が強くなりすぎると「信仰化」に近い現象が起こりやすいです。ここでいう信仰化とは、単に好きになることではなく、ある人物や発信源が世界を見るための中心になり、発言内容を一つずつ吟味するより先に、「この人を信じるかどうか」で受け止め方が大きく分かれていく状態を指しています。
Pew Research Centerの2025年調査では、ニュース系インフルエンサーからニュースを得る人の一定割合が、「自分と意見や価値観が合っていること」を主要な理由に挙げていました。これはかなり示唆的です。情報を得るという行為が、単なる知識収集ではなく、自分がどちら側に属しているかを確かめる行為にもなっているからです。政治やニュースの領域では、もともと善悪、正義、不正、味方、裏切りといった大きな物語が作られやすいです。そこに人格の強い発信者が加わると、「この論点に賛成か反対か」よりも、「この人を支持するかどうか」が先に立ちやすくなります。
推し活でも似た構造は見られます。もちろん、誰かを応援すること自体は自然な営みであり、それ自体を過剰に問題視する必要はありません。ただ、特定の人物の投稿や発言が特別な意味を持ち、ファン同士の連帯が強まり、外部からの批判が「内容への批判」ではなく「共同体への攻撃」として受け止められやすくなるとき、その構造は宗教共同体の防衛反応とよく似てきます。SNSでは、毎日の投稿、ライブ配信、限定的な交流があるため、ファンは単なる視聴者ではなく、参加者として関わるようになりやすいです。
こうして見ると、推し活、政治、ニュース発信が信仰化しやすい理由は共通しています。どれも、情報の正確さだけではなく、感情の安心、仲間との一体感、自分の立場の確認までをまとめて与えてくれるからです。宗教が長く担ってきた役割も、まさにそこにありました。だから現代では、インフルエンサーは宗教そのものではありませんが、信頼、帰属、反復、象徴化という働きにおいて、かなり宗教に近い位置を占めることがあります。
宗教そのものも、いまやインフルエンサー化している
- ✅ 現代では、インフルエンサーが宗教に似るだけでなく、宗教も発信の形式を変えています
- ✅ 宗教的権威は、礼拝所の外でもSNSや動画を通じて形成されるようになっています
- ✅ 宗教界自身が、デジタル発信者を担い手として扱い始めています
- ✅ 信仰の実態は、教義だけでなくメディア形式にも左右されます
ここまで見ると、インフルエンサーが宗教に似るという方向だけでは、現代の状況を十分に説明できません。逆向きの変化、つまり宗教そのものがインフルエンサー的な形式を取り込みつつあることも、かなり明確になっています。以前の宗教的権威は、教会や寺院、礼拝所のような制度と場所に強く結びついていました。ですが今では、宗教的な言葉や導きは、日常のタイムラインに流れ込み、短い動画や投稿として繰り返し接触されます。信仰は「行く場所」にだけあるのではなく、「いつも見るフィード」の中にも現れるようになっています。
Pew Research Centerの2023年調査では、米国成人の30%が宗教についてオンラインで情報検索をしたことがあり、21%が聖典読書を助けるアプリやサイトを使い、20%が宗教に関する動画を見ています。さらに、約4分の1が宗教的礼拝をオンラインやテレビで定期的に視聴しています。つまり、宗教経験そのものがすでにかなりデジタル環境へ移っているのです。ここで重要なのは、前回のように「11%が自分の宗教指導者をSNSでフォロー」と断定することではなく、Pewが実際に示しているのは、宗教関連のオンライン利用がかなり広く浸透しているという全体像だ、という点です。
この流れを象徴するのが、バチカン側の動きです。Jubilee 2025の公式発信では、「digital missionaries and Catholic influencers」のための行事が位置づけられていました。これは単なる宣伝ではなく、宗教界の側が、SNS上で活動する発信者を意味ある担い手として見始めていることを示しています。ここで起きているのは、「宗教がSNSを使っている」だけではありません。より正確には、宗教の伝え方そのものが、顔の見える語り、短い動画、日常との接続、フォロワーとの継続的関係といった、インフルエンサー的な形式を採り入れ始めているのです。
この変化は、一部の宗教圏に限られたものでもありません。宗教インフルエンサー研究では、現代の宗教的権威が「遠くて厳かな人物像」だけでなく、「親しみやすく、生活感があり、それでも尊敬を保つ見せ方」によって構築されていることが論じられています。要するに、現代の宗教的権威は、偉い人であるだけでは足りず、近く感じられる人であることも求められているということです。これは、インフルエンサーの強さと宗教権威の作られ方が、同じプラットフォーム環境の中で少しずつ似てきたことを意味しています。
結論として、SNS時代には、インフルエンサーが宗教に似るだけではなく、宗教もまたインフルエンサーに似ていきます。現代の信頼や権威は、制度や肩書だけで成立するのではなく、どのように語り、どのように親しさを演出し、どのように反復的に接触されるかによって作られています。インフルエンサーと宗教の関連性を考えるとは、結局のところ、人は今どこで権威を感じ、誰から生き方や世界の見方を受け取っているのかを考えることでもあります。
出典
- Reuters Institute for the Study of Journalism, “Japan | News creators and influencers 2025”
- Reuters Institute for the Study of Journalism, “Mapping News Creators and Influencers in Social and Video Networks”
- Pew Research Center, “News Influencers Fact Sheet”
- KFF, “Health Information and Advice on Social Media”
- Pew Research Center, “Use of Apps and Websites in Religious Life”
- Pew Research Center, “Americans’ experiences with virtual religious services”
- Jubilee 2025 / Vatican, “The Jubilee of digital missionaries and Catholic influencers”