目次
SBNRとは何か 日本で広がる理由と身近な実践
- ✅ SBNRは、特定の宗教に属していなくても、心の豊かさや精神的な充足を大切にする姿勢を表す考え方です。
- ✅ サウナ、ヨガ、キャンプ、推し活のような身近な行動も、SBNR的な価値観とつながっているものとして捉えられます。
- ✅ 日本ではもともとの文化や感覚と相性がよく、SBNRを自覚していない人の中にも、近い感覚が広く根づいています。
PIVOT公式チャンネルの番組では、発想技術研究所上席研究員の井藤元氏が、SBNRという言葉を「いまの日本人の感覚を読み解く重要なキーワード」として紹介していました。SBNRは「Spiritual But Not Religious」の略で、特定の宗教を信仰しているわけではない一方で、精神的な豊かさや自分なりの拠りどころを大切にする人々を指す言葉です。番組では、この層が世界的に増えていることに加え、日本はとくにその傾向が強い国として語られていました。押さえておきたいのは、SBNRが一部の特別な人の話ではなく、すでに日常の中にかなり広く入り込んでいる考え方として捉えられる点です。そう見ると、理解のハードルがぐっと下がります。
私は、SBNRという言葉を、宗教の代わりに何か強い教義を持つ人の話としては捉えていません。むしろ、毎日の暮らしの中で心を整えたい、自分にとって大事な感覚を確かめたい。そうした静かな欲求を持つ人のこととして見ています。特定の宗教団体には属していなくても、精神的な豊かさを求める感覚は十分にありえますし、その感覚がいま、言葉として可視化され始めているのだと思います。
私は、日本ではこの感覚がとくに自然に受け入れられやすいと感じています。神社に行く、手を合わせる、季節の移ろいで気持ちが整う。そうした行為を、宗教だと強く意識せずに大切にしている人は多いはずです。だからこそ、SBNRという言葉を知ったときに、目新しいというより「もともとあった感覚に名前がついた」と受け取る人が多いのではないかと思います。
サウナや推し活もSBNRとつながっている
私は、SBNRの具体例としてサウナ、ヨガ、キャンプ、推し活が挙がっていた点が、とても象徴的だと感じました。どれも一見すると趣味や習慣に見えますが、ただ楽しむだけではなく、心を整える、自分と向き合う、何かを信じて没頭する、自然の中で感覚を開く。そんな要素を持っています。娯楽でありながら、内面の充足にもつながっているわけです。
私は、とくに推し活が例に入っていたことに、大きな広がりを感じました。スピリチュアルという言葉には少し構えてしまう人でも、推しを応援することで日々の意味や元気を見出している感覚なら、かなり身近に感じられるはずです。言い換えると、SBNRは特別な儀式の話ではなく、「自分の心がどこで満たされるのか」を見つめる話なのだと思います。
日本で受け入れられやすい4つの価値観
私は、番組内で整理されていた「心・体・自然・つながり」という4つの軸が、SBNRを理解するうえでとてもわかりやすいと感じました。心を見つめ直すこと、体の感覚を整えること、自然に触れること、人や歴史や文化とのつながりを感じること。この4つは別々ではなく、どれかを大事にすると、ほかも自然に大事になっていく――そんな見方が示されていました。
私は、この一体感のある捉え方が、日本の感覚に近いと思います。心身一如のように、心と体を切り離さずに考える発想は昔からありますし、自分と自然、自分と周囲をゆるやかにつなげて感じる文化も根強くあります。だから日本では、SBNRを強い思想として学ばなくても、暮らしの中で自然に実践している人が多いのだと思います。
このテーマで見えてくるのは、SBNRが新しい流行語である以前に、現代の不安や疲れの中で「自分にとって本当に大切なもの」を探す感覚に名前を与える言葉だという点です。井藤氏の説明をたどると、日本ではすでに多くの人がその入り口に立っており、サウナや推し活のような日常的な行動も、その延長線上で理解できます。次のテーマでは、この感覚がなぜ消費行動やライフスタイルの変化につながるのか、もう一歩深く整理していきます。
SBNRはなぜ消費や習慣と結びつくのか
- ✅ SBNRの広がりは、モノを持つ豊かさよりも、自分の心にどんな価値が残るかを重視する流れと結びついています。
- ✅ サウナ、筋トレ、推し活、キャンプなどは、楽しさだけでなく、心身を整えたり、自分が信じられるものとつながったりする行動として選ばれています。
- ✅ これからの消費は、体験の良さだけでなく、その体験が自分の内面に何をもたらすかが、ますます重要になっていきます。
番組の中盤では、SBNRが単なる価値観の話にとどまらず、消費行動や日々の習慣とも深く結びついていることが整理されていました。井藤氏は、人々が求める豊かさの形が時代ごとに変化してきた流れの先に、いまのSBNR的な消費があると説明していました。言い換えると、昔は「何を持っているか」が重視され、その後は「どんな体験をするか」へと価値が移り、さらに現在は「自分が何を信じ、何に心を動かされるか」が重視される段階に入っている、という見方です。この流れで捉えると、SBNRは曖昧な精神論ではなく、消費の基準そのものが変わってきたことを示すキーワードとして理解しやすくなります。
私は、この話の面白さは、SBNRが気分や雰囲気の話ではなく、価値判断の軸そのものを変えている点にあると感じました。便利で高性能なものを手に入れることが豊かさだった時代から、心が満たされる体験を求める時代へ移り、さらに今は、その体験が自分にとって本当に意味があるのか、自分の内側に何を残すのかが問われているのだと思います。
私は、この変化が広がっている背景には、不安の多い社会状況もあると感じています。先の見えない時代だからこそ、人は他人が良いと言うものではなく、自分が落ち着けるもの、自分が信じられるもの、自分を整えてくれる時間を求めるようになります。SBNRは、その感覚をとてもよく表している言葉だと思います。
モノ消費から「信じられるもの」への移動
私は、番組で示されていた「モノ消費」「コト消費」「信消費」という整理が、とてもわかりやすいと感じました。モノ消費は、良い製品を持つこと自体に価値がある考え方です。コト消費は、旅行やイベントのように、思い出や体験に価値を見出す考え方です。そしてその次に来ているのが、自分が何を大切にしたいのか、何を信じたいのかにお金や時間を使う動きだ、という説明でした。
私は、この「信消費」という見方に、いまの時代らしさがよく出ていると思います。たとえば、ただ楽しいだけの体験ではなく、終わったあとに気持ちが整った、前向きになれた、自分にとって意味があった――そう感じられるものに、人は継続して価値を見出します。消費の判断基準が、価格や話題性だけではなく、内面的な納得感へ移っているのだと思います。
サウナや筋トレが「整える行動」になる理由
私は、サウナや筋トレがSBNRの文脈で語られていたことに、現代的なリアリティを感じました。これらは健康や趣味の話としても説明できますが、それだけではありません。体を動かすことで気分が変わる、汗を流すことで頭の中が整理される、感覚が研ぎ澄まされていく。そうした「身体を通じて心を整える行動」として受け取られているからこそ、強い支持を集めているのだと思います。
私は、ここで大事なのは、心と体を切り離していない点だと感じています。たとえば、ただ疲れるだけの運動では続かなくても、終わったあとに呼吸が深くなったり、気持ちが軽くなったりすると、人はその行動に意味を感じます。SBNRの文脈では、体を整えることがそのまま精神的な豊かさにもつながっていく。そうした一体感が、多くの人にとって納得しやすいのだと思います。
推し活やキャンプが心の支えになる背景
私は、推し活やキャンプも同じ流れの中で理解できると感じました。推し活は、単にコンテンツを消費する行動ではなく、誰かを応援することを通して日常に意味や活力を見つける行為でもあります。キャンプは、非日常の自然の中に身を置くことで、慌ただしい日常から少し距離を取り、自分の感覚を取り戻す時間になります。どちらも、心の居場所をつくるという意味で、SBNR的な実践と言えそうです。
私は、ここに共通しているのは、外から与えられる正解ではなく、自分で納得できる拠りどころを持つことだと思います。誰かに評価されるからではなく、自分の心が落ち着くから続ける。そうした行動は、見た目には趣味でも、内面ではかなり深い意味を持っています。SBNRが広がっているというのは、人々がそれぞれの形で「心のメンテナンス方法」を選び始めていることでもあるのだと思います。
このテーマで見えてくるのは、SBNRが「スピリチュアルな人たちの話」ではなく、現代の消費や習慣の中心に入りつつある考え方だという点です。人はもう、良い商品や楽しい体験だけでは満たされにくくなっており、その先にある内面的な納得や精神的な充足を求めています。井藤氏の整理に沿って見ていくと、サウナや推し活が支持される理由も、単なる流行としてではなく理解しやすくなります。次のテーマでは、この感覚が市場規模や地域資源、ビジネスの可能性にどうつながっていくのかを見ていきます。
SBNR市場の可能性 日本が資源大国とされる理由
- ✅ 番組では、SBNRに関わる市場は世界で150兆円以上、見方によっては200兆円近くに広がる可能性があると整理されていました。
- ✅ 日本には神社、祭り、温泉、茶道、武道、自然など、精神的豊かさと結びつく資源が日常の中に多く残っています。
- ✅ SBNRは観光や地域創生だけでなく、SNS発信や副業とも相性がよく、個人が小さく始められる分野としても注目されています。
番組の後半では、SBNRが個人の価値観や生活習慣にとどまらず、これからの経済やビジネスを考えるうえでも大きなテーマになりうることが語られていました。井藤氏は、SBNR的な価値観とつながる市場を広く捉えると、世界では150兆円以上、場合によっては200兆円近い規模で見ることもできると説明していました。つまり、これは一部のニッチな趣味市場の話ではありません。ウェルネスツーリズムやマインドフルネス、自然体験、推し活のような分野を含めて考えると、人々の「心の豊かさ」や「自分らしい整い方」に関わる経済圏が、すでにかなり大きく広がっている、という見方です。
私は、この話を聞いて、SBNRは価値観の変化であると同時に、市場の見方そのものを変える考え方でもあると感じました。これまで別々に見られていた観光、健康、趣味、学び、文化体験のようなものが、実は「精神的な豊かさを求める」という共通の軸でつながっている。そう考えると、SBNRは新しい商品カテゴリーの名前というより、人が何にお金や時間を使いたくなるのかを読み解く補助線になっているのだと思います。
私は、ここで日本の存在感が大きいという指摘がとても印象に残りました。日本には、日常の中にすでに精神性と結びついた文化が多く残っています。神社に行くこと、祭りを大事にすること、温泉に入ること、自然の中で静かに過ごすこと。そうした行為は、普段は観光や生活文化として受け止められていますが、見方を変えると、SBNRの資源そのものでもあるのだと思います。
日本に眠るSBNR資源とは何か
私は、番組で「日本はSBNRの資源大国」と整理されていた点に、大きな説得力を感じました。たとえば神社や祭りはもちろん、茶道や武道、温泉、森の中を歩くこと、四季を感じる風景まで含めて、日本には精神的な豊かさと自然につながる要素がとても多くあります。しかもそれらは特別な施設の中だけにあるのではなく、街や地域の日常の中に残っているところが大きいと思います。
私は、ここが日本の強みだと思います。海外ではマインドフルネスやウェルネスが新しい商品やサービスとして整えられている一方で、日本ではもともと暮らしの中に近い形で残っているものが多いからです。つまり、新しくゼロから作るというより、すでにある文化をどう言語化し、どう現代の文脈で伝えるかが重要になってくるのだと思います。
観光と地域創生にどうつながるのか
私は、SBNRと観光の相性はかなり良いと感じました。番組でも、ウェルネスツーリズムの広がりや、ガイドブックに載る定番スポットだけではない価値が語られていました。たとえば有名観光地ではなくても、静かな森、温泉地、昔ながらの祭り、地域に根づく祈りの文化などは、それ自体が深い体験になります。見て終わる観光ではなく、自分を整える観光へ変わっていく可能性がある、ということです。
私は、この視点が地域創生にもつながると思います。写真映えする場所だけに人が集中すると、どうしても観光の偏りが生まれます。しかし、SBNRの視点では、派手さがなくても意味のある場所に価値が生まれます。言い換えると、静かな地域や自然の豊かさそのものが、これからは魅力として再評価されやすくなるということです。これは、地域が持っている文化や風景を無理に変えずに活かせる可能性でもあります。
SNS発信や副業と相性が良い理由
私は、番組でSNS発信や副業との相性が語られていた点も、とても現代的だと感じました。ヨガのインストラクターが日々の実践を発信する、筋トレや食事の工夫を共有する、心が整う習慣を紹介する。そうした小さな発信は、単なる情報提供というより、価値観の共有に近いものになります。SBNR的な関心を持つ人は、自分に合うものを探す意欲が強く、見つけたものに深く入っていく傾向があるという説明も印象的でした。
私は、ここに個人の可能性があると思います。大きな企業が作るサービスだけでなく、自分が本当に良いと思う習慣や体験を、小さく言葉にして届けていくことにも意味があるからです。しかも、副業が単なる収入の補助ではなく、自分の人生を豊かにする実践の延長として考えられている点は、SBNRの考え方とかなりよく重なります。つまり、仕事と生き方を完全に切り離さず、自分の信じるものを少しずつ形にしていく。その入口としてSNSや副業が機能しやすいのだと思います。
このテーマで見えてくるのは、SBNRが個人の心の問題にとどまらず、日本の文化資源や経済活動の再解釈にもつながる考え方だという点です。井藤氏の話をたどると、日本はすでに多くのSBNR資源を持っており、それを観光、地域創生、発信、副業の文脈で活かしていく余地が大きいことがわかります。つまり、SBNRは流行を追う言葉というより、これからの日本が何を価値として打ち出せるのかを考えるうえで、かなり重要な視点になりそうです。
出典
本記事は、YouTube番組「【無宗教だけどスピリチュアル】世界でブーム「SBNR」とは?/サウナ・キャンプ・ヨガ・推し活 も/世界の市場は150兆円以上/日本はSBNRの資源大国/副業やSNS発信とも高相性 【ECONOMY】」(PIVOT 公式チャンネル/公開日確認中)の内容をもとに要約しています。
読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの
宗教離れが語られる社会で、なぜ精神性が求められるのか。国際調査、政府統計、査読論文、国際機関の報告を突き合わせながら、効果と限界を確かめていきます。[1-6]
問題設定/問いの明確化
特定の宗教組織に属する意識は強くないのに、「心の整え方」や「意味づけ」は重視する――こうした態度は、日々の習慣やサービス消費とも結びつきながら語られがちです。ただ、この現象を論じるときに、信念(何を信じるか)と行動(何をするか)、そして市場(何が売られるか)を一緒くたにしてしまうと、根拠の強さが見えにくくなります。
そこで本稿では、①「無宗教」と「精神性」がどう測られているか、②精神的充足と関係しうる行動にどの程度の実証があるか、③市場化が進んだときの安全性・倫理をどう捉えるか、の三点を切り分けて整理します。[1-3,5-6]
定義と前提の整理
「宗教(religion)」と「精神性(spirituality)」は、国や世代によって意味が揺れやすい言葉です。東アジアを対象にした国際調査では、宗教を「重要」と捉える人が相対的に少ない一方で、儀礼や超越的なものへの感覚が残りうることが示されています。加えて、幼少期と現在で宗教的自己認識が変化した人の割合(宗教転向)が日本で32%とされるなど、所属の固定度がそれほど高くない可能性も指摘されています。[1]
米国の大規模調査では、成人のうち「スピリチュアルだが宗教的ではない」層が22%と整理され、信念や実践の多様性が描かれています。ここで押さえておきたいのは、「精神性」は宗教の代替として一枚岩に存在するのではなく、宗教性と重なりつつも別の軸として測定されている、という点です。[2]
研究レビューでも、「スピリチュアルだが宗教的ではない」という自己記述は、理解の仕方や動機が多様で、文化的背景や属性とも絡みやすいとまとめられています。だからこそ、精神性を語るときは単純な増減に寄せるのではなく、「何を指標として扱っているか」を明示する必要があります。[3]
また日本では、生活者の自己申告とは別に、行政上の統計として宗教法人等の実態を把握する調査が継続されています。政府統計では、宗教法人数や教師・信者数などを毎年調査し、1949年から実施されてきた旨が説明されています。これは「個人の自己認識」と「制度としての宗教」が別の概念であることを示す、ひとつの補助線になります。[4]
エビデンスの検証
精神性への関心が語られる背景には、孤独感や社会的つながりの弱さが関係しうると考えられます。日本では、全国の無作為抽出を用いた調査で、孤独感・社会的孤立の状況を把握し、政策立案の基礎データとする枠組みが示されています。調査票送付数や有効回答数など、方法情報が公開されている点も、議論の土台として重要です。[5]
国際的にも、OECDが社会的つながりと孤独を整理し、比較可能な指標として「直近4週間に“ほとんど/常に”孤独を感じた」人の割合が国によって一定の幅で分布することを示しています。また、「孤独をまったく感じない」人の割合が低下するなど、分布の変化が起こりうる点も示されています。孤独をめぐる議論は、個人の気分の問題に閉じず、社会条件と結びつく論点として扱われています。[6]
次に、「精神性」と結びつきやすいのは、信念そのものというより、心身の状態に影響しうる行動です。瞑想プログラムについての系統的レビューとメタ分析では、不安・抑うつ・痛みなどのストレス関連アウトカムに小〜中程度の改善が示される一方、能動的治療(薬物、運動、他の行動療法)より優れている証拠は確認されない、という整理も併記されています。効果があるとしても、その射程と比較対象を取り違えないことが要点です。[7]
運動については、無作為化比較試験を統合したネットワーク・メタ分析で、うつ症状に対する有効性が報告されています。ただし研究デザイン上、期待効果(プラセボ様の影響)を減らす工夫の必要性が指摘されており、「運動さえすれば確実に解決する」といった単純化は避けるべきだと考えられます。[8]
自然環境への接触についても、緑地曝露と健康アウトカムを扱うメタ分析があり、複数の指標で有益な関連が報告されています。一方で、研究の質や異質性の高さが限界として明記されており、どの環境・どの頻度・どの対象者に有効かは、文脈を踏まえた解釈が求められます。[9]
ここまでの実証を踏まえると、精神的充足は「宗教的所属の有無」だけで説明されるものではありません。ストレス低減、身体活動、自然接触、社会的つながりといった複数要因の組み合わせとして理解したほうが、検証可能性は高まります。[6-9]
さらに「意味の感覚」は、消費や体験の動機とも関係します。心理学のレビューでは、快楽(楽しさ)に焦点を当てる見方と、意味・自己実現に焦点を当てる見方を区別し、後者がより持続的な充足と結びつく可能性が整理されています。[10]
マーケティング研究でも、消費が「回復」「視野の拡張」「自分の整理」などのテーマを伴って、“意味のある経験”として語られる枠組みが提示されています。ここでのポイントは、意味づけが必ずしも宗教固有の領域に限定されず、生活行動の中に広がりうることです。[11]
市場データとしては、グローバルなウェルネス経済が2023年に6.3兆米ドル規模に達したという推計が示されています。ただし、これは民間機関による定義・推計に基づくため、数字をそのまま「社会全体の精神性の増大」と読み替えるのではなく、「関連産業が幅広く束ねられて測定されている」事実として扱うのが適切です。[12]
観光分野でも、健康を動機とする旅行の分類が整理され、健康ツーリズムを医療ツーリズムとウェルネスツーリズムの上位概念として扱う枠組みが示されています。ここでも「身体・精神・霊性」といった領域が並列に置かれており、精神性が社会活動の一部として定義され得ることが確認できます。[13]
反証・限界・異説
第一の限界は測定です。「スピリチュアル」「宗教的」といった自己申告は、質問文や文化的文脈によって意味が変わります。レビューが指摘するように、同じラベルでも理解や動機が多様で、属性要因とも絡むため、単純に一括りにすると過大解釈につながり得ます。[3]
第二の限界は効果の過信です。瞑想のメタ分析は一定の改善を示しつつも、能動的治療より上回る根拠は確認されないと整理しています。運動の研究でも、期待効果を抑える設計上の課題が述べられています。精神性をうたう実践が「万能の解決策」として消費される状況には、距離を置く必要があります。[7-8]
第三の限界は、自然接触などの“良さ”が、誰にでも同じ強さで当てはまるとは限らない点です。緑地曝露の研究は有益な関連を示す一方、研究の質や異質性の問題も明記しています。政策や事業として展開する場合は、アクセス格差(住環境、時間、費用)も含めて設計しないと、効果が届く層が偏る可能性があります。[9]
第四の論点は市場化のリスクです。健康・癒やし・伝統的実践がサービス化するとき、医療的主張に近い言い回しや誇張が生じやすくなります。WHOは、伝統医療・補完医療について安全性・有効性の確保や、エビデンスに基づく統合の必要性を掲げています。これは、精神性と健康を結びつけて語る際に、利用者保護の視点が不可欠であることを示唆します。[14]
日本の健康表示をめぐっても、科学的根拠の不足などにより、表示の撤回が一定割合で生じたとする報道があります。制度の目的が利用者に分かりやすい情報を提供することにある以上、「精神性」や「ウェルネス」を根拠の弱い健康効果として売る行為には、より慎重さが求められます。[15]
倫理的には、「意味」や「癒やし」を商品として提供することが個人の自由を広げる一方で、自己責任化を強めるパラドックスも残ります。孤独やつながりの課題が社会条件と結びつく以上、「個人の工夫」だけに解決を押しつける説明は十分ではない、という見方も成り立ちます。[5-6]
実務・政策・生活への含意
実務上は、「精神性があるかどうか」を論じるよりも、行動と根拠を対応づけて示すほうが安全です。たとえば、瞑想や運動、自然接触を扱うなら、どの研究(無作為化試験か観察研究か)に基づく効果なのか、比較対象は何か、限界は何かをセットで示す必要があります。[7-9]
また、健康効果をうたうサービスでは、利用者が期待を調整できるように、費用、継続条件、禁忌、専門家の関与範囲などの透明性が重要になります。WHOの戦略が強調する「安全で有効な利用」という方向性は、国内外で共通の課題として参照できます。[14]
政策面では、孤独・孤立の把握が制度的に進んでいる点を踏まえ、個人のセルフケアだけでなく、居場所づくり、参加機会、移動や空間の設計など、つながりの基盤整備を優先する議論が求められます。国際比較の知見も、介入の焦点を「個人の努力」から「社会の条件」へ広げる材料になります。[5-6]
生活者にとっては、精神的充足を求める行動を否定せず、同時に「効果は小さくても積み上げで変わる領域」と「過剰な期待や誇張で失望しやすい領域」を分けて理解することが現実的です。意味の感覚は尊重されるべきですが、その手段が市場で提供されるときは、根拠の強さとリスクを点検する習慣が有効です。[7-8,10-12,15]
まとめ:何が事実として残るか
国際調査と研究レビューからは、宗教的所属が弱い自己認識と、精神性・実践の多様性が同時に観測され得ることが確認できます。一方で、精神的充足の一部は、瞑想・運動・自然接触・社会的つながりといった検証可能な行動要因として説明でき、効果の大きさや限界も研究から読み取れます。[1-3,6-9]
他方で、市場化は誇張や安全性の問題を呼び込みやすく、制度や国際機関の議論が示すように、エビデンスと利用者保護の設計が不可欠です。精神性をめぐる議論は、個人の選好として尊重しつつも、根拠と条件を丁寧に切り分けて検討を続ける課題が残ります。[12-15]
本記事の事実主張は、本文の[番号]と文末の「出典一覧」を対応させて検証可能としています。
出典一覧
- Pew Research Center(2024)『Religion and Spirituality in East Asian Societies』Pew Research Center(Report) 公式ページ
- Pew Research Center(2023)『Spirituality Among Americans』Pew Research Center(Report) 公式ページ
- Wixwat, M. & Saucier, G.(2021)『Being spiritual but not religious』Current Opinion in Psychology 公式ページ
- 政府統計の総合窓口(e-Stat)/文化庁(更新2025)『宗教統計調査(統計データ概要)』e-Stat 公式ページ
- 内閣府(2025)『孤独・孤立の実態把握に関する全国調査(令和6年実施)調査結果のポイント:National Survey for Ascertaining People’s Loneliness and Social Isolation (2024) Key Points』内閣府(PDF) 公式ページ
- OECD(2025)『Social Connections and Loneliness in OECD Countries』OECD Publishing(Report) 公式ページ
- Goyal, M. et al.(2014)『Meditation Programs for Psychological Stress and Well-being: A Systematic Review and Meta-analysis』JAMA Internal Medicine 公式ページ
- Noetel, M. et al.(2024)『Effect of exercise for depression: systematic review and network meta-analysis of randomised controlled trials』BMJ 公式ページ
- Twohig-Bennett, C. & Jones, A.(2018)『The health benefits of the great outdoors: A systematic review and meta-analysis of greenspace exposure and health outcomes』Environmental Research 公式ページ
- Ryan, R. M. & Deci, E. L.(2001)『On Happiness and Human Potentials: A Review of Research on Hedonic and Eudaimonic Well-Being』Annual Review of Psychology 公式ページ
- Gupta, A., Eilert, M., & Gentry, J. W.(2024)『Meaningful Consumption』Journal of Macromarketing 公式ページ
- Global Wellness Institute(2024)『Global Wellness Economy Monitor 2024(PDF)』Global Wellness Institute 公式ページ
- European Travel Commission & UNWTO(2018)『Exploring Health Tourism: Executive Summary』ETC/UNWTO(PDF) 公式ページ
- World Health Organization(2025)『Global traditional medicine strategy 2025–2034』WHO 公式ページ
- Mainichi(2024)『20% of Japanese “functional” foods have withdrawn labeled health claims: consumer agency』The Mainichi(News) 公式ページ