目次
- イラン攻撃でなぜ日本株と円が揺れたのか
- 日本・韓国・台湾が有事に弱い理由――エネルギー依存の現実
- 「有事の円買い」はなぜ消えたのか――2013年以降の構造変化
- 円安は本当に追い風なのか――日本経済の弱さと価格転嫁の壁
イラン攻撃でなぜ日本株と円が揺れたのか
- ✅ イラン攻撃を受けて日本市場が強く揺れた背景には、単なる地政学リスクだけでなく、原油高・LNG高騰・円安が一気に日本経済へ重なる構造がありました。
- ✅ 日本では「有事だから円が買われる」よりも、「輸入コストが増えて景気に悪い」という連想が先に立ちやすくなっています。
- ✅ そのため株安と円安が同時に進みやすく、読者が感じる不安も、実体経済へのダメージを見込んだ反応として理解できます。
文藝春秋PLUSの対談では、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏と、文藝春秋PLUS編集長の杉本りうこ氏が、イラン攻撃を受けた市場の反応を手がかりに、日本経済の弱さをいろいろな角度から整理しています。今回の動きは、その場限りのニュース反応というより、日本がもともと抱えている構造的な不安が一気に意識された結果として語られていました。とくに大きいのは、エネルギー価格の上昇が、そのまま輸入負担の増加へつながりやすい点です。ざっくり言えば、日本は有事が起きた瞬間に、景気悪化を先回りして織り込みやすい国になっている、ということです。
原油が上がれば輸入額が増えますし、貿易赤字も膨らみやすくなります。そこに円安が重なると、海外から買うものの値段はさらに上がっていきます。しかも高くなるのは石油だけではありません。燃料費が上がれば、電気代や物流費、最終的な商品の価格まで広がっていきます。私としては、こうした流れを見たときに、ウクライナ戦争のときと似た連想を多くの人がすぐに持ったのではないかと感じます。
― 唐鎌
市場が先に織り込んだのは「エネルギー高」と「景気への打撃」
今回の対談で印象に残るのは、日本の投資家や視聴者が、かなり早い段階から「これはエネルギー価格の問題になる」と受け止めている点です。以前なら、地政学リスクはどこか遠い世界の出来事として見られがちでした。ところが今は、原油やLNGの上昇が家計や企業のコストにどう響くのかが、すでに広く共有されています。戦況そのものだけでなく、その先にある値上がりや景気減速まで視野に入れて、市場が動いているわけです。
私が注目したのは、日本を含むアジア株の下落がかなり大きかったことです。米国市場がそれほど大きく崩れていない一方で、日本や韓国、台湾は強く売られました。これは、エネルギー供給への依存度が高い地域ほど、原油やLNGの上昇を深刻に受け止めざるを得ないからです。供給が今すぐ止まるわけではなくても、リスクが高まるだけで調達コストは上がりますし、生産活動にもじわじわ影響していきます。
― 杉本
「有事の円買い」ではなく「日本経済に不利」という見方
ここがポイントです。かつては国際情勢が不安定になると、円は安全資産として買われやすいとされてきました。ところが今回は、そうした見方よりも「日本はエネルギーを輸入に頼っているので不利だ」という理解のほうが前に出ています。円が守りの通貨として評価されるより先に、日本経済の弱点が意識されているのです。だからこそ、株安と円安が同時に起きやすくなります。
このテーマ全体を通して見えてくるのは、イラン攻撃が日本市場を揺らした理由が、単なる心理的な動揺だけではないということです。原油高、LNG高騰、輸入負担の増加、そして景気への下押し圧力までが、ひとつの線でつながって見られていました。そしてこの見方は、日本だけにとどまらず、韓国や台湾にも共通する東アジアの弱さへと広がっていきます。次のテーマでは、その構造をもう少し掘り下げていきます。
日本・韓国・台湾が有事に弱い理由――エネルギー依存の現実
- ✅ 日本・韓国・台湾がそろって売られやすいのは、地理的な近さだけでなく、中東エネルギーへの依存とLNG備蓄の薄さという共通の弱点があるためです。
- ✅ とくにLNGは電力と産業活動の土台なので、価格上昇や調達不安が出るだけで、実体経済への警戒が一気に強まります。
- ✅ その結果、東アジアのハイテク生産や輸出の強さがあっても、有事の局面ではむしろ脆さとして意識されやすくなっています。
イラン攻撃の影響を考えるうえで、対談が強調しているのは「日本だけを切り離して見ないほうがいい」という点です。市場では、日本、韓国、台湾がそろって大きく売られました。そこには、東アジアに共通する経済構造があります。要するに、エネルギーを外から買わないと経済が回りにくい地域ほど、有事のショックを強く受けやすいということです。
私が注目したのは、日本を含むアジア株の下げが非常に大きかったことです。米国市場が比較的落ち着いているのに対して、日本、台湾、韓国はかなり強く売られていました。この3つの地域に共通しているのは、中東へのエネルギー依存が高いことです。原油だけでなく、LNGも大きな問題です。備蓄が十分とは言いにくい状況で、リスクが高まるだけでも調達コストが上がり、生産活動のスローダウンまで意識されてしまいます。
― 杉本
原油だけではなくLNGが東アジアの弱点になる
エネルギーの話になると、どうしても原油価格に目が向きがちです。ただ、この対談ではLNG、つまり液化天然ガスの重要性がかなりはっきり示されています。LNGは発電に直結しやすく、電力の安定供給を支える燃料でもあります。そのため、供給そのものが止まらなくても、「今後不安定になるかもしれない」と見られただけで市場は敏感に反応します。特に日本、韓国、台湾のように製造業やハイテク産業の比重が高い地域では、電力コストの上昇がそのまま生産コストの上昇につながりやすいのです。
原油はもちろん大事ですが、私としてはLNGの備蓄の短さがより気になっています。日本はおおむね2週間程度、台湾と韓国は10日前後とも言われます。特に台湾では、LNGの備蓄量が電力生産と産業活動に直結するので、以前から強く意識されてきました。今回のようにホルムズ海峡周辺のリスクが高まると、明日すぐに供給が途絶えるわけではなくても、調達費用が上がり、それを使う産業全体のペースダウンが懸念されます。
― 杉本
東アジアの強みが有事には逆に不安材料になる
東アジアは、半導体をはじめとするハイテク産業の集積地として世界経済を支えています。本来は大きな強みですが、有事の場面では見え方が変わります。生産の土台となる電力や燃料が外部依存である以上、供給不安や価格高騰が起きると、その強みが一転してリスクとして意識されるからです。精密なサプライチェーンで成り立つ地域ほど、エネルギー面の揺らぎに弱い、というわけです。
この章で見えてくるのは、東アジアの弱さが単なる市場心理ではなく、エネルギー構造に根差した現実だということです。日本、韓国、台湾は、近い地域で似た経済の悩みを抱えています。そしてこの脆さは、次の論点である「なぜ円が有事でも買われないのか」という話にもつながっていきます。安全資産としての円の見方が変わった背景には、こうした地域全体の不安定さも重なっています。
「有事の円買い」はなぜ消えたのか――2013年以降の構造変化
- ✅ かつて円は有事に買われる通貨と見られていましたが、その前提は2012年から2013年ごろを境に大きく変わりました。
- ✅ 背景にあるのは、日本の対外純資産の中身が「売ればすぐ円に戻せる証券」から「すぐには売れない直接投資」へ移ったことです。
- ✅ そのため今の市場では、危機が起きても円が自動的に買われるとは考えられず、むしろ日本経済の弱さが先に意識されやすくなっています。
この対談の中心にあるのが、「有事の円買い」はもう過去の話になったのではないか、という論点です。以前は、世界で危機が起きると円高になる場面が何度も見られました。そのため、多くの人にとって円は安全資産の代表格のように映っていたはずです。ところが現在は、その反応がかなり弱くなっています。つまり、市場が円を見る目そのものが変わってきたということです。
昔は、危機が起きると円高になるのがかなり自然な反応でした。リーマンショックでも、欧州債務危機でも、東日本大震災のような局面でも、円は買われてきました。私としても、その見方が当時は間違っていたとは思いません。ただ、2012年から2013年ごろを境に、構造が変わり始めたと感じています。日本は対外純資産をたくさん持つ国ですが、その中身が変わってしまったので、昔と同じようには円が戻ってこなくなったのです。
― 唐鎌
昔の円が強かったのは「すぐ売れる海外資産」が多かったから
ざっくり言うと、以前の日本は、海外に持っている資産の多くが証券でした。証券というのは、国債や債券、株式のように、市場で売買しやすい資産です。危機が起きたときには、それらを売って資金を日本に戻す、つまり円に戻すというイメージが市場で共有されていました。だからこそ、円は安全資産として買われやすかったのです。「安全だから円が買われる」というより、海外資産が円に戻りやすい構造があった、と考えると理解しやすいでしょう。
2011年や2012年ごろまでの日本の対外資産は、かなりの部分が対外証券だったと思います。米国債のように流動性の高い資産が多ければ、危なくなったときに売って戻すという発想は自然です。市場もそう見ていたはずです。ただ、今はそこがかなり違います。数字の大きさだけを見て、日本は対外純資産が多いから円は強いはずだ、と考えるのは少し危ういと思っています。
― 唐鎌
今は直接投資が増え、危機時にも円へ戻りにくい
では何が変わったのか。対談では、日本の対外純資産のかなり大きな部分が、今では直接投資になっていると説明されています。直接投資とは、海外企業の買収や現地法人への出資、工場や土地の取得のような、長く持つことを前提にした資産です。こうした資産は、危機が起きたからといって簡単には売れません。つまり、帳簿の上では巨額の対外資産を持っていても、実際の危機対応で円に戻ってくるお金とは限らないのです。
ここがとても重要です。市場は、資産の総額だけでなく、「どれだけすぐ動けるか」を見ています。今の日本は、海外で稼ぐ力を広げてきた一方で、その資産が危機時の円買いにつながるとは限らなくなりました。だから、昔の経験だけを頼りに「何かあれば円が買われるはず」と考えると、現実とずれてしまいます。
私の感覚では、日本の対外純資産のうち相当部分は、いまや海外企業の買収や現地資産の保有といった直接投資です。危なくなったからといって、買った会社をすぐ売るかというと、そうはなりません。工場や土地も同じです。ですから、日本は対外純資産が大きい国ではあっても、その大半が危機時に機動的に動くお金ではない、と見たほうが実態に近いと思います。これが、有事の円買いが起きにくくなった大きな理由の一つです。
― 唐鎌
円が売られる背景には「弱い通貨」という認識の変化もある
さらに対談では、円だけでなく、韓国ウォンや台湾ドルなど東アジア通貨全体が、有事のヘッジ、つまり守りの資産として見られにくくなっている可能性にも触れています。安全保障面で米国への依存が高い地域では、国際情勢が不安定になるほど、通貨そのものの守りの強さが問われやすいという見方です。まだ仮説として語られている部分もありますが、少なくとも市場が以前より厳しい目で円を見ていることは確かでしょう。
この章を通じて見えてくるのは、円の地位が一夜にして変わったのではなく、日本経済の構造変化とともに少しずつ変わってきたということです。対外純資産の大きさだけでは円の強さを説明できず、危機時に戻るお金の性質まで見なければならなくなりました。そしてこの変化は、次のテーマで扱う「円安は本当に日本にプラスなのか」という問いにも、そのままつながっていきます。円が弱くなった背景には、為替市場だけではない、日本経済そのものの変化があります。
円安は本当に追い風なのか――日本経済の弱さと価格転嫁の壁
- ✅ かつては円安が日本経済の追い風とされてきましたが、今は輸入コスト上昇の痛みのほうが先に表れやすくなっています。
- ✅ 背景には、輸出で数量を伸ばしにくい産業構造への変化と、企業がコスト上昇を十分に価格へ転嫁しにくい現実があります。
- ✅ その結果、円安は企業や家計に幅広く負担を広げやすく、日本全体としては「弱い円」が素直なメリットになりにくくなっています。
円安は日本にとって本当にプラスなのか。この問いは、今回の対談全体を通して何度も立ち上がってくる重要なテーマです。以前であれば、円安になれば輸出企業が有利になり、日本経済にも追い風になるという理解が一般的でした。しかし今は、その図式がかなり崩れています。為替が動いても、昔のような好循環が起きにくくなっているのです。
私としては、円安が日本にとって全面的な追い風だとはもう言いにくいと思っています。昔のように、国内で作って海外へ売るという形が強ければ、円安のメリットはわかりやすかったはずです。ただ、今は生産拠点が海外に広がっていますし、輸出数量そのものが為替だけで大きく増える構造でもありません。その一方で、エネルギーや食料のように輸入に頼るものは非常に多いので、円安になると家計も企業もまずコスト増を感じやすくなります。
― 唐鎌
輸出で稼ぐ形が変わり、円安メリットが見えにくくなった
かんたんに言うと、日本企業の稼ぎ方そのものが変わっています。以前は、日本国内で作った製品を世界へ輸出するモデルが中心でした。その場合、円安になると海外での価格競争力が高まり、利益も増えやすくなります。ところが今は、海外で生産して海外で売る形が広がっています。そうなると、為替が円安になっても輸出数量が大きく伸びるとは限りません。数字上の利益は押し上げられても、日本国内の景気全体にその恩恵が広がりにくいのです。
日本企業は海外で利益を上げる力をかなり強めてきました。ただ、その利益が国内の投資や賃金にすぐ結びつくかというと、そこはかなり難しいところがあります。しかも、日本では原材料やエネルギーのコスト上昇を販売価格へ十分に乗せにくい企業も多いです。ですから、円安になっても恩恵が広く回るというより、先にコスト負担のほうが目立ちやすいと感じます。
― 杉本
価格転嫁の弱さが日本経済の苦しさを深める
ここで重要になるのが、価格転嫁という考え方です。価格転嫁とは、仕入れや燃料のコストが上がった分を、販売価格に反映させることです。ところが日本では、長く続いたデフレ、つまり物価が上がりにくい時代の影響もあり、値上げに慎重な企業が少なくありません。そのため、輸入コストやエネルギー費が上がっても、企業が自分で抱え込んでしまいやすいのです。これでは利益が圧迫され、賃上げもしにくくなります。
しかも、家計の側も円安の痛みを直接受けやすい状況です。電気代、ガソリン代、食品価格など、生活に近いところで負担が積み上がるため、円安の恩恵より先に生活コストの上昇が実感されます。企業にも家計にも余裕が生まれにくく、日本経済全体として前向きな循環に入りにくい、というわけです。
私がいちばん気になるのは、円安が進んだときに、それを前向きな成長の話として語りにくくなっていることです。輸入価格が上がり、企業は利益を削られ、家計は生活コストの上昇を受けます。それでも賃金がしっかり上がるならまだ違いますが、そこまで強い連動はまだ見えにくいです。そう考えると、弱い円を前提に経済を語ること自体に、かなり慎重さが必要だと思っています。
― 唐鎌
この章で見えてくるのは、円安がもはや単純な追い風ではなくなっているという現実です。輸出構造の変化、価格転嫁の難しさ、家計負担の重さが重なることで、弱い円は日本にとって扱いづらいものになっています。今回の対談は、イラン攻撃という一つの出来事をきっかけに、円の地位、日本の貿易構造、そして東アジア全体の脆さまでを浮かび上がらせました。つまり、為替の問題は市場だけの話ではなく、日本経済の体質そのものを映す鏡だと言えます。
出典
本記事は、YouTube番組「【有事でも平時でも“円”が売られる理由】イラン攻撃で分かったこと|日本だけなく韓国・台湾も弱い|有事の円は13年に消えた|原油・LNG高騰は貿易収支に大損害|損失はウ戦争に匹敵【唐鎌大輔×杉本りうこ】」(文藝春秋PLUS 公式チャンネル)の内容をもとに要約しています
読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの
国際情勢が緊張すると、株安と通貨安が同時に進むことがあります。本稿は、エネルギー輸入依存と国際収支、金融取引の構造を、政府資料・国際機関・研究論文で確認します。[1]
問題設定/問いの明確化
市場が荒れる局面では「安全資産が買われる」という説明が広く知られています。ただ、実際には株価が下がる一方で通貨も弱含む場面があり、単純な図式では整理しにくい現象が残ります。輸入価格の上振れが企業や家計のコストに波及し、景気見通しの悪化を先回りして織り込みやすい経済では、リスク回避と同時に「実体面の悪材料」が強調されやすいと考えられます。[1]
このとき鍵になるのは、①燃料コスト上昇が貿易収支や物価に与える影響、②通貨が「安全資産」と見なされる条件、③危機時に実際にどの経路で通貨需給が動くのか、の3点です。ここを切り分けて考えることで、「なぜ株と為替が同方向に動くのか」を、心理だけに寄せず構造として検証できます。[1]
定義と前提の整理
「エネルギー依存」とは、輸入量の多寡だけでなく、価格が上がったときに国内コストと交易条件(輸入価格と輸出価格の関係)が悪化しやすい度合いを含みます。公的資料では、一次エネルギー自給率が低いこと、化石燃料の輸入比率が高いことが整理されています。[1]
「国際収支」は、貿易・サービス収支に加え、海外投資の利子・配当などを含む第一次所得収支まで含めた全体像です。政府の解説では、経常収支が第一次所得に支えられつつも、貿易・サービスが赤字になり得る構図が示されています。燃料高で輸入額が膨らむ局面では、この「貿易側の弱さ」が意識されやすくなります。[4]
「安全資産としての通貨」は、危機時に買われやすいという経験則の呼び名です。ただし、その理由は一つに限りません。IMFは、危機時の通貨高が国際収支統計で観測できる大規模な資本流入だけでは説明できない可能性を論じ、デリバティブ取引など別経路があり得ると示しています。[7]
エビデンスの検証
石油の側には、制度としての緊急対応が存在します。IEAは、加盟国が一定日数分の在庫保有を行い、深刻な供給途絶時に協調対応する枠組みを説明しています。これにより、石油については「供給ショックへの備え」が制度として比較的見えやすい燃料と位置づけられます。[2]
一方、天然ガス(LNGを含む)は、同じ型で扱いにくい側面があります。IEAの分析は、日本のガス供給がLNG輸入に大きく依存していること、緊急ガス在庫の義務や在庫の報告義務がないことなど、在庫の見える化や制度設計が石油ほど一体化していない点を示しています。市場が「供給停止」そのものよりも、「価格上昇や調達不確実性」を先に織り込みやすい背景として読めます。[3]
国際収支の観点では、政府の解説が示すように、経常収支は第一次所得で黒字を確保しやすい一方、貿易・サービスは赤字になり得ます。燃料高や通貨安が重なる局面では輸入額が増えやすく、貿易側の赤字拡大が景気懸念と結びついて意識される可能性があります。[4]
さらに、対外資産は「規模」だけでなく「中身」も重要です。財務当局の国際投資残高(IIP)統計は、対外資産が直接投資と証券投資などに区分されることを示します。直接投資は長期保有の性格が強く、危機時に機動的に売却して本国通貨に戻す行動が必ず起きるとは限りません。対外資産の大きさだけから通貨の強さを推測することには留意が必要です。[6]
金融取引の側面では、IMFが、危機局面の通貨高が資本フローで説明できない可能性を示している点が示唆的です。すなわち「安全だから買われる」と同義ではなく、ヘッジやデリバティブを含む取引構造が、スポット為替の動きを増幅させ得るという整理です。[7]
またBISは、低金利通貨を調達通貨とするキャリートレードが、リスクの再評価局面で巻き戻ることを論じています。危機時に通貨が上昇する経路の一つとして、実体経済の強弱とは別に「ポジション解消による買い戻し」が働き得る点は、株安と為替の動きが必ずしも一方向に固定されない理由になります。[8]
歴史的な比較として、OECDは油価変動がインフレや景気に与える含意を整理しており、資源価格ショックが「物価」と「景気」を同時に揺らし得る点を示しています。あわせて、油価ショックが為替や産出に与える影響を多国間で分析した研究では、ショックの性質(供給要因か需要要因か等)により影響が異なり得ることが検討されています。したがって、同じ「資源高」でも、市場反応が一様になるとは限りません。[9,10]
生活面では「価格転嫁」が論点になります。日銀の研究は、投入コストの上昇が消費者物価へ転嫁される度合いが局面によって変わり得ること(非線形になり得ること)を示しています。IMFの対日協議声明でも、特定局面で通貨安の影響が総合インフレに与える度合いが限定的だったとの評価が示されています。通貨安の影響は「常に同じ強さで即時に出る」とは限らず、賃金や需給、政策対応と合わせて評価する必要があります。[11,12]
反証・限界・異説
ここまでの整理は、資源輸入国にとっての不利を強調しやすい見方です。ただし、通貨の「安全資産性」が常に弱いとは言い切れません。研究では、市場不確実性指標に対する通貨の反応から安全資産性を評価する試みがあり、局面によって安全資産性の強弱が変化し得ることが示されています。つまり「消えた/消えていない」の二択ではなく、どの経路が優勢になったかを観察する枠組みが適切です。[13]
また、石油の在庫枠組みがあることは不確実性の低減に資する一方、放出と補充のコストや政策の持続可能性は別の課題として残ります。天然ガス(LNG)も、透明性や融通の仕組みを整えることで不確実性を下げ得ますが、設備・契約・需給の制約が大きく、単純な処方箋に落とし込みにくい面があります。[2,3]
実務・政策・生活への含意
実務的には、リスクを「地政学」だけでなく「調達構造」と「金融ポジション」の二層で点検することが有効です。エネルギー側では、調達先の分散、契約の柔軟性、緊急時の追加調達や需要抑制の設計が、価格急変の影響を和らげる方向で検討されます。公的資料とIEA分析はいずれも、輸入依存の高さが不確実性と価格変動リスクに結びつき得るという問題意識を示しています。[1,3]
生活者の観点では、為替や燃料高を「ただの円安メリット・デメリット」で単純化せず、転嫁と賃金の連動、所得分配、政策対応を合わせて点検することが重要です。転嫁は局面次第で変わり得るため、複数指標を併用して負担の実態を把握し、説明可能性を高める姿勢が求められます。[11,12]
まとめ:何が事実として残るか
化石燃料の輸入依存が大きい経済では、国際情勢の緊張がエネルギー価格の不確実性を通じて、景気見通しや通貨需給に波及しやすい土台があります。[1]
同時に、通貨の安全資産性は固定された性格ではなく、国際収支の構造、対外資産の中身、デリバティブやキャリートレードの巻き戻しといった金融要因によって表れ方が変わり得ます。[6-8,13]
したがって、危機局面での株と為替の動きは、実体(エネルギー・交易条件)と金融(ポジション調整)の綱引きとして読む方が、検証可能性が高いと考えられます。制度設計と情報の透明性をどう高めるかという課題は、今後も検討が必要とされます。[2-4]
本記事の事実主張は、本文の[番号]と文末の「出典一覧」を対応させて検証可能としています。
出典一覧
- 資源エネルギー庁(2025)『10 questions for understanding the current energy situation(Japan Energy 2024)』パンフレット(PDF) 公式ページ
- International Energy Agency(2022)『Oil Security Policy』IEA Report 公式ページ
- International Energy Agency(2022)『Japan Natural Gas Security Policy』IEA Analysis 公式ページ
- 経済産業省(2024)『White Paper on International Economy and Trade 2024:Section 2 Trends in the Japanese current account balance(PDF)』 公式ページ
- 財務省(更新年不明)『Balance of Payments (Historical data)』財務省 統計 公式ページ
- 財務省(2024)『International Investment Position of Japan (End of 2024)』財務省 統計 公式ページ
- International Monetary Fund(2013)『The Curious Case of the Yen as a Safe Haven Currency: A Forensic Analysis』IMF Working Paper 13/228 公式ページ
- Bank for International Settlements(2024)『Carry off, carry on』BIS Quarterly Review(September 2024) 公式ページ
- OECD(2009)『Recent Oil Price Movements: Forces and Policy Issues』OECD Economics Department Working Papers 公式ページ
- Iwaisako, T. & Nakata, H.(2016)『Impacts of Oil Shocks on Exchange Rates and Outputs』RIETI Discussion Paper 16-E-039 公式ページ
- Sasaki, T.(2023)『Nonlinear Input Cost Pass-through to Consumer Prices: A Threshold Approach』Bank of Japan Working Paper Series 公式ページ
- International Monetary Fund(2026)『Japan: Staff Concluding Statement of the 2026 Article IV Mission』IMF News 公式ページ
- Masujima, Y.(2017)『Safe Haven Currency and Market Uncertainty: Yen, renminbi, dollar, and alternatives』RIETI Discussion Paper 17-E-048 公式ページ