目次
- 非自殺性自傷行為とは何か:リストカットは「生き延びるため」の手段
- 思春期に自傷が増える理由:人間関係ストレスと「逃げ道の少なさ」
- 「かまって」では片づかない:誤解と周囲のNG対応
- 傷あと治療と人生の選択肢:目立たなくする医療と「残す」判断
非自殺性自傷行為とは何か:リストカットは「生き延びるため」の手段
- ✅ 自傷行為の多くは「死にたいから」ではなく、「死にたくないのに限界だから」起きる非自殺性の行為
- ✅ 痛みの刺激が、怒り・悲しみ・絶望で暴走した感情をいったん落ち着かせる“緊急ブレーキ”になり得る
- ✅ 道徳的に断罪するより、ストレス対処の一種として理解するほうが支援につながりやすい
自傷行為は「自殺未遂の繰り返し」と誤解されがちですが、臨床の現場では明確に区別して扱われています。形成外科医で傷あと治療にも取り組む村松英之氏は、治療対象として多いのは「非自殺性自傷行為」であり、当事者が求めているのは死ではなく“辛さの停止”だと整理します。怒りや悲しみ、絶望で思考がいっぱいになった瞬間に、行為によって気持ちがスッと切り替わり、結果として「なんとか生き延びる」形になるという説明です。
自傷行為は、死にたいからやるものだと思われやすいです。でも、実際は「死にたくないのに、死にたいくらい辛い」状態をどうにかするために起きることが多いです。
感情が限界を超えると、頭が真っ白になって、危ない選択に引っ張られそうになる瞬間があります。そこで自分を傷つけると、痛みの刺激で感情がいったん落ち着いて、「死にたい」という衝動がリセットされたように感じることがあります。だから私は、これを“生き延びるための対処”として捉えています。
「死にたい」と「死にたくない」が同時にある瞬間
「死にたい」と口では言っていても、本当は死そのものを望んでいるとは限りません。辛さが大きすぎて、考える余裕がなくなっているだけ、ということもあります。
そのときに必要なのは、説教や根性論よりも、いま目の前の強烈な感情を下げる“出口”です。自傷行為は、その出口として機能してしまうことがあります。だからこそ、単純に「やめなさい」で終わらせると、出口が塞がれて別の危険に向かう可能性も出てきます。
ストレス対処としての自傷をどう理解するか
痛みの刺激が感情をコントロールして、ストレスを下げる役割を果たすことがあります。効果が強いぶん、頼りやすくなってしまう面もあります。
私は、自傷行為だけを特別扱いせず、アルコールやタバコ、さまざまな依存と同じく「いまをしのぐための手段」として整理して考えています。大事なのは、当事者を悪者にすることではなく、ほかの逃げ道や支え方を一緒に探していくことだと思っています。
誤解をほどくと支援が始まる
村松氏の語りは、自傷行為を「理解不能な異常」ではなく、限界状況で生まれるストレス対処として捉え直す視点を示しています。自殺と混同して恐怖や怒りで反応すると、当事者が抱える本題である“感情の限界”が見えにくくなります。次のテーマでは、なぜ思春期にこの行為が増えやすいのか、環境とストレスの構造から整理していきます。
思春期に自傷が増える理由:人間関係ストレスと「逃げ道の少なさ」
- ✅ 思春期の自傷は珍しい話ではなく、臨床の肌感でも「思春期が多い」
- ✅ ストレス源の中心は人間関係で、18歳までは「家庭」と「学校」が大きな比率を占める
- ✅ 「明日も学校がある」状況やSNSで情報に触れやすい環境が、試してしまう入口を作りやすい
思春期の自傷行為は、特殊な一部の出来事として片づけると見えなくなる部分があります。村松氏は、臨床の肌感として「思春期が多い」と述べ、全体の中でも思春期の比率が目立つこと、さらに研究や調査の文脈では1〜2割程度という見立ても語っています。
私は、思春期の自傷行為は「ストレスを柔らげるための手段」として起きることが多いと見ています。ストレスが溜まりすぎると、どこかの段階で「もう無理だ」と感じる瞬間が来ます。その場をしのぐために、強い効果のある方法に手が伸びてしまうことがあります。
ストレスの中心は「人間関係」に寄りやすい
村松氏は、ストレス源の多くが人間関係だと述べています。さらに18歳までに限ると、悩みの内訳が「家庭」と「学校」に大きく寄るという整理も示されました。思春期は生活の中心が家庭と学校に固定されやすく、逃げ道の設計がそもそも難しいところがポイントです。
私の感覚では、悩みの9割は人間関係です。18歳くらいまでは、家庭と学校がほとんどを占めます。そこで苦しくなると、気持ちを落ち着かせる“何か”が必要になります。自傷行為は、その場をしのぐために選ばれてしまうことがあります。
「明日も学校がある」がストレスを積み上げる
つらい人間関係があっても、学校生活は続きます。村松氏は、いじめのように「ずっとストレスを受け続ける」状況では、蓄積が進み、どこかの段階で「死にたいくらい辛い」と感じる域に入ってくると語ります。問題は、そこまで追い詰められても、簡単に環境を変えられないことです。
私は、いじめのようにストレスが途切れない状況は特に危ないと思っています。明日も学校があるのに、簡単にやめられない。誰かに話せないまま一人で抱えると、ストレスがどんどん溜まります。そうなると、気持ちを一気に下げる手段に頼りたくなるのも無理はないと感じます。
SNSで「楽になる」を知り、試してしまう入口ができる
現代的な要素として語られたのがSNSです。村松氏は、SNSの発達によって「リストカットで楽になる」という情報が入ってきやすくなり、追い詰められたときに「ちょっとやってみようか」と行為につながるケースがあると説明します。加えて、周囲に迷惑をかけず一人で完結してしまう点が、思春期の条件と噛み合ってしまうところが厄介です。
私は、SNSで「これで楽になる」と知ってしまうことが、入口になると思っています。追い詰められているときは、他の方法が見つからないことが多いです。その状態で「楽になる」と聞いたら、試してしまう人がいても不思議ではありません。しかも一人でできてしまう。そこが怖いところです。
村松氏の整理を追うと、思春期の自傷は「弱い人だけの話」ではなく、家庭・学校という逃げにくい環境で人間関係ストレスが積み上がり、さらに情報環境が行為の入口を作りやすい――という組み合わせで理解できます。次のテーマでは、こうした背景を踏まえたうえで、周囲が抱きやすい誤解と、やってしまいがちなNG対応を整理していきます。
「かまって」では片づかない:誤解と周囲のNG対応
- ✅ 自傷行為は「特殊」「心が弱い」「見てほしい」といった決めつけで理解すると、支援の入口を狭めやすい
- ✅ 怒る・驚く・軽い同情・見て見ぬふりは、どれも状況をこじらせる可能性がある
- ✅ 最終的に「やめる」と決めるのは本人で、周囲は“やめられる条件”を整える役割を担う
自傷行為に直面したとき、周囲は強いショックを受けやすく、反射的に「理解できない行動」として距離を取ってしまいがちです。村松氏は、そこで生まれやすい誤解として「特殊な人がやる」「おかしい」「心が弱い」「誰かに見てもらいたいから」といった見方を挙げ、どれも本質からずれていると整理します。
私は、自傷行為を見たときに「この人はおかしい」と決めつけてしまう空気がいちばん苦しいと思っています。自傷行為は、追い詰められたときの対処として起きることが多いです。性格の問題や“変わった人”の話にしてしまうと、必要な手当てが遠のきます。
「見てほしいからやっている」と言われることもありますが、最初からそれが目的とは限りません。苦しさを抱えた結果として起きているのに、動機を単純化すると、本人の孤立が深まってしまいます。
誤解が生まれると、支援が「裁き」になってしまう
誤解が怖いのは、言葉だけでなく対応そのものを硬直させる点です。村松氏は、家庭環境の中で傷が見つかったとき、状況によっては一時的に優しくされ、その経験が「見つかったら優しくしてもらえる」という学習につながるケースも語っています。ただしこれは「最初から注目が目的」という話ではなく、環境と反応の積み重ねで起きうる“結果”として扱われています。
私は、「最初からアピール目的」と決めつけるのは危険だと思っています。つらさの中で始まって、たまたま発見されたときに優しくされると、「これで少し楽になる」と覚えてしまう場合があります。ここは責めるより、背景を丁寧に見ていくところです。
怒る・驚く・軽い同情・見て見ぬふりが逆効果になりやすい
村松氏が具体例として挙げるNG対応は、頭ごなしの指摘、過剰に驚く反応、軽々しい同情、見て見ぬふりです。いずれも「本人の気持ちを扱えていない」まま場を動かしてしまい、結果として次の孤立や再発につながりやすいという整理です。
私は、怒るのも驚くのも、軽い同情も、見て見ぬふりも、どれも難しさがあると感じています。反応が強すぎると、本人は「やっぱり言えない」と思いやすいです。逆に無視されると、「このまま一人で抱えるしかない」となります。
必要なのは、簡単に断定しないことと、まずは落ち着いて「大変だったね」と受け止めることです。正解が一つに決まる話ではないからこそ、関わり方の温度を丁寧に調整していくのが大事です。
「やめさせる」より「やめられる条件」を整える
村松氏は、最終的に「やめる」と決めるのは本人であり、その決断がない限り強制的に止めるのは難しいとも述べています。一方で、医療や大人側の偏見によって傷の手当てが雑になったり冷たく扱われたりすると、さらに悪循環が起きやすい点も示されました。
私は、本人が「やめる」と決めない限り、周囲が無理やり止めるのは難しいと思っています。だからこそ、周囲は“やめさせる”より、“やめられる状態”を作るほうに力を使ってほしいです。
たとえば医療の現場でも、偏見のある対応をされると傷つきます。逆に、傷を丁寧に処置してもらって「大事にされた」と感じると、自分の体も大事にしようと思えることがあります。こういう小さな経験が、次の行動を変えるきっかけになります。
村松氏の話は、自傷行為を“誤解で裁く”のではなく、“背景を読み解いて支える”方向へ視点を切り替える重要性を示しています。そして支援は心の話だけで完結せず、実際に残る傷あとが日常生活の悩みへつながる点も見逃せません。次のテーマでは、形成外科の立場から語られた傷あと治療の選択肢と、本人の決断を尊重する考え方を整理します。
傷あと治療と人生の選択肢:目立たなくする医療と「残す」判断
- ✅ 傷あと治療は「消す医療」ではなく、目立ちにくく整えて生活のしづらさを減らす
- ✅ 自傷の傷あとは見た目の悩みになりやすく、保険が効きにくい現実と費用の壁がある
- ✅ 治療のタイミングや打ち明け方も含めて、本人のペースで選べる道を増やすことが大事になる
自傷行為の話題は「いま起きている危機」だけに目が向きやすい一方で、時間が経ったあとに残る傷あとが、日常の行動や人間関係に長く影響することもあります。村松氏は、形成外科の役割を「QOL(生活の質)を上げる医療」と位置づけつつ、傷あと治療は“消す”ではなく“暮らしやすくする”ための調整だと説明します。
私は、傷あと治療は「傷をゼロにする」ことよりも、「目立ちにくくして、生活をしやすくする」ことが中心だと思っています。傷は消えない前提があるからこそ、デコボコや色味を整えたり、別の形の傷あとに変えて“見られても大丈夫”に近づける考え方を大切にしています。
保険が効かない現実と、費用のハードル
村松氏は、見た目の改善は原則として保険が効きにくく、自傷の傷あとは自費になりやすいと語っています。ケロイドのように痛みやかゆみを伴う“病的な傷あと”は保険の対象になる場合がある一方、見た目の悩みは制度上こぼれやすいのが現実です。
私は、保険の仕組みがこの領域の難しさを作っていると感じます。見た目を良くする目的は保険が効きにくく、自傷の傷あとは特に自費になりやすいです。だからこそ、治療をしたくても費用が壁になることがあるのは現実だと思っています。
レーザーと手術で「別の傷あと」に整える発想
治療の軸として語られたのは、レーザー治療と、必要に応じた手術です。レーザーはデコボコをなだらかにし、細い傷あとをぼかす効果が期待できる一方、太い傷あとでは限界もあるという説明でした。
手術の例としては、横に並ぶ傷を薄く切除し、皮膚を回転させて縦方向の傷に作り替える方法が紹介されています。ポイントは「リストカットの傷だと分かりにくい形」に変えていく発想で、日常での困りごとを減らす狙いが語られました。
私は、レーザーで整えられる範囲と、手術が必要になる範囲は分けて考えています。レーザーで少し楽になる人もいますが、太い傷あとでは難しいこともあります。手術は「消す」ではなく「別の傷あとに整える」発想で、結果として日常での困りごとが減るなら、その価値は大きいと思っています。
治療のタイミングと「隠す・話す・残す」の選び方
傷あとの悩みは、職場の着替えや入浴など、日常の場面で「見えないように振る舞い続ける負担」として現れやすいと語られています。長袖で隠し続ける生活から解放されることが、人生の感覚を変える場合もあるという指摘です。
一方で、手術のような大きな治療はタイミングを慎重に判断する、という話も出ています。治療は“正解の押しつけ”ではなく、本人が自分のペースで選べる道を増やすことが大切だという位置づけでした。
私は、隠すことも、話すことも、治すことも、全部「本人が選べる」状態が大事だと思っています。まだ決断がつかないなら隠してもいいし、信頼できる相手ができたときに少しずつ話すのでもいいです。治療も同じで、タイミングを急がず、必要になったときに選べる道があるだけで救われる人がいます。
村松氏の語りから浮かぶのは、自傷行為を「過去の出来事」で終わらせず、傷あとが残る現実も含めて生活の回復を支える視点です。治療は万能ではないものの、隠し続ける負担を減らし、本人が人生を選び直すための選択肢を増やす役割を担っていることが示されています。
出典
本記事は、YouTube番組「【自傷行為のリアル】なぜ傷つけるのか?傷あと治療の専門家が力説!思春期に多い理由とは?【リハックマ&村松英之&ReHacQ】」(ReHacQ−リハック−【公式】/2026年2月5日公開)の内容をもとに要約しています。
読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの
自傷を「死にたいから」だけで語る見方は、何を見落とすのか。政府・国際機関の統計、査読論文、臨床ガイドラインを突き合わせ、誤解が生む支援の失敗と現実的な対策を整理します。
問題設定/問いの明確化
若年層のメンタルヘルスを語るとき、「自傷」と「自殺」を同じものとして扱う議論が起きがちです。しかし国際的には、10代後半〜若年成人において自殺が主要な死因の一つである一方[1]、自傷行為には「死にたい意図がはっきりしない/ない」ケースも広く含まれるため、支援の設計はより細かい前提整理が必要とされます。
実務の観点では、当事者の安全を守りつつも、過度な決めつけ(「必ず自殺につながる」「単なる注目集めだ」など)を避けることが重要になります。NICEの自傷ガイドラインは、子ども・若者・成人を対象に、医療だけでなく学校や福祉など複数領域が関わる前提で評価と支援を組み立てることを求めています[2]。
定義と前提の整理
まず「自傷(self-harm)」は、行為の結果として自分の身体に害が生じる行動全般を指す広い概念として用いられます。意図(自殺目的か否か)は当事者自身も揺れたり曖昧だったりするため、現場では“意図の判定”よりも“背景の理解と安全確保”を優先する枠組みが採られます[2]。
そのうえで研究領域では、「非自殺性自傷(NSSI)」という用語で、社会的に容認されない形で、死に至らせる意図なく身体組織を損傷する行為を区別して扱うことが多いです[3]。区別は有用ですが、「非自殺性=安全」ではありません。NSSIは将来の自殺企図と関連するという知見が繰り返し報告されており[4,14]、支援側は“線引き”より“リスクを含む連続体”として理解する必要があります。
頻度の面でも、NSSIは「まれな出来事」とは言いにくい水準が示されています。たとえば国際的なメタ分析では、地域差や測定方法の違いを前提にしつつ、思春期(10〜19歳)における有病率の推定が提示されています[4]。ここで大切なのは、数字の大小を競うことではなく、「一定割合の若者が経験しうる」現実を前提に、教育・医療・家庭が過剰反応と無関心の両極を避けることです。
エビデンスの検証
「なぜ起きるのか」を機能から見る
NSSIの背景は単一ではありません。機能(その行為が本人にとって何を“果たしているか”)に注目したメタ分析では、感情を下げる・つらさを止めるといった“個人的(内的)機能”が最も多い一方で、対人関係に関わる機能も一定割合で報告されています[5]。つまり「全部がアピール目的」という見方も、「全部が純粋な自己調整」という見方も、現実を単純化しやすいと言えます。
感情調整との関係は、別の角度からも支持されています。感情のコントロールが難しい状態(感情調整困難)がNSSIと関連するという系統的レビュー/メタ分析があり、支援の焦点として“感情を下げる別ルート”を育てる発想が示唆されます[6]。
思春期に増えやすい「条件」
リスク要因の研究では、思春期におけるNSSIの関連要因として、精神症状、逆境体験、いじめ、問題行動などがまとめられています[7]。ただし、ここで注意したいのは「要因が分かった=原因が特定できた」ではない点です。包括的なメタ分析では、NSSIを予測する個別要因の効果は全体として強くはなく、単独の要因で見通せるほど単純ではない可能性が示されています[8]。
人間関係ストレスといじめ・ネット上の被害
学校や同年代の関係が生活の中心になりやすい時期に、いじめはNSSIと関連するというメタ分析があります[9]。また、ネット上のいじめ(サイバーブリング)も、自傷や自殺関連行動との関連が系統的レビューで示されています[10]。ここから言えるのは、「人間関係の圧力が高い環境」と「逃げ道の設計が難しい状況」が重なると、危機的な対処が選ばれやすくなる、という構造的な見立てです。
SNS・インターネットは“単純な悪者”ではない
インターネットと自傷の関係は賛否が割れやすい領域ですが、若者のネット利用が自傷に与える影響を整理した系統的レビューでは、リスクを高めうる側面(有害情報・模倣・傷つけ合い)と、助けになる側面(支援情報・つながり・相談先への導線)の両方が指摘されています[11]。したがって「SNSをやめさせれば解決」という一本槍は、実態に合わない可能性があります。
一方で、より具体的に“自傷関連コンテンツへの曝露”に注目した研究では、曝露がNSSIの衝動や行動と近接して関連する可能性が示唆されています[12]。また、全国規模の横断研究では、SNS利用時間と過去1年の自傷の関連が検討されており、量(時間)だけでなく背景要因(精神的苦痛、支援へのアクセスなど)も含めて読む必要があることがうかがえます[13]。
反証・限界・異説
「非自殺性」と「自殺リスク」は両立しうる
「死ぬ意図がない」と本人が語る場合でも、将来の自殺企図との関連が否定されるわけではありません。縦断研究のメタ分析では、自傷関連の思考や行動が将来の自殺念慮・自殺企図・自殺死亡と関連することがまとめられています[14]。また、NSSIと自殺企図の時間的関係に焦点を当てたレビューでは、NSSIが先行するパターンが多いこと、ただし共有するリスク要因で説明される部分もあることが整理されています[15]。
「点数で仕分ける」支援の失敗例
歴史的に、現場では“リスク評価スケール”や「低・中・高」の層別化で対応を決める運用が広がった時期がありました。しかしNICEは、将来の自殺や自傷反復を予測する目的でリスクスケールを用いないこと、層別化で治療の要否を決めないことを明確に勧告しています[2]。実証研究でも、複数のリスクスケールの予測精度には限界があることが示されています[16]。
この失敗が示すのは、「当事者の複雑な背景」を短い指標に押し込めるほど、支援が形式化し、必要なケアが遅れる危険があるという点です。支援は“裁定”ではなく、“理解と安全の共同作業”として設計するほうが、現実的だと考えられます[2]。
誤解とスティグマが、支援の入り口を狭める
NSSIはスティグマ(恥・否定的評価)と結びつきやすく、当事者側の自己スティグマも含めて、助けを求める行動を抑制しうることが示されています[21]。さらに自傷の痕跡が可視化される場合、周囲の視線や誤解が長期的な社会生活の負担になり得ます(後述)[22]。このため、周囲が「動機の断定」や「道徳的な断罪」に走るほど、相談の回路が細るという逆説が起こりえます。
実務・政策・生活への含意
周囲が担えるのは「やめさせる」より「安全を増やす」
本人の行動を力で止める発想は、短期的には“管理できた感”を生みやすい一方で、孤立や隠匿を強める可能性があります。現実的には、①けがの手当てと安全確保、②背景の理解(何が引き金か、何が楽になるのか)、③代替手段の準備、④専門職につながる、を同時に進める設計が必要です[2]。
評価(アセスメント)と心理社会的支援の価値
医療の場では、心理社会的アセスメント(背景・困りごと・安全計画を含む評価)がその後の反復リスクと関連するという研究があります。ただし研究デザイン上、因果を断定しにくい点は留保が必要です[17]。それでも「短い叱責で終える」より、「背景を一緒に言語化する」ことに一定の実務的価値がある、という方向性は読み取れます。
有効性が検討されている介入:DBT-Aや安全計画
心理療法では、思春期向けに調整された弁証法的行動療法(DBT-A)について、自己傷害や自殺念慮の低下に関するメタ分析が報告されています[18]。一方で、対象集団や比較条件は研究ごとに異なるため、「万能薬」ではなく、適応と継続条件の検討が重要です。
危機対応としては、安全計画(safety planning)型の介入について、効果を検討したメタ分析があり、一定の有用性が示唆されています[20]。逆に、かつて広く使われた「二度としない」ことを約束させる形式(いわゆるノー・スーサイド契約)については、限界や問題点が論じられてきました[19]。ここには、本人の自律と周囲の保護責任が衝突しやすい倫理的緊張があり、“約束”より“実行可能な安全の手順”を共同で作るほうが現実的だという考え方が広がっています[20]。
学校・家庭・地域での「環境調整」
いじめやサイバーいじめが関連するという知見を踏まえると[9,10]、個人の内面だけに原因を押し込めず、学校の安全体制、相談導線、ネット上の被害対応、同年代集団の文化など、環境側の調整が欠かせません。ネット利用についても、全面禁止ではなく、危険なコンテンツへの曝露を減らす工夫や、支援情報へつながる導線を増やす工夫が検討課題になります[11,12]。
まとめ:何が事実として残るか
研究と指針を総合すると、(1)NSSIは思春期に一定の頻度で起こりうる[4]、(2)主な機能は感情調整であることが多いが一様ではない[5,6]、(3)いじめ・サイバーいじめ・デジタル環境など複数要因が絡む[9-13]、(4)非自殺性であっても将来の自殺企図と関連しうる[14,15]、(5)点数化・層別化だけで支援を決めるのは限界が大きい[2,16]、という点が比較的堅い結論として残ります。
また、回復の議論には「行為が落ち着いた後」に残る課題も含まれます。自傷の痕跡は、羞恥や対人不安、生活の制約と結びつくことが示されており[22]、一般の瘢痕研究でも生活の質への影響が報告されています[23]。医学的には、瘢痕ケア(保湿・保護、シリコーン、圧迫、注射、手術、レーザー等)の選択肢が整理されてきましたが[24,25]、たとえばフラクショナルCO2レーザーのような治療でもエビデンスの範囲と限界を踏まえた説明が必要です[26]。治療する・しない、誰に打ち明けるか、どこまで隠すかは、本人の生活文脈と価値観に強く依存します。
結局のところ、支援の中心は「原因探しの断定」ではなく、「安全を増やし、別の対処を育て、環境の圧力を下げる」ことにあります。そのための制度設計(学校・医療・地域の連携、アクセスの改善、スティグマ低減)は、今後も検討が必要とされます。
本記事の事実主張は、本文の[番号]と文末の「出典一覧」を対応させて検証可能としています。
出典一覧
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