目次
- 又吉直樹『生きとるわ』はどんな物語か:友情と依存が生む“生きる”の違和感
- 構想から連載、単行本へ:『生きとるわ』が“短期集中”で終わらなかった理由
- 長編を支えた「書き進めながら見つける」執筆術:骨だけ決めて、周りは育てる
- 芸人経験が小説に入る瞬間:外部ストレスと偶然性で発想を増やす
- 「目が離せない人」をどう描くか:厄介さと愛嬌が同居するキャラクター造形
又吉直樹『生きとるわ』はどんな物語か:友情と依存が生む“生きる”の違和感
- ✅ 公認会計師の岡田と、トラブルメーカーの横井が再会した瞬間から「切れない関係」の物語が動き出す。
- ✅ 横井は厄介なのに、なぜか「かわいげ」があり、周囲を巻き込みながら岡田の人生を揺らしていく。
- ✅ 「生きるとは、やりきれなくて、おかしい」という感覚が、笑いと不穏さの同居として描かれている。
又吉直樹氏が6年ぶりの長編として語る『生きとるわ』は、派手な事件よりも、人間関係の“引力”そのものを見つめる小説です。入口はシンプルで、公認会計師の岡田が高校時代の友人たちと飲み屋で合流し、そこに横井という存在が影を落としていくところから始まります。物語の芯には「生きるとは、こんなにもやりきれなくて、おかしい」という実感が置かれています。
僕は今回、「生きてる」という状態そのものを、できるだけ手触りのある形で書きたかったです。生きているだけで面倒が起きたり、笑ってしまう瞬間があったりして、真面目にやっているのに空回りする感じもあります。そういうやりきれなさとおかしさが、物語の中で自然に立ち上がったらいいなと思って書きました。
飲み屋の再会から始まる、岡田の“真面目さ”
岡田は公認会計師で、一見すると真面目で堅実な人物として置かれます。ただ、職業そのものを描く小説ではなく、岡田の生活感や人との距離の取り方を示すための設定として使われています。高校時代の友人と久しぶりに合流し、過去の空気が戻る場面が“日常の入口”になっている点が特徴です。
岡田は、ちゃんとしているように見える人物にしたい気持ちがありました。だからといって立派な人にしたいわけではなくて、むしろズレたり迷ったりする人です。飲み屋での再会みたいな、誰でも経験しそうな場面から入るほうが、関係の歪みも自然に出ると思いました。
横井という厄介な引力と、切れない関係
横井は借金を重ね、つかみどころがなく、周囲を巻き込むトラブルメーカーとして描かれます。それでも妙に「かわいげ」があり、岡田は泣きつかれながらも関係を続けてしまう。物語は「なぜ岡田は横井と縁を完全に切れないのか」という問いを抱えたまま展開します。
横井みたいな人は、関わったらしんどいのに、なぜか目が離せない感じがあります。とんでもない部分があるのに、愛嬌とか魅力があって、嫌い切れないです。そういう引力を、読んでいる側にも体感してもらえたらと思っていました。
『生きとるわ』という言葉の温度
タイトルにある「生きとるわ」は、元気の宣言というより、「生きてしまっている」という現実の確認に近い響きです。又吉氏は、お金と生の距離が近い職業として公認会計師を選んだ理由にも触れ、借金ひとつで生活が崩れる現実感を背景に置いています。そうした現実の重さがあるからこそ、笑いが軽くならず、苦さも残ります。
このテーマで見えてくるのは、善悪や正解で割り切れない“人のつながり”です。岡田と横井の関係は、友情とも依存とも言い切れないまま、生活と感情を揺らし続けます。次のテーマでは、この物語がどう構想され、連載から単行本へと形を変えていったのか、出版までの経緯に入っていきます。
構想から連載、単行本へ:『生きとるわ』が“短期集中”で終わらなかった理由
- ✅ 当初は150〜200枚ほどのコンパクトな想定だったものが、書くほどに広がり、分割連載へと方針が変わった。
- ✅ 「短期集中連載」のはずが、結果的に15回の連載となり、制作期間も長期戦になりました。
- ✅ 単行本化では、連載の読み味と本の読み味の違いを意識して、重複を削って全体をシャープに整えている。
『生きとるわ』の出版経緯は、最初から分厚い長編を狙ったというより、「書き始めたら想定以上に広がってしまった」ことから動き出しています。又吉氏は編集部との会話をきっかけに執筆をスタートし、当初は150〜200枚程度のコンパクトな小説をイメージしていた一方で、書き進めるうちにボリュームが増え、連載を分ける判断が出てきたと話しています。
僕の中では、最初は「ちょっとコンパクトに書こう」くらいの気持ちでした。150枚とか200枚くらいのサイズ感を思っていたんですけど、いざ書き始めたら、人物とか場面が勝手に増えていってしまって。そこで「じゃあ分けて連載にしますか」みたいな話になって、時間をかけてちゃんとやる流れになりました。
編集部との会話が、作品のスタート地点になった
企画の始まりは、作品の核となる関係性や設定を編集部に話したところからです。又吉氏は、編集者、編集長とのやり取りの中で「こういう話を書こうと思っている」と伝え、そこから執筆に進んだ流れを語っています。
僕は、まず「こういう関係性の話を書きたいです」と編集の方に話しました。大きな設定だけを先に共有して、面白そうだと言ってもらえたのが出発点です。そこからは、細部を詰めていくというより、とにかく書き始めてみて、物語のほうが動くのを待つ感じでした。
“短期集中”の看板が消えるまで:連載が長期化したリアル
当初は短期の連載として始まったものの、結果的に15回ほどの連載になったと本人が振り返っています。途中で「短期集中連載」という文言が消えていた、というエピソードは、制作が予定通りにいかなかったことを象徴する場面として語られています。
僕は15回書いたんですけど、10回目くらいで「短期集中連載」っていう文言が消えてたんですよ。自分でも「もう短期ちゃうな」と思ってました。書けば書くほど、描きたい場面が出てきて、引き返せなくなる瞬間が増えていった感じです。
単行本では“読み味”を整える:10%削ってシャープに
連載と単行本では読まれ方が違うため、単行本化の段階で重複を削ったり、全体を見て不要な箇所を落としたりして、シャープに整えたと説明しています。削った分量は体感で1割程度だったという話も出ています。
連載で読むのと、一冊で読むのってやっぱり違うと思っていて、重複しているところは削りました。全体で見たときに「ここはいらないかも」と思うところを落として、10%くらい削った感覚です。書いていたときのリズムはなるべく失わないようにしながら、読みやすさだけ整えた感じです。
この制作過程から見えてくるのは、作品が“最初の設計図”だけで完成するのではなく、書く途中で膨らみ、連載の制約に押されながら形を変え、最後は単行本として整え直されるという流れです。次のテーマでは、こうした長編を支えた「書き進めながら見つける」執筆術そのものに焦点を当てていきます。
長編を支えた「書き進めながら見つける」執筆術:骨だけ決めて、周りは育てる
- ✅ 結末まで細かく決め切るより、「大枠の骨」を固定して、書きながら物語の肉付けを進めた。
- ✅ 毎月の締切が推進力になり、書き過ぎた部分すら“次の宿題”とした。
- ✅ 書き始めの想定を超えて広がる瞬間を楽しみつつ、読み味は最後に整えた。
又吉氏の話で印象的なのは、長編を「完全に設計してから建てる」より、「骨だけ決めて走り出す」感覚です。物語の核は“2人の友情と、なぜか切れない依存関係”という大きな設定に置き、細部は書きながら動かしていく。だからこそ、次の展開が自分でも読めない怖さと、発見の面白さが同居すると語られています。
僕は、全部を最初に決め切って書くというより、大元の設定だけをまず置きたいです。着地の方向はぼんやりあっても、周りはほとんど空っぽのまま始めます。書いているうちに人物が勝手に動いて、「たぶんこうなるやろな」と自分の中で流れができていく感覚があるんです。
締切が「次の一手」を連れてくる
連載では毎月締切があるため、まず必要な場面を書いて提出し、あとから「いらんこと書いたな」と気づいて頭を抱えることもあるそうです。ただ、その“書き過ぎ”が思わぬ宿題になり、逃げずに引き受けて回収していく。その繰り返しが、長編を前に進める実務になっていました。
僕は毎月締切があるほうが、書くスイッチが入りやすいです。書いて出したあとに「これどうすんねん」みたいなものが出てきても、結局は引き受けるしかないです。でも、そのせいで思いもよらない流れが生まれて、作品が少しだけ強くなる瞬間があります。
書き終わったあとに「少し面白く」なっていたい
又吉氏は、作り始めた自分と、作り終えた自分が同じ地点にいたらよくない、という感覚も語っています。書き進める過程で気づきが増え、想定外に広がっていく時間は、恐怖やストレスも含めて「楽しい」と感じるタイプだと表現していました。
僕は、書き始めたときの自分より、書き終えたときの自分がちょっと面白くなってないと嫌なんです。途中で回想を書きたくなったりして、シーンが伸びて「終わるんかな」って不安にもなるんですけど、当初思ってないところに広がっていくのは、やっぱり楽しいです。
このやり方は、緻密な設計で迷子を防ぐというより、締切と発見を味方にして“物語が育つ余白”を残す方法です。次のテーマでは、こうした余白を成立させるために又吉氏が重視している「外部からの刺激」や偶然性の入れ方、つまり発想の増やし方に入っていきます。
芸人経験が小説に入る瞬間:外部ストレスと偶然性で発想を増やす
- ✅ 「知っていることだけ」で作ると弱くなると捉え、外部からの刺激で発想を引き出した。
- ✅ 舞台の緊張感や責任感があると、普段は出ない答えが身体から出てくる感覚がある。
- ✅ 偶然性は狙って作るより、少し無理な状況に置かれたときの“反応”として作品に入ってくる。
又吉氏が創作論として強調しているのは、頭の中だけで完結させないことです。自分の経験や知識の範囲で組み立てると、無難で刺激の少ない話になりやすい。そこで必要になるのが「外部から投げられるボール」のような刺激で、想定外の反応を素材として拾う考え方です。
僕は、自分の中にあるものだけで作ろうとすると、どうしても力不足になる感覚があります。だから、ちょっと無理な状況に置かれたり、外から何かを投げられたりしたときの反応を頼りにしたいです。狙って作るというより、出てきたものをちゃんと拾う感じです。
「自作自演」では出ないものを、どう拾うか
外部からの刺激を重視する理由として、又吉氏は“自分で自分に仕掛ける”やり方だと、結局いつもの発想に戻ってしまうと言います。だからこそ、完全にコントロールできない刺激が必要になる。偶然性はラッキーではなく、外部刺激に対する反応として作品に入ってくるものだと捉えています。
偶然性って、頑張って作ろうとしても変な嘘になります。自分で自分にボールを当てても、反応はだいたい読めてしまいます。だから、ちょっと信じてないようで、でも強く信じてるのは「外から当てられたときの反射」みたいなものです。
舞台の緊張感が、思いつきを“発生”させる
この発想の取り方は、芸人として舞台に立ってきた経験ともつながっています。袖で見ているときは出ないのに、舞台に出て「大丈夫かな」と思っていると、お題が出た瞬間に答えが出る。又吉氏は、その違いを緊張感や責任感の働きとして説明しています。
袖で見てるときは、頭にお題が入ってきても全然出ないです。でも舞台に出て「今日いけるかな」と思ってると、出た瞬間に思いつくんですよね。緊張感とか責任感で、体が勝手にそうなる感覚があります。
外部からの刺激と舞台の緊張感を“反応の装置”として使う姿勢は、長編を動かす燃料にもなっています。次のテーマでは、その反応が最も表に出る場面として、「目が離せない人」をどう捉え、どう人物造形に落とし込んだのかに焦点を移します。
「目が離せない人」をどう描くか:厄介さと愛嬌が同居するキャラクター造形
- ✅ 「とんでもないのに、なぜかかわいげがある」人物の引力を、横井という存在に集約して描いた。
- ✅ 交友の中で出会ってきた“厄介な人”のタイプ分けや距離感を、人物造形の感覚として作品に生かした。
- ✅ 『生きとるわ』は特定のモデル小説ではなく、現実で感じた違和感や感情の手触りを組み替えて物語にしています。
『生きとるわ』の読みどころのひとつは、横井のような「関わったらしんどいのに、なぜか目が離せない人」をどう成立させるかです。又吉氏は、人物を“善人/悪人”で整理せず、厄介さと愛嬌が同時に立ち上がる瞬間を重ねることで、読者にも引力を体感させようとしています。
僕は、人って「良い」「悪い」だけでは割り切れないと思っています。しんどいのに笑ってしまう瞬間があったり、腹が立つのに妙に憎めなかったりします。そういう矛盾があるほうが、人は目が離せなくなる気がします。
「かわいげ」があるから、関係が切れない
又吉氏は横井を、借金やトラブルで周囲を振り回す一方で「なぜか妙にかわいげがある」人物として説明しています。読者が「距離を置きたい」と思いながらも、ページをめくってしまう状態を作るために、“バケモン的な部分”と“魅力”を同居させる狙いが語られています。
僕は、厄介な人をただ怖い存在としては書きたくなかったです。とんでもないことをしているのに、愛嬌があって、つい許してしまうような瞬間があります。そういう引っかかりがあると、読んでいる側も「もうええやろ」と思いながら見てしまうと思います。
“厄介な友達”の種類を見分ける
又吉氏は、子どもの頃から友達づくりに時間がかかり、結果として「変なやつ」と関わることが多かった、と振り返っています。その中で、口が悪いだけで終わるタイプもいれば、嫌味を返したときに笑って受け止めるタイプもいる。面倒でもどこか憎めない人物の輪郭は、こうした体験の蓄積から形になっていきます。
僕は、厄介な人にもいろんな種類があると思っています。嫌味を言われたら腹が立つけど、同じくらいの嫌味を返したときに笑う人もいて、そういう反応を見ると「この線引きは大丈夫なんやな」と分かります。面倒なのに、分かった瞬間にちょっと好きになってしまうことがあります。
モデルではなく「感情の手触り」を組み替える
又吉氏は『生きとるわ』について、特定のモデルがいるわけではないと明言しています。そのうえで、地元での出来事として「10万円貸している」と言いふらす友人の話を例に出し、周囲が“嘘だと分かっていても一応聞いてしまう”空気まで含めて、人間関係の滑稽さを語っています。現実の断片をそのまま写すのではなく、感情が動いたポイントを拾い直して物語にする発想です。
僕は、誰か一人をそのまま書こうとは思っていないです。ただ、現実で「なんでこうなるねん」と感じた空気とか、自分が笑ってしまった感覚は、作品の中で使えると思っています。出来事よりも、そこで動いた気持ちのほうを大事にしたいです。
又吉氏の人物造形は、派手な設定で“変な人”を作るのではなく、現実にありそうなやり取りの中に、厄介さと愛嬌の両方を滲ませていく方法です。だからこそ、横井は「距離を取りたいのに見てしまう」存在になり、岡田の人生を揺らす力を持ちます。ここまでの5テーマで、作品の核と制作の流れ、そして執筆を動かす技術がひと通り揃いました。
出典
本記事は、YouTube番組「又吉直樹6年ぶりの長編小説『生きとるわ』出版!他では語られない創作秘話とは?構想…出版の経緯…書き方など執筆の極意を語る!生きることの切なさとおかしさが詰まった作品!〖夜の公園#94〗」(ピース又吉直樹【渦】公式チャンネル/2026年1月29日公開)の内容をもとに要約しています。
読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの
厄介さと魅力が同居する人間関係、負債と心身の健康、締切や制約が創造性に与える影響を、国際機関データと査読論文で照合し背景を整理します。[1-3]
問題設定/問いの明確化
フィクションでは、善悪で割り切れない「切りづらい関係」や、笑いと不穏さが同居する場面がしばしば描かれます。これは物語上の技巧であると同時に、現実の対人関係が持つ“混ざり合い”を拡大した表現とも考えられます。心理学では、相手が支えにもストレス源にもなる関係が、心理面だけでなく日常機能の負担とも結びつき得ることが示されています。[1]
同時に、生活の不安定さを物語が支える場面では、金銭的なストレスが現実に及ぼす影響を無視できません。負債や支払い困難が、抑うつや不安などのメンタルヘルスと関連しやすいことは、系統的レビューやメタ分析で繰り返し整理されています。[4,5]
さらに、連載や締切、制作上の制約は、創作の推進力にも負担にもなり得ます。時間的プレッシャーが創造性に与える影響は一方向ではなく、研究では平均的に不利になりやすい一方、条件によっては別のパターンが観測されています。[7-9]
定義と前提の整理
まず「切りづらい関係」を、単なる仲の良さとして扱うと論点がぼやけます。研究では、肯定的・否定的な相互作用が同居する“曖昧な関係(ambivalent ties)”が区別され、対処行動や健康との関連が検討されています。[1]
次に「負債」は、額だけでなく、返済が管理できるか(支払い遅延や延滞があるか)で生活への侵入度が変わります。OECDは家計債務を、将来の利子・元本支払いを要する家計の負債として定義し、可処分所得に対する比率などで指標化しています。[3]
メンタルヘルスとの関係については、負債が原因なのか、心の不調が原因で支払い困難になりやすいのか、あるいは両方向か、という前提確認が重要です。主観的指標(自己申告)と客観的指標(医療利用など)で見え方が変わる可能性も議論されています。[6]
創造性の議論でも同様に、制約を「悪」と断定するのは慎重であるべきです。材料の選択肢が多いほど良いとは限らず、経験者では選択肢を絞った方が成果が上がる可能性が実験的に示されています。[10]
エビデンスの検証
曖昧な関係の影響について、代表的研究では、曖昧な関係が日常機能の制約(身体的・生活上の制約)と関連し得る一方、明確に問題のある関係は心理的健康指標とより一貫して関連する、という結果が報告されています。重要なのは、関係が「良い/悪い」ではなく、複数の軸で負担が現れ得る点です。[1]
社会的つながり全体の重要性も、別の角度から支持されています。多数研究のメタ分析では、社会的関係が強い人ほど生存確率が高い傾向が示され、関係の質と量が健康と無関係ではないことが示唆されています。[2]
金銭面では、負債と健康の関連をまとめた系統的レビューが、支払い不能を含む負債問題が健康に悪影響を及ぼし得ることを整理しています。特にメンタルヘルスとの関連は強いとされ、研究の質や指標のばらつきといった限界も同時に指摘されています。[4,5]
また、支払い困難とメンタルヘルスの関係は「測り方」によって解釈が変わり得ます。縦断データや、主観的指標だけに依存しない設計の重要性が論じられており、単純な因果の断定を避ける根拠になります。[6]
政策・実務の観点では、債務とメンタルヘルスが悪循環になりやすい点、支援の分断(お金の相談と心の支援が別々になりやすい点)などが、公的機関のレビューや議会調査資料で論点化されています。[11,12]
創作の条件面では、時間的プレッシャーが創造性を損ないやすい可能性を示すフィールド研究がある一方、ストレスと創造性のメタ分析では、非社会的ストレッサー(時間的圧迫など)が創造性を下げやすい傾向が報告されています。[7,8]
ただし、時間的圧迫の影響が単純な直線ではないことを示す研究もあります。一定水準を超えると成果指標が上がる形(非線形)の報告もあり、環境要因(上司からの発達的フィードバックなど)で効果が反転し得る点が示されています。[9]
さらに「良い制約」の可能性として、選択肢を絞ることが経験者の創造的成果を高め得るという実験研究は、制約を設計変数として扱う視点を提供します。連載や締切が常に有害とも、常に有益とも言い切れず、条件設計と回復の余地が焦点になります。[10]
反証・限界・異説
曖昧な関係が負担になり得るとしても、すべてのケースで同じ影響が出るわけではありません。接触頻度、距離感、代替できる支援ネットワークの有無などで、ストレスが蓄積するかどうかは変わり得ます。研究でも、関係のタイプにより健康指標との結びつき方が異なることが示されています。[1]
負債とメンタルヘルスも、因果方向の特定が難しい領域です。メタ分析では標準化された測定が不足している点や縦断研究の不足が限界として挙げられ、単純な「負債が心を壊す」といった言い切りは慎重であるべきだと整理されています。[5]
一方で、だからといって「影響は小さい」とも決めつけにくいのが難点です。公的資料では、支払い困難や取り立てのストレス、恥やスティグマなど、媒介要因を通じて支援が届きにくくなる点が論じられています。[11,12]
倫理面のパラドックスとして、「助ける行為」が相手の問題行動を温存してしまう可能性も検討されています。依存症の臨床研究では、パートナーの特定行動が回復を妨げ得るという観点から“イネーブリング(enabling)”が測定され、どの行動がリスクになり得るかが議論されています。人間関係の優しさと境界線の両立は、現実でも一筋縄ではいかない課題だといえます。[14]
創造性とストレスについても同様に、平均的には不利な傾向が示されながら、競争など一部の条件でプラスに働く可能性が示唆されています。したがって「追い込めば良い」という一般化も、「余裕があれば必ず良い」という一般化も、根拠が薄くなります。[8,9]
実務・政策・生活への含意
生活面では、金銭ストレスとメンタルヘルスが絡む場合、当事者が「自己責任」と感じやすく、相談の入口が狭まることが支援上の課題になります。公的資料は、医療・福祉と債務相談の連携、当事者の負担を増やさないコミュニケーションなどを論点として提示しています。[11,12]
対人関係では、相手の魅力と負担が同居するとき、関係を“全否定”するのではなく、接触頻度、金銭の貸し借り、役割分担などの境界線を設計し直す視点が現実的です。曖昧な関係が機能面の負担と結びつき得るという知見は、関係の扱いを「気合」だけに委ねない根拠になります。[1]
創作実務では、締切や連載のような制約を、単なる負荷ではなく「選択肢を絞る装置」として扱う設計が考えられます。材料の制限が経験者の創造性を高め得るという研究は、制約の置き方次第で成果が変わり得ることを示唆します。加えて、時間圧の影響が非線形になり得るという研究は、回復やフィードバックの仕組みが重要である可能性を示します。[9,10]
また、家計債務がマクロに蓄積すると、景気後退局面で脆弱性が表面化しやすいという論点は、国際機関の整理でも取り上げられています。物語における「生活が崩れるきっかけ」の現実味は、個人の逸話ではなく、制度・経済環境の側からも補強され得ます。[13]
まとめ:何が事実として残るか
第三者研究から確認できる事実として、(1)肯定と否定が同居する曖昧な関係は、心理面だけでなく日常機能の負担とも結びつき得ること、(2)負債や支払い困難はメンタルヘルスと関連しやすいが、測定や因果方向には限界があり単純化は避けるべきこと、(3)時間的プレッシャーやストレスは平均的に創造性を下げやすい一方で、非線形や条件依存があり得ること、(4)制約は設計次第で創造性を助け得ること、が挙げられます。[1-10,13]
こうした知見を踏まえると、物語で描かれる「笑いと不穏さの同居」や「切りづらい関係」は、気分の演出にとどまらず、現実の心理・経済・制作条件が交差した結果として理解しやすくなります。ただし、どの領域も個人差と文脈依存が大きく、一般化のしすぎを避けながら読み解く姿勢が求められ、今後も検討が必要とされます。[5,8,11]
本記事の事実主張は、本文の[番号]と文末の「出典一覧」を対応させて検証可能としています。
出典一覧
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