宮台真司が語る「暴対法が特殊詐欺を生んだ」という問題意識の原点
- ✔ 暴力団も「ただの悪人」と決めつけず、なぜそうなったのかを考える視点がある
- ✔ 貧困や排除の受け皿として暴力団が機能してきたという現場感覚がある
- ✔ 個人を責めるより社会構造を見る考え方が、「暴対法が特殊詐欺を生んだ」という議論の土台になっている
社会学者の宮台真司氏は、むすび大学チャンネルの動画で「暴対法が特殊詐欺を生んだ」というタイトルのもと、日本社会と暴力団、そして特殊詐欺の関係を語っています。宮台氏は長年、暴力団や不良少年の現場に足を運び、犯罪をモラルの問題ではなく社会構造の帰結として捉えてきた研究者です。このテーマでは、宮台氏が暴対法の是非を論じる前提として示す「ものの見方」を整理します。
若いころから私は、暴力団の人たちを単なる悪人としては見てきませんでした。どうしてそこに流れ着いたのか、どんな家庭環境や地域の事情があったのかを聞き取りながら、一人一人の背後にある構造を考えるようにしてきました。
たとえば中卒で働き口がなく、家にも居場所がなく、結果として暴力団に拾われた人もいます。その人だけを切り取って非難しても、同じような境遇の若者はまた生まれます。だから私はいつも、誰が悪いかではなく、なぜそうなったのかを考えるようにしてきました。
現場から見えてきた暴力団という「受け皿」
私は九〇年代から暴力団事務所やその周辺に出入りし、日常の仕事ぶりや地域との関係を観察してきました。そこで見えてきたのは、暴力団が恐れられる存在であると同時に、行き場のない人たちの受け皿にもなっていたという現実でした。
まともな職歴がなく、福祉にも十分につながれず、家族関係も壊れている人たちにとって、暴力団だけが自分を必要としてくれる場所だったという話を何度も聞きました。暴力団を肯定したいわけではありません。ただ、そうした機能までまとめて消し去ろうとすると、別の形の歪みが出てくるという感覚を、現場で強く持つようになりました。
「誰が悪いか」ではなく「なぜそうなるか」を問う姿勢
日本では問題が起こるたびに、悪い人物を特定して糾弾する議論になりがちです。しかし私は、加害者も被害者も同じ社会が生み出した存在だと考えています。特定の人を切り捨てて安心しても、同じ条件が残っているかぎり、同じような人はまた出てきます。
だから私は、加害者を必要以上に擁護しない一方で、「その人をその行動に追い込んだ仕組みは何か」を一緒に考えたいと思っています。暴対法が導入される前後の暴力団や地域社会の変化を振り返るのも、そのためです。この視点がないと、「暴力団を叩けば社会は良くなる」という単純な物語に流されてしまいます。
このテーマで見えてくるもの
宮台氏は、暴力団を美化することなく、同時に単純な悪者としても扱わず、「なぜそこに人が流れ込むのか」という構造的な視点を強調しています。暴対法をめぐる議論も、この前提を共有しなければ表面的な是非論に終わると指摘します。次のテーマでは、こうした視点を踏まえたうえで、暴対法と暴排条例が地域社会と暴力団の関係をどのように変えたのかを具体的に見ていきます。
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暴対法・暴排条例が地域社会と暴力団にもたらした変化
- ✔ 暴対法と暴排条例で暴力団の「表の仕事」がほぼ消えた
- ✔ 安定した収入源を失い、地下化した犯罪やグレーな仕事が増えた
- ✔ 地域のトラブル処理の窓口が行政と警察に一本化され、現場の負担が増えた
宮台氏は、暴対法と各地の暴排条例が、暴力団と地域社会の関係を大きく作り替えたと指摘します。従来は、暴力団が露出した形で存在し、商店街や建設業界などと半ば公然と関係を持ちながら、トラブル処理や秩序維持の一部を担っていました。しかし暴対法の施行と暴排条例の拡大により、その構造は急速に解体されました。このテーマでは、その変化の中身を整理します。
暴対法ができる以前、暴力団は良くも悪くも「見える存在」でした。どこに事務所があり、どの組がどのエリアを仕切っているかは警察も地域の人もだいたい把握していました。企業との付き合いも表に出やすく、その分、警察も管理しやすかった面があります。
ところが暴対法と暴排条例によって、企業や個人が暴力団と関係を持つこと自体が一律に禁じられ、取引や口利きのようなグレーな関係も一掃されました。結果として、暴力団は安定した「表の稼ぎ」を失い、地下に潜る方向へと追い込まれていきました。
「見える暴力団」から「見えない半グレ・フロント」へ
暴排政策が進むにつれて、表札の出ている暴力団事務所は減りましたが、その代わりに半グレやフロント企業が増えていきました。名簿上は一般人でありながら、実態としては暴力団と同質の役割を果たす集団が、都市部を中心に広がっていったのです。
見えない形で広がるこうした集団は、警察にとっても市民にとっても把握しにくい存在です。暴対法は「暴力団そのもの」を対象にした法律なので、名目上は暴力団ではないグループには適用しにくいという限界もあります。結果として、統制しやすかった「露出した暴力団」を潰すことで、より見えにくいリスクを増やしてしまった側面があります。
地域トラブルの処理と行政・警察の負担
以前は、商店街でのトラブルや地元のもめ事が起きたとき、まず暴力団に話を通すというケースが現実に存在しました。暴力団が介入することに問題がないとは言えませんが、少なくとも、誰が話をつけるのかが明確だったとも言えます。
暴排条例後は、その役割が行政と警察に一本化されました。しかし、夜中の些細な揉め事から生活困窮の相談まで、すべてを公的機関だけで処理する体制は整っていません。窓口が形式的に一本化されただけで、実際の現場では対応しきれない案件が積み上がっているという感覚を、多くの自治体職員や警察官が共有しています。
暴排政策が突きつける課題
宮台氏は、暴対法と暴排条例が暴力団の表立った活動を抑制した一方で、地下化したグレーな集団や、誰も引き受けないトラブルを増やしたと分析しています。暴力団との関係を断つこと自体は重要ですが、その後の受け皿や紛争処理の仕組みが十分に整備されないまま政策だけが進んだ結果、社会の別の場所で負担や歪みが拡大しているという指摘です。次のテーマでは、そうした状況の中で特殊詐欺がどのように広がっていったのかを見ていきます。
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特殊詐欺の広がりと「行き場のない人たち」が巻き込まれる構造
- ✔ 行き場のない若者が特殊詐欺や半グレに流れやすい
- ✔ 社会が「普通から外れた人」の受け皿を失っている
- ✔ 暴対法だけでなく教育・福祉・雇用などの構造問題が重なり、犯罪がビジネスとして組織化されている
宮台氏は、暴対法と暴排条例によって従来型の暴力団が弱体化する一方で、特殊詐欺が急速に拡大した背景には、「行き場のない人たち」の存在があると指摘します。高齢者を狙う卑劣な犯罪として報じられる特殊詐欺ですが、その現場では、多くの若者や生活困窮者が「使い捨てのリスク要員」として動員されています。このテーマでは、その構造と社会的背景を整理します。
ニュースでは、特殊詐欺の受け子やかけ子が逮捕されるたびに、冷酷な若者像が強調されます。しかし現場を見ていくと、非正規雇用や中退、家庭不和など、行き場を失った人たちが「楽に稼げる仕事がある」という誘い文句で取り込まれているケースが多くあります。
暴対法によって従来の暴力団が表に出にくくなった結果、その周辺で仕事をしていた人たちの一部が、より匿名性の高い特殊詐欺や闇バイトに流れていきました。誰が組織の頂点にいるのかも見えにくく、逮捕されるのは末端ばかりという構造が固定化しつつあります。
ネットと闇バイトがつなぐ「新しい地下社会」
特殊詐欺の特徴は、インターネットと携帯電話があれば、物理的な「縄張り」や対面の関係をほとんど必要としない点にあります。募集も指示も送金も、ほぼオンラインで完結します。そのため、従来の暴力団のように、地域や組の名前で管理することが難しくなっています。
SNSで流れてくる「高額バイト」の募集に応募した若者が、仕事の全体像も知らされないまま、指示通りに現金を受け取ったり、口座を開設したりする事例が増えています。自分がどの程度重い犯罪に関わっているのかを十分に理解しないまま、組織の一部として組み込まれてしまうのです。
「自己責任」では片づけられない社会構造
もちろん、犯罪に手を染める個人を全面的に免責することはできません。ただ、そこに至るまでの選択肢の少なさや、失敗からやり直すルートの乏しさを考えずに、「楽に稼ごうとした本人が悪い」とだけ言っても、問題は解決しません。
教育や福祉、雇用の仕組みがうまく機能していれば、特殊詐欺のようなビジネスモデルはここまで広がらなかったはずです。暴対法だけを悪者にするのではなく、暴力団を追い詰めた後の社会設計を怠ってきたこと、そして行き場のない人たちを支える制度を整えなかったことを含めて、私たちは全体の構造を見直す必要があります。
特殊詐欺から見える日本社会の行きづまり
宮台氏は、特殊詐欺の加害者像を道徳的に糾弾するだけでは、問題の根本には届かないと指摘します。暴対法と暴排条例で従来の暴力団を排除しながら、その後の受け皿や再チャレンジの仕組みを十分に用意しなかった結果、行き場のない人たちが匿名性の高い犯罪ビジネスに吸い寄せられている構図が浮かび上がります。本記事全体を通じて、読者は暴力団や特殊詐欺をめぐる議論を、「誰が悪いか」ではなく「どのような社会がそれを生み出しているのか」という視点から考える手がかりを得ることができます。
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出典
本記事は、YouTube番組「宮台真司が語る「暴対法が特殊詐欺を生んだ」という真実」(むすび大学チャンネル/2025年公開)の内容をもとに要約しています。
暴力団対策法や暴力団排除条例が、その後の特殊詐欺の拡大や若者の犯罪参加とどこまで関係しているのかを問います。政府統計・犯罪白書・学術研究、国際機関の報告書を基に、犯罪の地下化と貧困・排除との関係を多角的に検証します。
読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの
暴力団対策の強化は、多くの市民にとって「治安が良くなる方向の政策」として受け止められてきました。一方で、暴力団勢力が減少するのと並行して、特殊詐欺や匿名性の高い犯罪グループが台頭してきたことから、「暴対法が特殊詐欺を生んだのではないか」という疑問も語られます。
しかし、法律と犯罪の増減の関係は単純な因果関係では説明しきれません。警察統計を見ると、暴力団勢力の大幅な減少と、特殊詐欺の高止まり・再拡大は同じ時期に起きていますが、そこには高齢化や通信技術の普及、貧困や社会的排除といった複数の要因が重なっています[1,4,5,7]。
以下では、「暴力団対策が犯罪のあり方をどう変えたか」「行き場のない人々が犯罪に巻き込まれる構造はどこから来るのか」という二つの問いを軸に、統計と研究成果を手掛かりに整理していきます。
問題設定/問いの明確化
本稿で扱う問いは、次の三点に整理できます。第一に、暴力団対策法や暴力団排除条例によって、暴力団と地域社会の関係がどのように変化したのか。第二に、その変化と特殊詐欺・匿名的な犯罪グループの拡大とのあいだに、どの程度の関連が見いだせるのか。第三に、犯罪に関わる人々を「個人の道徳の問題」としてだけではなく、貧困や排除といった構造からどう理解できるのか、という点です。
これらは、単純に「暴対法が良かったか悪かったか」を問うものではありません。暴力団の弱体化自体は、暴力や恐喝に依存したビジネスモデルを抑制するという意味で、多くの研究や政策文書でも一定の成果として評価されています[2,4]。同時に、その副作用として他の犯罪形態や新しいタイプの組織が生まれていないかを検証することが、次の政策設計には欠かせません。
そのため、本稿では「誰が悪いか」を決めるのではなく、「どのような制度や環境が現状を生み出しているのか」を確認し、データが示す範囲と示さない範囲を分けて考えることを重視します。
定義と前提の整理
まず、用語の整理が必要です。警察庁は「特殊詐欺」を、電話やメールなど非対面の手段を用いて被害者をだまし、現金や預貯金・電子マネーなどを詐取する犯罪の総称と定義しています[1]。いわゆる「オレオレ詐欺」「架空料金請求詐欺」などは、その代表的な類型です。
一方、「暴力団対策法」は、指定暴力団の威力を背景とした資金獲得活動などを規制する目的で1990年代初頭に施行された法律です。その後、企業や市民と暴力団との関係を一律に断つ方向で、全国の自治体が暴力団排除条例を整備し、暴力団との取引や利益供与を禁止する枠組みが広がりました[2]。
近年の警察白書では、従来型の暴力団とは別に、元暴力団員や元暴走族などが緩やかに結び付き、SNSを通じて実行犯を募集しながら特殊詐欺や強盗・窃盗を行う「匿名・流動型犯罪グループ(いわゆるトクリュウ)」が新たな脅威として位置づけられています[3]。これらは暴力団対策法の枠外にあることも多く、メンバー構成も流動的です。
さらに、本稿で言う「行き場のない人たち」とは、個人の性格ではなく、教育・就労・住居・家族関係など複数の領域から排除され、社会の周縁に追いやられた人々を指します。厚生労働省の調査では、高校中退、非正規就労、生活保護、ホームレス、シングルマザー、依存症などを抱える若年層が、多様なリスク要因を重ね持ちながら社会的排除に至っていることが示されています[7]。
このような人々が犯罪に関与するかどうかは、本人の選択だけでなく、支援制度の有無や地域のつながり、働き口のあり方など、多くの要因に左右されます。したがって、「構造を見る」という姿勢は、個人の責任を免罪するというより、背景条件を丁寧にたどる試みと理解するのが適切でしょう。
エビデンスの検証
暴力団勢力の減少と政策の影響
警察庁が公表したデータによると、日本の暴力団勢力は2009年ごろまで8万人を超えていたものの、その後急速に減少し、2023年末には構成員と準構成員を合わせて約2万400人と、19年連続の減少で過去最少を更新しました[4]。背景として、暴力団排除条例の全国的な整備と暴力団対策法の強化により、一般市民や企業との取引が難しくなり、資金面で困窮した構成員の離脱が進んだと説明されています[2,4]。
つまり、暴力団を社会の表舞台から排除するという点では、政策は一定の成果を上げているといえます。その一方で、「暴力団が担っていた、地域の一部の紛争処理や、社会の周縁にいる人々の『受け皿』としての機能まで同時に失われたのではないか」という懸念も生まれています。この懸念自体は定量的に測りにくいものの、後述する社会的排除の研究と組み合わせると、少なくとも検討すべきテーマだと考えられます。
特殊詐欺の拡大と変化
特殊詐欺の統計を見ると、その深刻さがわかります。警察庁によれば、2023年の特殊詐欺認知件数は1万9,038件(前年比8.4%増)、被害額は約452.6億円(同22.0%増)で、認知件数は3年連続、被害額は2年連続で増加しました[1,6]。2025年5月末時点の暫定値でも、認知件数1万905件、被害額約492.4億円と、過去最悪だった前年同期を大きく上回る深刻な状況が続いています[5]。
加害側の構造にも変化が見られます。2023年の特殊詐欺検挙人員2,455人のうち、暴力団構成員等は439人(17.9%)であり、暴力団が特殊詐欺を主要な資金源の一つとしている実態が確認されています[6]。さらに、中枢的な役割を担う被疑者に限ると、暴力団関係者の比率は5割を超えており、暴力団が組織の上層部で関与しつつ、末端の実行役には一般の若者や生活困窮者が動員される構図がうかがえます[6,12]。
同時に、警察白書は、暴力団とは別に、SNSなどを通じて「高額バイト」を装い実行犯を募集し、メッセージが自動消去される通信手段で指示を出す匿名・流動型犯罪グループの存在を指摘しています[3]。こうしたグループは、固定的な事務所や明確な序列を持たず、検挙されてもすぐに新たなメンバーを補充できるため、従来型の暴力団よりも実態把握が難しいとされています[3,4]。
誰が犯罪に巻き込まれているのか
では、特殊詐欺に関わる人々はどのような層なのでしょうか。令和3年版犯罪白書の特集を要約した分析では、詐欺事犯者の中で特殊詐欺が3割強を占め、30歳未満の若年層も一定の割合を占めていることが報告されています[10]。いわゆる「受け子」「出し子」と呼ばれる役割には、学生や非正規雇用の若者が含まれるケースも少なくないとされています。
一方、被害者については高齢者、とくに70代以上が多数を占めているものの、統計的な要因分析では、携帯電話の契約数や学歴など、若年層にも潜在的な被害リスクが高いことを示唆する結果もあります[11]。つまり、「高齢者だけの問題」として理解するのではなく、デジタル技術の普及に伴う新たなリスクが年齢を超えて広がっているとみる必要があります。
貧困・排除と犯罪の関係
犯罪に至る背景として、貧困や社会的排除がどの程度影響するかについては、多くの研究があります。厚生労働省の「社会的排除にいたるプロセス」に関する調査では、高校中退、非正規労働、生活保護、自殺未遂、薬物・アルコール依存、DVや虐待など、多数の困難を重ねた若年層が、居住や就労の機会から排除され、将来の展望を持ちにくい状況に置かれていることが示されています[7]。これらは必ずしも犯罪に直結するわけではありませんが、孤立と無力感が蓄積される土壌といえます。
犯罪からの「立ち直り」に関する近年の犯罪社会学の研究も、個人の更生努力だけでなく、労働市場からの排除など経済的な困難に目を向ける必要があると指摘しています。マートンのアノミー論やヤングの「排除型社会」論を踏まえ、日本の研究者は、文化的には成功や消費への参加を求められながら、合法的な手段へのアクセスが乏しい人々が犯罪に向かうメカニズムを議論しています[8]。
また、大阪大学の研究では、1980〜2000年の都道府県別パネルデータを用いた分析の結果、失業率そのものよりも、貧困状況を示す変数が犯罪発生率に有意な影響を与えることが示されています[9]。つまり、「失業しているから犯罪に走る」という単純な図式ではなく、貧困の拡大や将来への見通しの欠如がより重要な要因として浮かび上がるという見解です。
反証・限界・異説
ここまでのデータを踏まえると、「暴対法が特殊詐欺を生んだ」という強い表現には慎重さが必要です。確かに、暴力団勢力の減少と特殊詐欺の拡大は時間的には重なり、暴力団が従来の資金源を失った結果として、特殊詐欺にシフトした側面があるという見方には一定の根拠があります[4,6,12]。
しかし、特殊詐欺の拡大には、携帯電話やインターネットの普及、金融サービスのオンライン化、高齢化に伴う一人暮らし世帯の増加など、技術・人口・経済の広範な変化も大きく関わっています。警察庁は、SNS上の偽広告やマッチングアプリを悪用した投資詐欺・ロマンス詐欺など、新しい手口の出現を重視しており、通信手段そのものを遮断する技術的対策の必要性を強調しています[1,5,11,12]。
また、暴力団が特殊詐欺の上層部を担っているという事実は、「暴力団がいなくなった結果、特殊詐欺が生まれた」というより、「暴力団が環境の変化に応じてビジネスモデルを変えた」とも解釈できます[6,12]。さらに、匿名・流動型犯罪グループの台頭についても、暴力団排除条例だけでなく、SNSを通じた人材募集や暗号化された通信アプリの普及といった要因が重なっていると警察白書は分析しています[3,11]。
社会構造と犯罪の関係を扱う研究でも、「雇用悪化=犯罪増加」といった単純な因果は必ずしも支持されておらず、貧困の拡大や社会的排除のプロセスなど、複数の要因を同時に見る必要があるとされています[7〜9]。したがって、「ある一つの法律が特殊詐欺の原因である」と断定するより、「複数の制度と環境要因の組み合わせが、犯罪のかたちを変えてきた」と捉える方が、現時点のエビデンスには近いと考えられます。
実務・政策・生活への含意
では、こうした状況を踏まえて、どのような対策が考えられるでしょうか。第一に、暴力団排除政策を維持・強化しつつ、その副作用として生じる「地下化」に対応する必要があります。匿名・流動型犯罪グループは、SNS上で「高額バイト」を装い実行犯を募集し、個人情報を握ったうえで脅して犯行を継続させるなどの手口を用いており[3,12]、企業・学校・地域が連携して若者に対し情報リテラシー教育を行うことが重要です。
第二に、貧困や社会的排除への対処です。厚労省の報告が示すように、教育・家族・就労・住居など複数の分野で困難を抱える人々は、支援につながる前に孤立してしまう傾向があります[7]。早期の相談窓口、生活困窮者自立支援、就労支援、居場所づくりといった施策を連携させることで、犯罪グループにとっての「リクルート対象」を減らしていくアプローチが考えられます。
第三に、被害防止の観点からのテクノロジー活用です。警察庁は、国際電話番号の着信制限アプリや、電話番号表示サービス・非通知拒否サービスの利用拡大など、「犯人と話さない」ための仕組みを重視しています[1,5,11]。個人レベルでも、固定電話やスマートフォンの設定を見直し、家族間で合言葉を決めておくなど、日常的な工夫が有効とされています。
最後に、実務現場では「反社会的勢力との関係を断つ」ことと「行き場のない人にセーフティネットを用意する」ことを同時に考える必要があります。暴力団排除条例により企業や自治体のコンプライアンスは強化されましたが、その結果として仕事を失った人や、抜けたくても抜けられない人への支援が不足しているとの指摘もあります。更生支援や就労支援を担うNPOや自治体施策を、反社会的勢力排除とセットで設計することが、長期的な再犯防止には重要と考えられます[7,8]。
まとめ:何が事実として残るか
本稿で確認した事実を整理すると、少なくとも次の点は比較的はっきりしています。第一に、暴力団勢力は暴力団対策法や暴力団排除条例の影響もあり、長期的にみて大幅に縮小していること[2,4]。第二に、特殊詐欺は依然として高水準で推移しており、被害額も増加傾向にあること[1,5,6]。第三に、その背後には暴力団だけでなく、匿名・流動型犯罪グループが関与し、SNSを用いて若者や生活困窮者を「高額バイト」として取り込んでいること[3,6,11,12]。
一方で、「暴対法が特殊詐欺を生んだ」といった単線的な因果関係を直接示すデータは存在せず、貧困や社会的排除、通信技術の変化、高齢化など複数の要因が重なり合った結果として現在の状況があると考える方が妥当だという見解も多く示されています[7〜9]。暴力団排除自体の意義を認めつつ、その後の社会設計やセーフティネットの整備が十分だったかどうかは、今後も検討が必要とされる論点です。
結局のところ、重要なのは「誰が悪いか」を一元的に決めることではなく、「どのような社会条件が、特定の人々を犯罪に近づけ、別の人々を被害者にしているのか」を丁寧にたどる姿勢だと言えます。暴力団対策、特殊詐欺対策、貧困・排除対策をバラバラの問題としてではなく、相互に関係する「一つの社会のあり方」として捉え直すことが、今後の政策と市民の議論にとっての課題として残ります。
本記事の事実主張は、本文の[番号]と文末の「出典一覧」を対応させて検証可能としています。
出典一覧
- 警察庁(2024)『令和5年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について(確定値版)』 警察庁刑事局組織犯罪対策部 公式ページ
- 警察庁(2023)『第2項 暴力団犯罪の取締りと暴力団対策法の運用』令和5年版警察白書 第4章組織犯罪対策 公式ページ
- 警察庁(2024)『第1項 匿名・流動型犯罪グループの特徴』令和6年版警察白書 特集 公式ページ
- nippon.com編集部(2024)『組織犯罪:暴力団勢力は2023年末で過去最少の2万400人、「トクリュウ(匿流)」集団が新たな治安上の脅威に』 nippon.com Japan Data 公式ページ
- 警察庁(2025)『令和7年5月末における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について(暫定値)』生活安全局 公式ページ
- 警察庁(2024)『令和5年における組織犯罪の情勢』 警察庁組織犯罪対策部 公式ページ
- 厚生労働省(2010)『社会的排除にいたるプロセスに関する研究報告書』 厚生労働省社会・援護局 公式ページ
- 伊藤秀樹(2022)『離脱/立ち直り研究における経済的排除の看過―マートンのアノミー論とヤングの『排除型社会』をもとにした批判的検討―』 犯罪社会学研究 第47号 公式ページ
- 川島広也(2012)『雇用状況、豊かさと犯罪』 OSIPP Discussion Paper DP-2012-J-007 大阪大学大学院国際公共政策研究科 公式ページ
- 日本刑事政策研究会(2021)『詐欺事犯者の実態と処遇―令和3年版犯罪白書特集から―』 日本刑事政策研究会ウェブサイト 公式ページ
- 家森・上山(2018)『特殊詐欺被害の要因分析-これからの対策は“老人”から“若者へ”-』 名古屋学院大学研究紀要 経済学部・経営学部論集 第59巻 公式ページ
- 警察庁(2025)『SNSを取り巻く犯罪と警察の取組』令和7年版警察白書 特集 公式ページ