目次
宮台真司の「暴対法が特殊詐欺を生んだ」という問題意識の原点
- ✅ 暴力団を「ただの悪人」と決めつけず、なぜそこに流れ着いたのかを考える視点が重要です。
- ✅ 暴力団は、貧困や家庭崩壊によって居場所を失った人の受け皿として機能してきた側面があります。
- ✅ 個人の責任だけでなく社会構造に目を向ける考え方が、「暴対法が特殊詐欺を生んだ」という問題意識の土台になっています。
社会学者の宮台真司は、暴力団や不良少年をめぐる問題を、個人のモラルだけで判断するのではなく、社会構造の帰結として捉えてきました。犯罪に関わった人物を単純な悪人として切り離すのではなく、家庭環境や貧困、地域社会との関係、教育や雇用からの排除といった背景まで考える視点です。
かんたんに言うと、「誰が悪いのか」だけでなく、「なぜその状況が生まれたのか」を問う考え方です。この視点が、暴力団対策法、いわゆる暴対法と特殊詐欺の関係を考える出発点になっています。
暴力団を単純な悪人として扱わない視点
暴力団に所属する人物の中には、十分な教育を受けられず、安定した職業にも就けず、家庭にも居場所がなかったケースがあります。中学校を卒業した後に働き口が見つからず、福祉制度にもつながれないまま、暴力団だけが受け入れ先になった人も存在してきました。
もちろん、こうした背景が犯罪行為を正当化するわけではありません。ただし、犯罪に関わった人物だけを非難しても、その人物を生み出した条件が残っていれば、同じような境遇の人は再び現れます。個人を社会から切り離して処罰するだけでは、問題の再発を防ぐことはできません。
ここがポイントです。犯罪を減らすためには、加害者の責任を問うことと、加害者が生まれる社会的な条件を見直すことの両方が必要になります。
行き場を失った人を受け入れてきた暴力団
暴力団は恐怖や暴力を背景に利益を得る反社会的な組織である一方、地域社会や公的制度からこぼれ落ちた人を受け入れる役割も担ってきました。安定した職歴がなく、家族との関係が壊れ、行政や福祉にもつながれない人にとって、暴力団が唯一の居場所になる場合があったためです。
この受け皿としての機能は、暴力団そのものを肯定する理由にはなりません。しかし、暴力団を社会から排除するのであれば、それまで引き受けていた人々をどこが支えるのかという問題が残ります。
暴力団との関係を断ち切る政策だけを進め、代わりとなる居場所や雇用、生活支援を用意しなければ、行き場を失った人は別の地下組織や犯罪グループへ流れる可能性があります。暴力団を排除すればすべてが解決するという単純な構図では捉えられません。
「誰が悪いか」より「なぜそうなるか」を考える
社会問題が起きたとき、日本では責任を負う人物を特定し、強く非難する議論になりがちです。しかし、特定の人物を社会から切り離したとしても、同じ問題を生み出す環境が残っていれば、別の人物が同じ役割を担うことになります。
加害者を必要以上に擁護する必要はありません。一方で、犯罪に至るまでの仕組みを分析しなければ、根本的な対策にはつながりません。暴力団に人が集まる理由や、暴対法の施行後に犯罪組織がどのように変化したのかを考える必要があります。
暴力団を単純な悪者として排除するだけでは、表面上の組織を弱体化させても、犯罪を生み出す需要や人材まで消えるとは限りません。むしろ、犯罪が見えにくい形に変化する可能性があります。
暴対法と特殊詐欺を結びつける構造的な視点
「暴対法が特殊詐欺を生んだ」という問題意識は、暴対法だけを特殊詐欺の原因とする単純な主張ではありません。暴力団を社会から排除した後、その周辺にいた人々の生活や仕事を支える仕組みが十分に整えられなかったことへの問いです。
暴力団の活動を規制することには大きな意義があります。ただし、規制によって失われる非公式な受け皿を、福祉、教育、雇用、地域社会がどのように補うのかまで考えなければ、問題は別の形で現れます。
つまり、暴対法の効果を検討する際には、暴力団の減少だけでなく、その後に増えた犯罪や地下組織、人々の移動まで含めて評価する必要があります。この視点を踏まえると、暴対法と暴排条例が地域社会をどのように変えたのかが、次の重要な論点になります。
暴対法・暴排条例が地域社会と暴力団にもたらした変化
- ✅ 暴対法と暴排条例によって、暴力団が得ていた「表の仕事」や安定した収入源が大幅に減少しました。
- ✅ 組織の弱体化が進む一方、半グレやフロント企業など、実態を把握しにくい集団が広がりました。
- ✅ 地域のトラブル処理が行政と警察に集中し、公的機関だけでは対応しきれない問題も生じています。
暴対法と各地の暴力団排除条例、いわゆる暴排条例は、暴力団と地域社会の関係を大きく変えました。従来の暴力団は、事務所や活動地域を明確にしながら、商店街や建設業界、歓楽街などと半ば公然と関係を持っていました。
こうした関係には多くの問題がありましたが、暴力団の所在地や構成員、活動範囲を警察や地域住民が把握しやすい面もありました。暴対法と暴排条例によって関係が断たれると、暴力団の表立った活動は減少する一方、犯罪組織の地下化や匿名化が進みました。
暴力団が失った「表の仕事」と安定収入
暴対法が施行される以前の暴力団は、地域や業界と密接な関係を持ち、用心棒代や口利き、建設関連の仕事などを収入源としていました。違法行為だけでなく、合法と違法の境界にある仕事を通じて、継続的な利益を得ていたのです。
暴排条例が広がると、企業や個人が暴力団と取引すること自体が厳しく制限されました。銀行口座の開設、住宅の契約、携帯電話の契約、企業との取引など、社会生活の幅広い場面で排除が進みました。
暴力団との関係を断つことは、反社会的勢力への資金供給を止めるうえで重要です。その一方で、従来の安定した収入源を失った組織や周辺人物が、より匿名性が高く、被害者から直接金銭を奪う犯罪へ移る要因にもなりました。
「見える暴力団」から見えにくい犯罪集団へ
暴排政策が進むにつれて、看板を掲げた暴力団事務所や、組織名を明らかにして活動する構成員は減少しました。しかし、犯罪に関わる人や組織そのものが消滅したわけではありません。
代わりに増えたのが、暴力団に正式所属しない半グレ集団や、一般企業を装ったフロント企業です。名簿上は一般人であっても、実際には暴力団に近い活動を行ったり、犯罪の実行役を集めたりするケースがあります。
こうした集団には、次のような特徴があります。
- 明確な組織名や事務所を持たない
- 必要なときだけ人を集める
- SNSや通信アプリを使って指示を出す
- 複数のグループが緩やかにつながる
固定された組織や上下関係が見えにくいため、警察が全体像を把握することも難しくなります。暴力団という明確な対象を規制した結果、法的に分類しにくい集団が活動しやすくなった側面があります。
地域のトラブル処理を誰が担うのか
かつての地域社会では、商店街や歓楽街で揉め事が起きた際、暴力団が介入するケースが存在しました。暴力や威圧を背景にした解決方法には重大な問題がありますが、地域の中で誰が交渉や仲裁を行うのかが明確だった面もあります。
暴排条例によって暴力団との接触が禁じられると、トラブルへの対応は警察や行政に集中しました。しかし、公的機関がすべての揉め事や生活上の問題に対応できるわけではありません。
深夜の騒音や金銭トラブル、家庭内の問題、生活困窮、地域住民同士の対立など、刑事事件として扱いにくい問題も数多くあります。警察や行政の役割を増やすだけでなく、福祉機関、地域団体、民間支援組織などを含めた新しい解決の仕組みが必要になります。
排除後の社会設計が不足していた問題
暴対法と暴排条例は、暴力団の資金源を断ち、表立った活動を抑えるうえで大きな効果を持ちました。しかし、暴力団が担っていた非公式な機能まで失われることを想定し、その代替策を十分に用意していたとは言い切れません。
暴力団との関係を断つだけでなく、組織から離れた人の就労支援や生活支援、地域の紛争を処理する仕組みを整える必要があります。排除された人が一般社会に戻れなければ、別の犯罪集団に加わる可能性が高まるためです。
ここで問題になるのは、暴力団を規制したこと自体ではなく、規制後の社会設計です。表から消えた犯罪が、より見えにくい場所へ移動した結果として、特殊詐欺や闇バイトのような新しい犯罪モデルが広がった可能性を考える必要があります。
特殊詐欺の広がりと「行き場のない人たち」が巻き込まれる構造
- ✅ 社会的な居場所や安定した仕事を失った若者は、特殊詐欺や半グレ集団に取り込まれやすい状況にあります。
- ✅ 特殊詐欺では、組織の中心人物が姿を隠し、末端の実行役だけが逮捕される構造が生まれています。
- ✅ 犯罪を減らすには、取締りだけでなく、教育・福祉・雇用を通じた受け皿の整備が欠かせません。
従来型の暴力団が弱体化する一方で、特殊詐欺や闇バイトによる犯罪が社会問題になっています。特殊詐欺は高齢者などを狙って金銭を奪う悪質な犯罪ですが、実行役として動員される人の中には、経済的に困窮した若者や、家庭や学校、職場に居場所を持てない人も含まれています。
犯罪への参加は本人の責任ですが、末端の実行役だけを処罰しても、代わりとなる人材が次々に集められる状況は変わりません。特殊詐欺が継続的なビジネスとして成立する背景には、犯罪組織の手口だけでなく、社会から孤立した人を生み出す構造があります。
行き場のない若者が実行役として利用される
特殊詐欺の受け子や出し子、かけ子として逮捕される人には、非正規雇用、学校の中退、家庭不和、借金、生活困窮などの問題を抱えているケースがあります。安定した収入を得る手段がなく、「短時間で高収入を得られる」という募集に引き寄せられてしまいます。
最初から特殊詐欺に参加すると理解して応募するケースだけではありません。荷物の受け取りや現金の運搬、口座の開設など、一見すると犯罪かどうか判断しにくい仕事として募集され、個人情報を渡した後に抜けられなくなる場合もあります。
組織側は、応募者の身分証明書や家族情報を入手し、途中で辞めようとする人物を脅すこともあります。簡単なアルバイトのつもりで参加した若者が、犯罪組織に管理され、使い捨ての実行役として利用される構造です。
SNSと闇バイトがつくる新しい地下社会
特殊詐欺は、従来の暴力団のような明確な事務所や縄張りを必要としません。実行役の募集、指示、報告、送金までを、SNSや匿名性の高い通信アプリで進めることができます。
組織の中心人物と実行役が直接会う必要もなく、それぞれが犯罪全体の一部分だけを担当します。電話をかける人、現金を受け取る人、銀行口座から金銭を引き出す人が分かれているため、末端の参加者は組織の全体像を把握できません。
この仕組みには、次のような特徴があります。
- 実行役を短期間で入れ替えられる
- 組織の中心人物が姿を隠せる
- 地域を越えて人を集められる
- 末端の参加者に犯罪の全体像を知らせない
逮捕される危険を負うのは末端の実行役であり、利益を得る中心人物には捜査が届きにくくなります。従来の暴力団よりも関係性が見えにくく、責任の所在も分散された新しい地下社会といえます。
自己責任だけでは解決できない理由
特殊詐欺に参加した人物の責任を免除することはできません。被害者が受ける経済的、精神的な損害は大きく、犯罪行為には厳正な対応が必要です。
一方で、「楽に稼ごうとした本人が悪い」という説明だけでは、同じ犯罪への参加者が繰り返し現れる理由を説明できません。失敗した後に学校や仕事へ戻る道がなく、相談できる相手もいない人ほど、犯罪組織からの誘いに影響されやすくなります。
教育、福祉、雇用の仕組みが十分に機能し、生活に困った人が早い段階で支援につながれば、特殊詐欺に人材を供給する流れを弱められます。犯罪を防ぐためには、警察による取締りと同時に、犯罪に参加する前の段階で生活を支える仕組みが必要です。
暴力団排除後に必要だった受け皿
暴対法だけが特殊詐欺を直接生み出したわけではありません。暴力団の弱体化、インターネットの普及、雇用の不安定化、家族や地域社会のつながりの希薄化など、複数の変化が重なっています。
ただし、従来の暴力団を排除した後、その周辺にいた人々を一般社会へ戻す仕組みが不足していたことは重要な問題です。暴力団を離れようとしても、銀行口座や住居、仕事を確保できなければ、生活を立て直すことは難しくなります。
また、暴力団に入る前の若者を支える仕組みも必要です。学校を中退した人、家庭に居場所がない人、安定した仕事に就けない人が、地域や公的制度とつながれる環境を整えなければなりません。
特殊詐欺から見える日本社会の課題
特殊詐欺の問題は、悪質な犯罪組織だけの問題ではありません。社会から孤立した人を実行役として集め、逮捕されれば別の人に入れ替える仕組みが成立していること自体が、日本社会の課題を示しています。
個人の責任を問うことと、犯罪を生み出す社会構造を分析することは両立します。末端の実行役を処罰するだけでなく、犯罪組織の中心人物を追跡するとともに、生活困窮者や若者を支援する制度を強化する必要があります。
「誰が悪いのか」という問いだけでは、犯罪の連鎖を止めることはできません。「なぜ犯罪に参加する人が次々に現れるのか」という問いを重ねることで、暴力団対策、特殊詐欺対策、福祉政策、雇用政策を一体として考える視点が生まれます。
出典
本記事は、YouTube番組「宮台真司が語る「暴対法が特殊詐欺を生んだ」という真実」(むすび大学チャンネル/2025年公開)の内容をもとに要約しています。
暴力団対策法や暴力団排除条例が、その後の特殊詐欺の拡大や若者の犯罪参加とどこまで関係しているのかを問います。政府統計・犯罪白書・学術研究、国際機関の報告書を基に、犯罪の地下化と貧困・排除との関係を多角的に検証します。
読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの
暴力団対策の強化は、多くの市民にとって「治安が良くなる方向の政策」として受け止められてきました。一方で、暴力団勢力が減少するのと並行して、特殊詐欺や匿名性の高い犯罪グループが台頭してきたことから、「暴対法が特殊詐欺を生んだのではないか」という疑問も語られます。
しかし、法律と犯罪の増減の関係は単純な因果関係では説明しきれません。警察統計を見ると、暴力団勢力の大幅な減少と、特殊詐欺の高止まり・再拡大は同じ時期に起きていますが、そこには高齢化や通信技術の普及、貧困や社会的排除といった複数の要因が重なっています[1,4,5,7]。
以下では、「暴力団対策が犯罪のあり方をどう変えたか」「行き場のない人々が犯罪に巻き込まれる構造はどこから来るのか」という二つの問いを軸に、統計と研究成果を手掛かりに整理していきます。
問題設定/問いの明確化
本稿で扱う問いは、次の三点に整理できます。第一に、暴力団対策法や暴力団排除条例によって、暴力団と地域社会の関係がどのように変化したのか。第二に、その変化と特殊詐欺・匿名的な犯罪グループの拡大とのあいだに、どの程度の関連が見いだせるのか。第三に、犯罪に関わる人々を「個人の道徳の問題」としてだけではなく、貧困や排除といった構造からどう理解できるのか、という点です。
これらは、単純に「暴対法が良かったか悪かったか」を問うものではありません。暴力団の弱体化自体は、暴力や恐喝に依存したビジネスモデルを抑制するという意味で、多くの研究や政策文書でも一定の成果として評価されています[2,4]。同時に、その副作用として他の犯罪形態や新しいタイプの組織が生まれていないかを検証することが、次の政策設計には欠かせません。
そのため、本稿では「誰が悪いか」を決めるのではなく、「どのような制度や環境が現状を生み出しているのか」を確認し、データが示す範囲と示さない範囲を分けて考えることを重視します。
定義と前提の整理
まず、用語の整理が必要です。警察庁は「特殊詐欺」を、電話やメールなど非対面の手段を用いて被害者をだまし、現金や預貯金・電子マネーなどを詐取する犯罪の総称と定義しています[1]。いわゆる「オレオレ詐欺」「架空料金請求詐欺」などは、その代表的な類型です。
一方、「暴力団対策法」は、指定暴力団の威力を背景とした資金獲得活動などを規制する目的で1990年代初頭に施行された法律です。その後、企業や市民と暴力団との関係を一律に断つ方向で、全国の自治体が暴力団排除条例を整備し、暴力団との取引や利益供与を禁止する枠組みが広がりました[2]。
近年の警察白書では、従来型の暴力団とは別に、元暴力団員や元暴走族などが緩やかに結び付き、SNSを通じて実行犯を募集しながら特殊詐欺や強盗・窃盗を行う「匿名・流動型犯罪グループ(いわゆるトクリュウ)」が新たな脅威として位置づけられています[3]。これらは暴力団対策法の枠外にあることも多く、メンバー構成も流動的です。
さらに、本稿で言う「行き場のない人たち」とは、個人の性格ではなく、教育・就労・住居・家族関係など複数の領域から排除され、社会の周縁に追いやられた人々を指します。厚生労働省の調査では、高校中退、非正規就労、生活保護、ホームレス、シングルマザー、依存症などを抱える若年層が、多様なリスク要因を重ね持ちながら社会的排除に至っていることが示されています[7]。
このような人々が犯罪に関与するかどうかは、本人の選択だけでなく、支援制度の有無や地域のつながり、働き口のあり方など、多くの要因に左右されます。したがって、「構造を見る」という姿勢は、個人の責任を免罪するというより、背景条件を丁寧にたどる試みと理解するのが適切でしょう。
エビデンスの検証
暴力団勢力の減少と政策の影響
警察庁が公表したデータによると、日本の暴力団勢力は2009年ごろまで8万人を超えていたものの、その後急速に減少し、2023年末には構成員と準構成員を合わせて約2万400人と、19年連続の減少で過去最少を更新しました[4]。背景として、暴力団排除条例の全国的な整備と暴力団対策法の強化により、一般市民や企業との取引が難しくなり、資金面で困窮した構成員の離脱が進んだと説明されています[2,4]。
つまり、暴力団を社会の表舞台から排除するという点では、政策は一定の成果を上げているといえます。その一方で、「暴力団が担っていた、地域の一部の紛争処理や、社会の周縁にいる人々の『受け皿』としての機能まで同時に失われたのではないか」という懸念も生まれています。この懸念自体は定量的に測りにくいものの、後述する社会的排除の研究と組み合わせると、少なくとも検討すべきテーマだと考えられます。
特殊詐欺の拡大と変化
特殊詐欺の統計を見ると、その深刻さがわかります。警察庁によれば、2023年の特殊詐欺認知件数は1万9,038件(前年比8.4%増)、被害額は約452.6億円(同22.0%増)で、認知件数は3年連続、被害額は2年連続で増加しました[1,6]。2025年5月末時点の暫定値でも、認知件数1万905件、被害額約492.4億円と、過去最悪だった前年同期を大きく上回る深刻な状況が続いています[5]。
加害側の構造にも変化が見られます。2023年の特殊詐欺検挙人員2,455人のうち、暴力団構成員等は439人(17.9%)であり、暴力団が特殊詐欺を主要な資金源の一つとしている実態が確認されています[6]。さらに、中枢的な役割を担う被疑者に限ると、暴力団関係者の比率は5割を超えており、暴力団が組織の上層部で関与しつつ、末端の実行役には一般の若者や生活困窮者が動員される構図がうかがえます[6,12]。
同時に、警察白書は、暴力団とは別に、SNSなどを通じて「高額バイト」を装い実行犯を募集し、メッセージが自動消去される通信手段で指示を出す匿名・流動型犯罪グループの存在を指摘しています[3]。こうしたグループは、固定的な事務所や明確な序列を持たず、検挙されてもすぐに新たなメンバーを補充できるため、従来型の暴力団よりも実態把握が難しいとされています[3,4]。
誰が犯罪に巻き込まれているのか
では、特殊詐欺に関わる人々はどのような層なのでしょうか。令和3年版犯罪白書の特集を要約した分析では、詐欺事犯者の中で特殊詐欺が3割強を占め、30歳未満の若年層も一定の割合を占めていることが報告されています[10]。いわゆる「受け子」「出し子」と呼ばれる役割には、学生や非正規雇用の若者が含まれるケースも少なくないとされています。
一方、被害者については高齢者、とくに70代以上が多数を占めているものの、統計的な要因分析では、携帯電話の契約数や学歴など、若年層にも潜在的な被害リスクが高いことを示唆する結果もあります[11]。つまり、「高齢者だけの問題」として理解するのではなく、デジタル技術の普及に伴う新たなリスクが年齢を超えて広がっているとみる必要があります。
貧困・排除と犯罪の関係
犯罪に至る背景として、貧困や社会的排除がどの程度影響するかについては、多くの研究があります。厚生労働省の「社会的排除にいたるプロセス」に関する調査では、高校中退、非正規労働、生活保護、自殺未遂、薬物・アルコール依存、DVや虐待など、多数の困難を重ねた若年層が、居住や就労の機会から排除され、将来の展望を持ちにくい状況に置かれていることが示されています[7]。これらは必ずしも犯罪に直結するわけではありませんが、孤立と無力感が蓄積される土壌といえます。
犯罪からの「立ち直り」に関する近年の犯罪社会学の研究も、個人の更生努力だけでなく、労働市場からの排除など経済的な困難に目を向ける必要があると指摘しています。マートンのアノミー論やヤングの「排除型社会」論を踏まえ、日本の研究者は、文化的には成功や消費への参加を求められながら、合法的な手段へのアクセスが乏しい人々が犯罪に向かうメカニズムを議論しています[8]。
また、大阪大学の研究では、1980〜2000年の都道府県別パネルデータを用いた分析の結果、失業率そのものよりも、貧困状況を示す変数が犯罪発生率に有意な影響を与えることが示されています[9]。つまり、「失業しているから犯罪に走る」という単純な図式ではなく、貧困の拡大や将来への見通しの欠如がより重要な要因として浮かび上がるという見解です。
反証・限界・異説
ここまでのデータを踏まえると、「暴対法が特殊詐欺を生んだ」という強い表現には慎重さが必要です。確かに、暴力団勢力の減少と特殊詐欺の拡大は時間的には重なり、暴力団が従来の資金源を失った結果として、特殊詐欺にシフトした側面があるという見方には一定の根拠があります[4,6,12]。
しかし、特殊詐欺の拡大には、携帯電話やインターネットの普及、金融サービスのオンライン化、高齢化に伴う一人暮らし世帯の増加など、技術・人口・経済の広範な変化も大きく関わっています。警察庁は、SNS上の偽広告やマッチングアプリを悪用した投資詐欺・ロマンス詐欺など、新しい手口の出現を重視しており、通信手段そのものを遮断する技術的対策の必要性を強調しています[1,5,11,12]。
また、暴力団が特殊詐欺の上層部を担っているという事実は、「暴力団がいなくなった結果、特殊詐欺が生まれた」というより、「暴力団が環境の変化に応じてビジネスモデルを変えた」とも解釈できます[6,12]。さらに、匿名・流動型犯罪グループの台頭についても、暴力団排除条例だけでなく、SNSを通じた人材募集や暗号化された通信アプリの普及といった要因が重なっていると警察白書は分析しています[3,11]。
社会構造と犯罪の関係を扱う研究でも、「雇用悪化=犯罪増加」といった単純な因果は必ずしも支持されておらず、貧困の拡大や社会的排除のプロセスなど、複数の要因を同時に見る必要があるとされています[7〜9]。したがって、「ある一つの法律が特殊詐欺の原因である」と断定するより、「複数の制度と環境要因の組み合わせが、犯罪のかたちを変えてきた」と捉える方が、現時点のエビデンスには近いと考えられます。
実務・政策・生活への含意
では、こうした状況を踏まえて、どのような対策が考えられるでしょうか。第一に、暴力団排除政策を維持・強化しつつ、その副作用として生じる「地下化」に対応する必要があります。匿名・流動型犯罪グループは、SNS上で「高額バイト」を装い実行犯を募集し、個人情報を握ったうえで脅して犯行を継続させるなどの手口を用いており[3,12]、企業・学校・地域が連携して若者に対し情報リテラシー教育を行うことが重要です。
第二に、貧困や社会的排除への対処です。厚労省の報告が示すように、教育・家族・就労・住居など複数の分野で困難を抱える人々は、支援につながる前に孤立してしまう傾向があります[7]。早期の相談窓口、生活困窮者自立支援、就労支援、居場所づくりといった施策を連携させることで、犯罪グループにとっての「リクルート対象」を減らしていくアプローチが考えられます。
第三に、被害防止の観点からのテクノロジー活用です。警察庁は、国際電話番号の着信制限アプリや、電話番号表示サービス・非通知拒否サービスの利用拡大など、「犯人と話さない」ための仕組みを重視しています[1,5,11]。個人レベルでも、固定電話やスマートフォンの設定を見直し、家族間で合言葉を決めておくなど、日常的な工夫が有効とされています。
最後に、実務現場では「反社会的勢力との関係を断つ」ことと「行き場のない人にセーフティネットを用意する」ことを同時に考える必要があります。暴力団排除条例により企業や自治体のコンプライアンスは強化されましたが、その結果として仕事を失った人や、抜けたくても抜けられない人への支援が不足しているとの指摘もあります。更生支援や就労支援を担うNPOや自治体施策を、反社会的勢力排除とセットで設計することが、長期的な再犯防止には重要と考えられます[7,8]。
まとめ:何が事実として残るか
本稿で確認した事実を整理すると、少なくとも次の点は比較的はっきりしています。第一に、暴力団勢力は暴力団対策法や暴力団排除条例の影響もあり、長期的にみて大幅に縮小していること[2,4]。第二に、特殊詐欺は依然として高水準で推移しており、被害額も増加傾向にあること[1,5,6]。第三に、その背後には暴力団だけでなく、匿名・流動型犯罪グループが関与し、SNSを用いて若者や生活困窮者を「高額バイト」として取り込んでいること[3,6,11,12]。
一方で、「暴対法が特殊詐欺を生んだ」といった単線的な因果関係を直接示すデータは存在せず、貧困や社会的排除、通信技術の変化、高齢化など複数の要因が重なり合った結果として現在の状況があると考える方が妥当だという見解も多く示されています[7〜9]。暴力団排除自体の意義を認めつつ、その後の社会設計やセーフティネットの整備が十分だったかどうかは、今後も検討が必要とされる論点です。
結局のところ、重要なのは「誰が悪いか」を一元的に決めることではなく、「どのような社会条件が、特定の人々を犯罪に近づけ、別の人々を被害者にしているのか」を丁寧にたどる姿勢だと言えます。暴力団対策、特殊詐欺対策、貧困・排除対策をバラバラの問題としてではなく、相互に関係する「一つの社会のあり方」として捉え直すことが、今後の政策と市民の議論にとっての課題として残ります。
本記事の事実主張は、本文の[番号]と文末の「出典一覧」を対応させて検証可能としています。
出典一覧
- 警察庁(2024)『令和5年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について(確定値版)』 警察庁刑事局組織犯罪対策部 公式ページ
- 警察庁(2023)『第2項 暴力団犯罪の取締りと暴力団対策法の運用』令和5年版警察白書 第4章組織犯罪対策 公式ページ
- 警察庁(2024)『第1項 匿名・流動型犯罪グループの特徴』令和6年版警察白書 特集 公式ページ
- nippon.com編集部(2024)『組織犯罪:暴力団勢力は2023年末で過去最少の2万400人、「トクリュウ(匿流)」集団が新たな治安上の脅威に』 nippon.com Japan Data 公式ページ
- 警察庁(2025)『令和7年5月末における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について(暫定値)』生活安全局 公式ページ
- 警察庁(2024)『令和5年における組織犯罪の情勢』 警察庁組織犯罪対策部 公式ページ
- 厚生労働省(2010)『社会的排除にいたるプロセスに関する研究報告書』 厚生労働省社会・援護局 公式ページ
- 伊藤秀樹(2022)『離脱/立ち直り研究における経済的排除の看過―マートンのアノミー論とヤングの『排除型社会』をもとにした批判的検討―』 犯罪社会学研究 第47号 公式ページ
- 川島広也(2012)『雇用状況、豊かさと犯罪』 OSIPP Discussion Paper DP-2012-J-007 大阪大学大学院国際公共政策研究科 公式ページ
- 日本刑事政策研究会(2021)『詐欺事犯者の実態と処遇―令和3年版犯罪白書特集から―』 日本刑事政策研究会ウェブサイト 公式ページ
- 家森・上山(2018)『特殊詐欺被害の要因分析-これからの対策は“老人”から“若者へ”-』 名古屋学院大学研究紀要 経済学部・経営学部論集 第59巻 公式ページ
- 警察庁(2025)『SNSを取り巻く犯罪と警察の取組』令和7年版警察白書 特集 公式ページ