コロナ禍の在宅勤務とプレゼンティーイズム 心身の不調と生産性のリアル
- プレゼンティーイズムは、体調が悪くても仕事を休まず働き続ける状態を指す概念
- 在宅勤務になると、「具合が悪くても働き続ける」プレゼンティーイズムが起こりやすくなる
- 心の不調(ストレス・落ち込み・不安・眠れないなど)は、仕事の効率をはっきり下げる
- 自宅の仕事環境の悪さや長時間パソコン作業は、頭痛や目の疲れ、肩こり・腰痛を強める
- オフィスにいなくても、家でずっとオンラインのまま働き続ける新しいタイプのプレゼンティーイズムが問題になっている
- 短期的には休まない方がよく見えても、長期的には健康を悪くし、仕事の成果も落とすリスクが大きい
新型コロナウイルス感染症の流行によって、多くの職場が短期間のうちに在宅勤務へと移行しました。通勤がなくなり、柔軟な働き方が可能になる一方で、健康状態や働き方にどのような変化が生じたのかは、十分に整理されていませんでした。カナダの作業関連ヘルス研究者であるベディン・ノウルージ=キア氏は、この点を明らかにするため、在宅勤務とプレゼンティーイズム、アブセンティーイズム、心身の健康との関係を検討した研究を体系的に整理しています。こうした背景について、ベディン・ノウルージ=キア氏は次のように語っています。
コロナ禍で在宅勤務が急速に広がったとき、多くの人が働き方の柔軟さを得る一方で、どこまでが勤務時間でどこからが私生活なのかが見えにくくなったと感じました。オフィスにいるときのように出退勤のメリハリがないまま、体調がすぐれなくてもパソコンの前に座り続ける行動が増えているのではないかと考えるようになりました。
そこで、世界各国の研究を整理しながら、在宅勤務とプレゼンティーイズム、アブセンティーイズム、そして心身の健康との関係を改めて見直したいと思いました。単に欠勤が増えたか減ったかという表面的な変化ではなく、どのような不調を抱えながら働いているのか、その実態に目を向ける必要があると感じています。
在宅勤務で変化した「無理して働く」かたち
これまでプレゼンティーイズムという概念は、主にオフィスに出勤しているものの、体調不良やメンタル不調を抱えたまま仕事を続ける状態として語られてきたと受け止めてきました。しかし在宅勤務では、オフィスに姿を見せることなく、同じような状態がオンライン上で起きていると感じました。体調が悪くても、ビデオ会議に参加したり、チャットに常に応答したりすることで「働いている状態」を保とうとするケースが増えていると考えています。
研究を整理していく中で、こうした状態は一種の「オンライン・プレゼンティーイズム」と呼べるのではないかと思うようになりました。画面の向こう側でどのようなコンディションで働いているのかは見えにくく、周囲も気づきにくいため、無理をしている本人も職場も、問題を自覚しにくい構造があると感じています。
心身の不調と生産性低下のつながり
在宅勤務とプレゼンティーイズムを扱った研究では、ストレスや抑うつ、不安、睡眠の問題といったメンタルヘルスの不調が、仕事のパフォーマンスと密接に結び付いている結果が多く報告されています。集中力の低下や判断ミスの増加、作業スピードの低下などが、心の状態と並行して現れていることが示されていると受け止めています。
同時に、自宅の仕事環境が整っていない場合、長時間のパソコン作業や不適切な姿勢によって、頭痛や目の疲労、肩こりや腰痛などの身体症状も悪化しやすくなります。こうした身体的な不調も、プレゼンティーイズムと結び付いて生産性を下げていきます。本来であれば一度休息を取り、環境を整えるべき場面でも、在宅であるがゆえに「少し頑張れば続けられる」と判断してしまう状況があるのではないかと感じています。
在宅勤務時代に必要な視点
在宅勤務は、通勤時間の削減や柔軟な時間設計といった利点を持ちながら、その裏側でプレゼンティーイズムのかたちを変化させていることがうかがえます。心身の不調を抱えたままオンラインで働き続ける状態は、短期的には欠勤を抑えているように見える場合がありますが、長期的には健康悪化とパフォーマンス低下を通じて、個人と組織の双方に大きな負担をもたらす可能性があります。このテーマで整理した視点は、次のテーマで扱う「在宅勤務の負担が誰に集中していたのか」という問いを考えるうえでも、重要な土台になるといえます。
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在宅勤務の負担は誰に集中していたか 女性と働く親のプレッシャー
- 在宅勤務のしんどさは均等ではなく、特に女性と子どものいる親に重くのしかかっていた
- 家事・育児と仕事が同じ場所で重なることで、女性の心身の負担とプレゼンティーイズムが増えやすくなった
- 子どもによる中断や騒音は、集中を切り、生産性を下げ、ストレスを高める大きな要因になった
- 会社のサポートの弱さや、在宅で使うPC・ネット環境の差が、負担の偏りをさらに広げた
- テレワークを評価するときは、「全体平均」ではなく、性別や家族構成ごとの差を前提に見る必要がある
在宅勤務は一見すると公平な働き方のように見えますが、実際にはその負担が一部の層に偏っていた可能性があります。ノウルージ=キア氏は、各国の研究を整理する中で、在宅勤務の負荷が特に女性と子どものいる働く親に集中していた点に注目しています。本テーマでは、家事・育児と仕事が同じ空間で重なることが、心身の健康やプレゼンティーイズムにどのような影響を与えていたのかを整理し、在宅勤務の「見えにくい不均衡」について考察します。
在宅勤務と聞くと、多くの人が通勤時間の削減や柔軟な働き方を思い浮かべると思いますが、研究をたどっていくと、そのメリットを享受できる人と、むしろ負担が増えている人がいると感じるようになりました。特に女性と子どものいる働く親については、仕事だけでなく家事や育児も同じ時間帯、同じ場所でこなさなければならない状況が重なっていることが見えてきました。
在宅勤務という言葉だけを見ると、中立的で中身の同じ制度のように思えますが、実際には家庭内の役割分担や住環境によって、経験している現実が大きく異なります。このギャップをきちんと説明しなければ、在宅勤務の影響を正しく理解したことにはならないと感じ、ジェンダーや家族構成ごとの違いに焦点を当てる必要があると考えました。
家事・育児と仕事が重なるときに生まれる負荷
複数の研究を見ていくと、在宅勤務期間中に家事と育児の負担が増えたと答える割合は、女性で高い傾向がありました。学校や保育施設の閉鎖が重なった場面では、子どもの世話と学習サポートを担いながら、同時にオンライン会議や期限のある業務をこなす必要が生じています。その結果、休憩を後回しにし、体調が優れなくても仕事を続けるプレゼンティーイズムが高まりやすい状況があったと考えています。
在宅で働いていると、周囲からは通勤がない分だけ楽になっているのではないかと見られることもありますが、実際には一日の中で役割を頻繁に切り替え続ける負荷が積み重なります。自分の時間を確保しにくく、長時間労働になりやすい環境の中では、心身の疲労に気づきながらも、それを後回しにしてしまう行動が増えてしまうのではないかと感じています。
働く親と子どものいる家庭で起きていたこと
子どものいる家庭では、在宅勤務中の中断や騒音が大きなテーマとしてたびたび報告されています。オンライン会議の最中に子どもが部屋に入ってくる、集中したい時間帯に遊び相手や食事の準備が必要になるといった場面が繰り返されることで、仕事への没頭が難しくなります。このような状況は、仕事の効率だけでなく、ストレスやイライラ感の増加にもつながりやすいと感じています。
さらに、ノートパソコン一台と限られたスペースで仕事をしている場合、子どもの学習環境との競合も生まれます。静かな部屋や安定した通信環境を優先的に使うべき対象が複数いる中で、自分の仕事環境を後回しにする親も少なくありません。そのような積み重ねが、メンタルヘルスの不調や睡眠の質の低下、ひいてはプレゼンティーイズムやアブセンティーイズムの増加と結び付いていると考えています。
在宅勤務の公平性を考えるための視点
在宅勤務は、全員に同じ条件を与える制度に見えながら、実際には家庭内の役割分担や住環境、子どもの有無によって、負担の重さが大きく変わる働き方であるといえます。本テーマで整理したように、女性や働く親は、家事・育児と仕事が重なり合うことによって、プレゼンティーイズムやメンタルヘルス不調のリスクが高まりやすい状況に置かれていました。今後テレワークを評価し設計していくうえでは、「誰にとっての働きやすさなのか」という視点を前提に据えることが重要になります。この問題意識は、次のテーマで取り上げる「常にオンラインで働く時代の制度設計」を考える際にも欠かせない視点となります。
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常にオンラインの働き方をどう変えるか 在宅勤務のメリットとこれからの課題
- 在宅勤務には、通勤がなくなる・時間を柔軟に使えるなどのメリットがある一方、働きすぎやオンオフの曖昧さというデメリットもある
- プレゼンティーイズムという概念は、テレワークの広がりで複雑になり、今の測り方だけでは実態をつかみにくくなっている
- 会社は、心のケア、残業の管理、休憩ルール、イスや机などの環境整備を組み合わせてテレワーク方針を作る必要がある
- 出社と在宅を混ぜた働き方や、オンライン会議の回数・時間は、「働きやすさ」だけでなく、健康と集中力を保てるかどうかで設計し直すべきである
- 今後は、長い期間のデータを追いながら、在宅勤務と健康・生産性のつながりをもっとはっきりさせていく研究が必要になる
ノウルージ=キア氏は、在宅勤務が一時的な非常時対応ではなく、多くの職場で恒常的な選択肢として定着しつつある点に注目しています。通勤時間の削減や柔軟なスケジューリングなどの利点がある一方で、常にオンラインであることが前提となる働き方が、健康や生産性にどのような影響を及ぼしているのかを整理する必要があると指摘しています。本テーマでは、テレワークのメリットとリスクをあらためて見直しながら、プレゼンティーイズムの再定義と、これから求められる組織の役割について考察します。
在宅勤務について語るとき、どうしても通勤がなくなることや、自分で時間を調整しやすくなることに目が向きやすいと感じています。実際、こうした点は多くの研究でもメリットとして報告されています。一方で、仕事と私生活の境界が薄くなり、気づかないうちに一日を通して仕事のことを考え続けているという声も多く見られました。オンラインで常につながっている状態が、知らず知らずのうちに長時間労働と疲労の蓄積につながっているのではないかと考えています。
テレワークがもたらした利点と「いつでも仕事」の感覚
在宅勤務の利点として、移動時間の削減や柔軟な働き方が可能になる点は、多くの働き手にとって重要だと思います。家族との時間を増やしたり、自分に合ったリズムで働いたりできることは、生活の満足度を高める側面があります。その一方で、メールやチャットの通知が常に手元にあることで、勤務時間外にも反応しなければならないという感覚が生まれやすい状況も見えてきました。
仕事道具と生活空間が重なることで、「少しだけ返信しておこう」「短い会議だから参加しておこう」という判断が積み重なり、結果としてオンとオフの切り替えが難しくなります。このような環境では、疲労や体調の変化に気づきにくく、プレゼンティーイズムが長期化しやすいのではないかと感じています。
プレゼンティーイズム再考と組織に求められる対応
テレワークが広がる中で、従来のプレゼンティーイズムの捉え方では、実態を十分に説明できなくなっていると感じています。オフィスに出勤しているかどうかだけではなく、オンライン上でどのような状態で働いているのかを含めて考えなければ、見えない不調や負担を把握しにくくなります。測定指標や質問票も、テレワークの文脈に合わせて更新していく必要があると考えています。
そのうえで、組織にはいくつかの対応が求められます。例えば、メンタルヘルス相談やチェックインの仕組みを整えること、勤務時間と休憩時間のルールを明確にし、過度な長時間労働を防ぐこと、在宅でも負担が少ない椅子や机、機材を支援することなどです。こうした取り組みを組み合わせることで、プレゼンティーイズムを早期に察知し、健康を守りながら生産性を維持することが可能になると考えています。
これからのテレワーク設計に向けた視点
今後は、出社と在宅を組み合わせたハイブリッド勤務が広がっていくと見込まれます。その際には、単に勤務場所の選択肢を増やすだけでなく、オンライン会議の回数や時間、通知への応答ルールなども含めて、働き方全体を設計し直す視点が重要になると思います。働きやすさだけではなく、集中力と回復のバランスをどのように保つかが、プレゼンティーイズムやアブセンティーイズムを抑える鍵になると感じています。
研究の面では、テレワークと健康、生産性の関係を長期的に追跡し、因果関係をより明確にすることが求められます。どのような働き方や支援策が、プレゼンティーイズムの抑制とウェルビーイングの向上につながるのかを示すことで、労働者と組織の双方にとってより持続可能な働き方の選択肢を提示できると考えています。
在宅勤務は、単純に良いか悪いかで評価できる制度ではなく、設計の仕方によってメリットとリスクのバランスが大きく変わる働き方といえます。本テーマで整理したように、常にオンラインであることが前提となる時代には、プレゼンティーイズムの捉え方を更新しつつ、健康と生産性の両立を支える仕組みを整えることが重要になります。ここまでの三つのテーマを通じて見えてきた視点を踏まえ、今後のテレワーク運用や制度設計を検討していくことが、次のステップになるといえます。
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出典
本記事は、学術論文「Remote work transition amidst COVID-19: Impacts on presenteeism, absenteeism, and worker well-being—A scoping review」(PLOS ONE 掲載)の内容をもとに構成、要約しています。
読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの
新型コロナウイルス流行をきっかけに、多くの国でテレワークが一気に普及し、その後も恒常的な働き方の一つとして残りつつあります。国際労働機関(ILO)は、コロナ禍でのテレワークの急拡大と今後の課題を整理し、パンデミック後も在宅勤務が一定規模で続くと見込んでいます[1]。
一方、世界保健機関(WHO)とILOの共同テクニカルブリーフや、リモートワークの健康影響に関する系統的レビューでは、テレワークに伴うメンタルヘルスの悪化や筋骨格系症状、長時間労働・オンオフの曖昧さといったリスクが指摘されています[2,3]。在宅勤務が必ずしも「楽な働き方」ではなく、新しいかたちのプレゼンティーイズム(不調を抱えたまま働き続けること)を生み出している可能性が示されています。
また、在宅勤務の経験はすべての人に同じように分配されているわけではありません。ホームワークとメンタルヘルス・生産性の関係をまとめたシステマティックレビューでは、性別や家庭状況、職種などによって影響が大きく異なることが報告されています[4]。本稿では、こうした研究結果を手掛かりに、「オンラインで常につながる働き方」が心身の健康と公正さにどのような影響を与えているのかを考えていきます。
問題設定/問いの明確化
ここでの中心的な問いは大きく三つあります。第一に、在宅勤務の広がりは、プレゼンティーイズムの形をどのように変えたのかという点です。オフィスに出勤しているかどうかだけでは、もはや「無理して働いている状態」を十分に捉えきれない可能性があります[3,4]。
第二に、在宅勤務による心身の負担や生産性の変化は、個人間でどの程度ばらついているのかという問題です。ある人にとっては通勤時間がなくなりパフォーマンスが高まる一方で、別の人にとっては孤立感や家事・育児負担の増大により、メンタルヘルスや仕事の質が下がる可能性があります[4]。どの層に、どのような条件のもとでメリット・デメリットが生じるのかを区別して考える必要があります。
第三に、その負担の偏りがジェンダーや家族構成と結びついていないかという点です。OECDの分析では、コロナ禍の休校やサービス閉鎖により、追加の無償ケア労働の多くを女性が担っていたことが報告されています[5]。世界経済フォーラムの『グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書2021』でも、パンデミックが経済面のジェンダー格差を一世代分悪化させたと指摘されています[6]。在宅勤務の評価を「平均値」で語るだけでは、見えにくい不均衡を見落とすおそれがあります。
定義と前提の整理
まず、プレゼンティーイズムの基本的な意味を整理しておきます。国際的なレビューでは、プレゼンティーイズムは「病気や疲労などにより能力が落ちているにもかかわらず、仕事を続けている状態」として定義されることが多く、慢性疾患やメンタル不調とも強く関連することが示されています[7]。日本の産業保健分野でも、プレゼンティーイズムへの対応が新たな課題として位置づけられ、健康経営の文脈で注目されてきました[8]。
その経済的影響も無視できません。日本の研究では、さまざまな健康問題によるプレゼンティーイズムがもたらす生産性損失を推計したところ、医療費と同等かそれ以上のコストとなりうることが示されました[9]。不調を抱えながら働き続ける行動は、短期的には「休まない従業員」として評価される場合があっても、長期的には企業と社会全体に相当の負担を生じさせる可能性があります。
次に、テレワーク・在宅勤務の前提です。ILOのレポートでは、テレワークは情報通信技術を前提に、職場から離れて働く形態と定義され、業務内容・裁量権・勤務時間管理のあり方によって影響が大きく変わると整理されています[1]。WHO/ILO のテクニカルブリーフは、在宅勤務が通勤時間の削減や柔軟な働き方をもたらす一方で、長時間座位・運動不足・仕事と私生活の境界の曖昧化など、健康リスクも併せ持つと指摘しています[2]。
本稿では、テレワーク中にオンライン上で不調を抱えながら働き続ける状態を、便宜的に「オンライン・プレゼンティーイズム」と呼びます。これは、海外の実務的な解説などで用いられる「e-presenteeism」と同様に、デジタル環境で常に接続されていることによって生じるプレッシャーを強調するための表現です[10]。ただし、日本語研究で定着した専門用語ではないこと、既存のプレゼンティーイズム概念をテレワーク文脈に引き延ばした説明的な呼称であることに留意する必要があります。
エビデンスの検証
心身の不調とプレゼンティーイズムの関係については、多くの研究で共通した傾向が報告されています。システマティックレビューによれば、うつ症状や不安、慢性疼痛、睡眠障害などを抱える従業員では、集中力や判断力の低下を通じて、業務中の生産性が有意に下がることが示されています[7]。日本の解説論文でも、こうした不調を抱える労働者への健康管理が、産業保健の新しい課題になっていると指摘されています[8]。
日本のコホートデータを用いた研究では、さまざまな健康状態によるプレゼンティーイズムが生み出す経済的損失を推計し、その規模が医療費を上回る可能性があると報告されました[9]。つまり、「休まず働く」ことが短期的には欠勤を減らすように見えても、中長期では組織全体のパフォーマンスをむしろ押し下げる危険があると考えられています。
在宅勤務の導入がこの構図にどのような影響を与えたのかについては、パンデミック以降に数多くのレビューと実証研究が蓄積されました。リモートワークの健康影響をまとめた系統的レビューでは、在宅勤務がストレスの軽減や通勤負担の減少につながるケースがある一方で、孤立感の増加や仕事・家庭の境界の曖昧化を通じてメンタルヘルスを悪化させるケースも多く、結果は一様でないことが示されています[3,4]。在宅勤務とメンタルヘルス・生産性の関係は、職種・家庭状況・心理的資源など、多くの要因に左右される複雑なものだと考えられています[4]。
テレワーク頻度と睡眠・生産性に焦点を当てた日本の横断研究では、心理的苦痛の程度によって「最適なテレワーク頻度」が異なる可能性が示されました[11]。心理的苦痛が低い層では、テレワーク頻度が増えるほど睡眠や労働機能が改善する傾向もみられる一方、苦痛が高い層では、頻度が高いほど労働機能スコアが悪化する関連が報告されています[11]。この結果は、「テレワークは誰にとっても良い/悪い」と一括りに評価できないことを示唆しています。
テレワークの運用とプレゼンティーイズムの関係に着目した日本の調査では、在宅勤務者の中でも、長時間のオンライン勤務や休憩の取りにくさ、業務量の増加などとプレゼンティーイズム指標の悪化が関連することが報告されています[12]。ここでも、在宅勤務そのものよりも、「どのような働き方でテレワークをしているか」が重要な要因であることがうかがえます。
日本のパネルデータを用いた研究では、在宅勤務の導入が生産性やメンタルヘルスに与えた影響を分析し、仕事の特性や管理慣行によって効果が異なることが示されました。リモートワークの導入が、従業員の主観的な生産性向上やメンタルヘルスの改善と関連するケースもある一方で、逆にストレスを高めるケースも報告されています[13]。別の家計パネルデータ研究では、抽象的な業務に従事し、ITスキルが高く、マネジメント慣行の整った職場に属する労働者ほど、リモートワークの恩恵を受けやすいことが示されています[14]。テレワークのメリットが、職務内容と組織文化によって偏りうることを示す結果です。
作業環境の観点から見ると、WHO/ILO のテクニカルブリーフは、在宅勤務における不適切な机・椅子の高さやノートPCの長時間使用が、首や肩、腰の痛み、目の疲労などの筋骨格系負荷と関連することを指摘し、外付けディスプレイや調整可能な椅子などの導入を推奨しています[2]。小さなワンルームや家族と共用のスペースで働く場合には、こうした設備投資が難しく、同じ「在宅勤務」でも身体的負荷に大きな差が生じることが想像されます。
労働時間の観点では、ILO が世界各国の労働時間とワークライフバランスを比較したレポートで、長時間労働が満足度や健康への悪影響と関連する一方で、柔軟な勤務時間制度やテレワークの適切な利用がワークライフバランスの改善と結びつく場合もあると報告しています[15]。しかし、勤務時間管理が不十分なテレワークでは、「いつでも働ける」ことが「いつまでも働いてしまう」状態と関連しやすく、プレゼンティーイズムやバーンアウトを長期化させる可能性があると懸念されています[3,15]。
ジェンダーと家族の視点からは、OECD の報告書が、コロナ禍の在宅勤務と学校閉鎖の期間において、追加の育児・家事負担の大部分を女性が担っていたことを示しています[5]。多くの国で、子どものいる女性は、男性よりも多くの無償ケア労働を引き受ける傾向が強く、就業時間の短縮や職場からの退出リスクも高いとされています[5]。世界経済フォーラムの報告書でも、パンデミック後の経済的ジェンダーギャップが拡大し、完全な平等達成までの時間が延びたと分析されています[6]。これらのデータは、「在宅勤務のしんどさ」が特定の層に集中している可能性を裏付けています。
反証・限界・異説
他方、テレワークが健康と生産性にもたらす影響には、肯定的な側面も少なくありません。リモートワークの健康影響を扱ったレビューでは、通勤時間の削減や勤務時間の柔軟化が、睡眠時間の延長やストレス低減、生活満足度の向上と関連しているという知見も報告されています[3,4]。日本の調査でも、在宅勤務の導入が自己申告の生産性向上やワークエンゲージメントの改善と結びつくケースがあり、特に管理職のサポートや明確な目標設定がある場合にプラスの効果が強まるとする分析があります[13,14]。
また、ホームワークとメンタルヘルス・生産性の関係をまとめたレビューでは、在宅勤務が必ずしもメンタル不調や低生産性を「引き起こす」とまでは言えず、多くの研究で結果の方向が一致していないことが示されています[4]。孤立感や家庭内の中断などを強く経験した人ではメンタルヘルスが悪化しやすい一方で、家族との時間の増加や通勤ストレスの低減をポジティブに受け止める人では、むしろウェルビーイングが高まる例も報告されています[3,4]。つまり、テレワークの影響は、個人の状況や職場の支援体制によって大きく変わると考えられます。
研究デザインにも限界があります。ここで引用した多くの研究は横断研究であり、「在宅勤務が〇〇をもたらした」と強く因果関係を断定できるわけではありません[3,11,12]。心理的苦痛が高い人ほどテレワークを選びにくい、あるいは逆に通勤負担から逃れるためにテレワークを希望しやすいといった選択バイアスも考えられます。また、プレゼンティーイズムや生産性は自己申告尺度で測定されることが多く、回答者の主観や社会的望ましさバイアスが入りやすい指標です[7,9,11]。
さらに、プレゼンティーイズムの定義や測定尺度自体にもばらつきがあります。症状の有無を尋ねる尺度、パフォーマンス低下の割合を尋ねる尺度など、研究ごとに指標が異なるため、結果を単純に比較することはできません[7,8]。テレワーク文脈では、オンライン上での「常時接続」をどこまでプレゼンティーイズムに含めるかといった概念的な整理も、今後の課題として残されています。
実務・政策・生活への含意
実務レベルで重要なのは、「在宅勤務か対面勤務か」という二者択一ではなく、健康と集中力を守れるような働き方の設計です。WHO/ILO のテクニカルブリーフは、テレワークを健康的に行うためのポイントとして、適切な休憩、作業姿勢の工夫、業務量と成果目標の明確化、社会的サポートの確保などを挙げています[2]。企業側は、在宅環境の整備に必要な費用補助や、メンタルヘルス相談窓口の整備、管理職による定期的な「声かけ」などを組み合わせることで、オンライン・プレゼンティーイズムの長期化を防ぐことが求められます。
労働時間管理の観点からは、ILO の報告書が示すように、長時間労働はワークライフバランスと健康の両面で不利な結果と関連しやすく、一方で柔軟な勤務時間制度はうまく設計すれば生活満足度の向上に寄与しうるとされています[15]。テレワークの導入にあたっては、「何時間働いたか」だけでなく、「いつ、どこで、どのように働くか」を総合的に調整し、勤務時間外のメール・チャットへの即時対応を暗黙の前提にしないことが重要です。
欧州議会は、デジタルツールの普及に伴う長時間接続の問題を受けて、「つながらない権利(right to disconnect)」に関する決議とブリーフィングを公表し、勤務時間外の電子コミュニケーションから離れる権利を最低基準として確保するよう求めています[16]。その後、欧州委員会はテレワークとつながらない権利に関する社会対話を開始し、将来的な法案化に向けた議論を進めています[17]。日本でも、こうした海外の動きを参考にしつつ、在宅勤務中の連絡ルールや休息時間の確保を、制度として明文化することが検討課題となります。
個人の生活レベルでは、小さな工夫の積み重ねがオンライン・プレゼンティーイズムの予防につながります。例えば、「仕事用」と「私生活用」の端末やアカウントを分ける、チャットの通知時間をあらかじめ限定する、在宅勤務日にも始業・終業のルーティンを設ける、といった行動が境界線の可視化に役立つと考えられます[2,15]。また、家族や同居人との間で「いつは仕事に集中したい時間帯か」「いつなら声をかけてもよいか」を共有しておくことも、家庭内での中断を減らし、ストレスの蓄積を防ぐうえで有効です[4,5]。
まとめ:何が事実として残るか
これまでの研究と統計から、いくつかの点は比較的はっきりとした傾向として見えてきます。第一に、心身の不調を抱えながら働き続けるプレゼンティーイズムは、在宅勤務の有無にかかわらず、個人の健康だけでなく組織の生産性にも大きな負担となりうること[7–9]。第二に、テレワークは通勤負担の軽減や柔軟な働き方といったメリットを持ちながらも、仕事と私生活の境界を曖昧にし、オンライン・プレゼンティーイズムや長時間接続と関連するリスクをはらんでいること[2–4,11,12,15]。
第三に、在宅勤務の恩恵と負担は均等に分配されておらず、職種や管理慣行だけでなく、ジェンダーや家族構成によっても経験が大きく異なることが、国際機関のデータや日本のパネル研究から示されています[5,6,13,14]。こうしたばらつきを前提にしなければ、「在宅勤務は良かったのか/悪かったのか」という二分法的な評価は現実からずれてしまいます。
同時に、多くの研究が横断的な設計であり、自己申告指標を用いていることから、因果関係の強さやメカニズムにはまだ不明な点も多く残されています[3,4,11,12]。今後は、より長期の追跡研究や介入研究を通じて、「どのようなテレワークの設計と支援策が、健康と生産性の両立に寄与するのか」を具体的に検証していくことが求められます。
在宅勤務は、単純に「良い制度」でも「悪い制度」でもなく、設計次第で大きく姿を変える働き方です。本稿で見てきたように、プレゼンティーイズムの概念をアップデートしつつ、働き手の多様な状況に目を向けることが、今後の制度設計と運用を考えるうえでの出発点になると考えられます。課題は依然として多いものの、エビデンスに基づいて議論を深めていくことが、持続可能な働き方への一歩となります。
本記事の事実主張は、本文の[番号]と文末の「出典一覧」を対応させて検証可能としています。
出典一覧
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- World Health Organization / International Labour Organization(2021/2022)『Healthy and safe telework: Technical brief』 WHO/ILO 公式ページ
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- OECD(2021)『Caregiving in Crisis: Gender inequality in paid and unpaid work during COVID-19』 OECD Policy Responses to Coronavirus (COVID-19) 公式ページ
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