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エリートはなぜオウム真理教に惹かれたのか 現代日本の勝ち組幻想と若者の行き場【宮台真司】

エリートがオウム真理教に惹かれた社会的背景

  • 現代の「勝ち組エリート」は、収入や学歴を得ても生活の実感や物語を失い、強い空虚感を抱きやすい状況。
  • 地域共同体と家族の承認機能が弱まり、エリートであることを祝われる場が消えた結果、「何のために生きるのか」が見えにくくなる構造。
  • デュルケムのいう「アノミー」状態に陥った人びとが、自己啓発やカルト宗教に救いを求め、その極端な例としてオウム真理教への流入が生じる構図。
  • エリートが宗教に惹かれるのは個人の弱さだけではなく、社会構造と承認の仕組みの変化に根ざした現象として整理可能。

社会学者の宮台真司氏、精神科医の海沼光城氏、大学受験塾を運営する川嶋政輝氏は、対談「なぜエリートはオウム真理教にハマったのか」で、いわゆる勝ち組と呼ばれる人びとがなぜ宗教やカルトに引き寄せられるのかを社会構造から検討しています。ここでは、宮台氏の社会学的な分析を軸に、地域共同体と家族の変質がエリート層の空虚感を生み、オウム真理教のような過激な宗教に至る土壌になっていった過程を整理します。

宮台氏が参照するのは、デュルケムが自殺論で示した「アノミー」の視点です。貧しい状態から豊かになるよりも、豊かさを得た後に期待が裏切られたときの方が自殺率が高くなるという統計が示されており、社会の規範や意味づけが失われたときに、人びとは強い不安と虚無を抱きやすくなると説明しています。この構造が、日本のエリートたちを自己啓発新宗教へと向かわせた背景になっていると宮台氏は捉えています。

自分の周りを見ていると、貧しい状態から豊かになった人よりも、もともと恵まれていた人が期待どおりの充実を得られずに苦しんでいる姿をたくさん見てきました。統計的にも、貧乏から金持ちになった人より、金持ちだった人が落ち込んだときの方が自殺率が高いと示されていて、デュルケムが言うアノミーの状態が今の勝ち組の中で日常的に広がっていると感じています。

そうした人たちは、努力すれば幸せになれるという物語を信じてきたのに、現実の生活は思ったほど面白くなく、何のために生きているのか分からなくなります。その空白を埋めるものとして自己啓発セミナーや新宗教が伸び、戦闘的な技術を取り入れたカルト、例えばオウム真理教のような集団にも人が流れ込んでいきました。自分自身もかつてそうした場に潜り込み、勝ち組と呼ばれる層の空虚さを肌で実感してきました。

― 宮台

勝ち組エリートが宗教を求める心理

かつて東京大学や宇宙開発関連の企業に入ることは、出身地の共同体全体から祝福される出来事でした。地元に戻れば地域ぐるみで褒められ、家族と故郷の物語の中に自分の努力が位置づけられていたので、エリートであることがそのまま生きる意味につながっていました。

ところが都市化とともにそうした共同体の力が弱まり、今では難関大学に入っても喜んでくれるのは保護者だけという状況が当たり前になっています。社会全体から承認されないまま勝ち組コースに乗ると、せっかく望んだ進路を歩んでいるのに、毎日が驚くほど味気なく感じられます。その違和感を抱えた人が、より強い物語や共同体感覚を与えてくれる場として、宗教やカルトに惹かれていく構造があると考えています。

― 宮台

エリートと宗教の関係を捉え直す視点

宮台氏の議論は、エリートが宗教に惹かれる現象を個人の弱さや特異な心理にだけ結びつけません。デュルケムの自殺論に依拠しながら、豊かさを得た後に期待が裏切られるときこそ人は生きる意味を見失いやすく、現代の勝ち組はまさにそのアノミー状態に置かれていると指摘しています。

さらに宮台氏は、社会を「生態系」と捉え、地域が変質すれば家族や宗教、エリートの実質も連動して変化すると説明します。かつて地域共同体が担っていた承認や居場所の機能が弱まるなかで、勝ち組として期待される人びとほど、強い物語と共同体を提供する宗教やカルトに吸い寄せられやすくなっているという視点です。この整理は、次のテーマで扱う地域社会と裏社会の変化が、どのように若者と宗教の関係を変えてきたのかを理解する手がかりになります。


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地域共同体と裏社会が支えてきた「生態系」とその崩壊

  • 地域社会は、表の共同体と裏の共同体が一体となった「生態系」として、治安維持と弱者の受け皿の役割を担ってきた歴史。
  • 暴力団排除は一見正義に見える一方で、裏の機能だけを切り離すことで、元構成員が社会から浮遊し、暴力や実力行使の担い手が一般市民に移る危険性の高まり。
  • 宮台氏は暴力団排除条例の段階からこうした副作用を警告していたものの、行政や政治の論理と住民感情によって十分に考慮されず、予測された事態が現実になりつつあるという指摘。
  • 地域共同体と裏社会の変質は、若者の行き場の喪失や宗教・カルトの受け皿拡大とも連動する構造的な問題として捉える必要性。

宮台氏は、社会を一つの生態系として捉える視点から、地域共同体と裏社会の関係を説明しています。地域が変質すれば家族も宗教も変質し、エリートの生き方や中高生のあり方まで連動して変化していくという前提に立ち、かつての日本社会では、表の共同体と裏の共同体が補完し合いながら治安と生活のリアリティを支えていたと指摘します。

地域社会は、法律や制度だけでは扱いきれない細かな問題に対処し、家庭や学校に居場所がない人や病気などで通常の社会生活からこぼれ落ちた人の受け皿にもなってきました。その背後には、警察とともに暴力団が暗黙の役割分担をしていた歴史があり、宮台氏はこれを「表共同体と裏共同体」の問題として整理しています。

私は社会を長く観察してきて、地域というものが単にきれいな人びとの集まりではなく、表のルールだけでは扱いきれない問題に対応するための裏の機能を含んだ生態系として働いてきたと感じています。日常の小さな揉め事や、警察が公式には動きにくい案件について、裏側のネットワークが動くことで全体としての治安が維持されてきました。

同時に、家庭や学校に居場所がない人、病気や事情によって普通の会社勤めが難しい人にとっても、地域の裏側にはなんとか食べていけるように面倒を見る回路が存在していました。表の共同体と裏の共同体が一体となって、社会の周縁にいる人びとを支えることで、全体としての安定が保たれていたという実感があります。

― 宮台

表共同体と裏共同体がつくる地域のバランス

どんな共同体にも、きちんとしている人だけでなく、素行が悪い人や喧嘩っ早い人、だらしない人もいます。昔の地域社会では、そうした人びとも完全に切り捨てるのではなく、裏側のネットワークの中で役割を持たせることで、全体としてのバランスを取っていました。

暴力団もその一部で、もちろん違法行為は問題ですが、一方で地域のトラブルを収めたり、居場所のない人をなんとか組織の中に取り込んだりする機能も担っていました。表と裏がセットで一つの生態系を成していたため、表側だけを見て善悪を判断すると、社会の実相を取り逃してしまうという感覚を持っています。

― 宮台

暴力団排除条例がもたらした予測された副作用

宮台氏は、1980年代以降の新住民化の進行とともに、地域が生態系として機能しているという理解が弱まり、「暴力団事務所を撤去すればよい」という単純な発想が広がったと振り返ります。組事務所を排除すれば、末端の構成員は組織にとって使いにくい存在となり、地域の裏のネットワークから切り離されますが、その後どこに行き、どのような形で暴力や実力行使が現れるのかが十分に想像されていなかったと指摘します。

九州などでは、工藤会をはじめとする組織の構成員が拳銃を保有していた事例があり、そうした人びとが組織を離れて浮遊すれば、火が付く前からさまざまな事件が起こることは予測できたと宮台氏は述べています。暴力団排除条例が進むなかで、暴力の実動部隊は次第に一般市民へと移り、ネット上での扇動や一時的な動員を通じて、住民自身が実力行使の担い手になる構図が生まれつつあると警告しています。

当時からこうした事態を想像し警告していた関係者は少なくなく、官僚や自治体の現場レベルでは危機感を共有していたものの、政治や住民感情の前では十分に反映されなかったといいます。上からの指示に逆らえば配置転換などの不利益があるため、危険性を理解しながらも慎重論を表に出せない構造があり、その結果として予測された問題が現実化していると整理されます。

地域の変質が宗教と若者の行き場に与える影響

このように、地域共同体と裏社会の生態系が崩れたことで、治安の担い手と弱者の受け皿が同時に失われつつあります。家庭や学校に居場所がない若者や、既存の会社組織に適応しにくい人びとは、かつてなら地域の裏側にかろうじて接続されていたところからも切り離され、完全に浮遊する危険が高まっています。

宮台氏は、こうした構造的な変化が、カルト宗教や過激な運動への流入と無関係ではないと示唆します。地域という生態系がやせ細るほど、強い物語と共同体感覚を提供する場に人びとが吸い寄せられやすくなり、その先にオウム真理教のような極端な事例も位置づくと捉えられます。地域共同体と裏社会の問題は、次のテーマで扱うAI時代の「勝ち組幻想」や、若者の行き場のなさとも連続した課題として理解できる構図になっています。


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AI時代と「勝ち組」幻想の逆転

  • AIの進展により、医師や企業法務弁護士、学校教員など「勝ち組」と見なされてきた知的専門職ほど代替されやすい仕事になりつつある現実。
  • オンライン診療やリーガルテックの実験では、専門家よりAIの方が高い満足度を得る事例が現れ始めており、知的労働と感情労働の双方で逆転現象が進んでいる状況。
  • 一方で、出産や介護など身体的な接触を伴うケアの仕事は、AI時代でも残りやすい領域として位置づけられる分野。
  • 仕事満足度の統計では、エリートサラリーマンよりも自営業者や経営者の方が幸福度が高い傾向が示されており、従来の「勝ち組」幻想が現実と乖離している構図。

宮台氏は、AIの進展が従来の「勝ち組」職種の前提を揺るがしていると指摘します。特に2027年前後までに、医師や企業法務弁護士、学校教員など、知的で専門性が高いとされてきた職業ほどAIによって代替されやすい現実が可視化されると予測しています。

対談の中では、オンライン診療とAIによる医療相談を比較した実験が紹介されます。人間の医師よりもAIの方が患者の満足度評価で高得点を得ており、単なる情報処理だけでなく、不安の軽減や安心感の提供といった感情的な機能においてもAIが優位に立ち始めている様子が示されています。

最近の実験では、オンラインでつながった人間の医師とAIに同じように相談してもらい、利用者の満足度を比較する試みが行われています。結果として、人間の医師の平均が六点台であるのに対して、AIの平均は九点台というデータが示されていて、自分自身もかなり衝撃を受けました。

これは、専門知識の正確さだけでなく、悩みを受け止めて安心させるという感情面でもAIが優位に立ちつつあることを意味します。そうなると、医師という仕事のかなりの部分がAIに置き換えられ、かつ利用者の満足度も高いという状況が現実味を帯びてきます。従来「安定した勝ち組」とされてきた医療専門職のイメージと、実際の技術的な可能性の間に大きなギャップがあると感じています。

― 宮台

AIが代替しやすい勝ち組の仕事

宮台氏は、チャットGPTのような大規模言語モデルが、企業法務の現場でも実務に使われ始めていることに言及します。これまで数時間を要し高額な報酬が発生していたリーガルレポートが、AIによって数分で作成できるようになりつつあるとされます。企業法務のトップ事務所の経営者たちが「数年以内に自分たちの仕事はAIに大きく置き換えられる」と認識しているという指摘も紹介されます。

企業法務の世界では、すでにAIを前提とした業務設計が始まっています。以前なら五時間かけて作っていたレポートが、今ではチャットGPTを使えば五分ほどで形になる状況が現れています。依頼する側がそのことを知らなければ、従来どおり高額な報酬を請求することもできてしまうので、情報の非対称性がまだ働いていますが、技術的には置き換え可能な段階に達していると感じます。

同じことは学校教育にも当てはまります。名物講師がオンラインで授業を配信する形が一般化すれば、多くの学校教員は知識伝達の役割を担う必要がなくなります。教え方が上手いかどうかだけであれば、すぐにトップレベルの授業動画に置き換えられてしまうので、従来の意味での教員は要らなくなるという感覚を持っています。

― 宮台

さらに宮台氏は、知的な仕事であればあるほどAIに代替されやすく、従来「勝ち組」と呼ばれてきた職種がむしろ「負け組」に転じやすいと述べます。一方で、出産を支える助産師や、身体的な接触を伴う介護などの仕事は、しばらくの間は人間の役割として残らざるを得ない領域として位置づけられています。

仕事満足度データが映すエリートの幸福度

宮台氏はまた、階級研究の統計データに基づいて、仕事満足度と職業階層の関係を紹介します。最も仕事満足度と幸福度が高いのは、資本家企業経営者と、自営業者や農業従事者などの層であり、収入の絶対額は大きく異なるものの、主観的な幸福度はほぼ同水準であるという調査結果が示されています。

次に位置づけられるのは、エリートサラリーマンと正規雇用の労働者階級で、両者を合わせると仕事満足度はほぼ同じ水準とされています。いわゆる勝ち組サラリーマンは、収入や社会的評価に比べて仕事の幸福度が低く、上司の指示に従わなければポジションを失うという圧力の下で働いているため、主観的満足度が伸びにくいと説明されています。

仕事満足度の統計を見ると、一番幸せなのは大企業の経営者と、自営業者や農家の人たちです。収入は大きく違うのに、毎日の幸福感はほとんど変わらないというデータが出ています。自分で判断して動けるかどうかが、仕事の満足度に強く影響しているのだと思います。

それに対して、いわゆるエリートサラリーマンは、周りから見ると勝ち組に見えますが、上からの指示に従わないと席がなくなるという状況で働いているため、仕事の幸福度は意外なほど低くなります。AI時代には、そうした知的労働ほど代替されやすいので、勝ち組とされてきたコースがそのまま幸せにつながるという前提自体を見直す必要があると感じています。

― 宮台

AI時代に人間が問われるキャリアの方向性

このテーマで示されたのは、AIの進展によって「頭を使う仕事」や「専門性の高いホワイトカラー」が自動的に安全な選択肢ではなくなりつつある現実です。オンライン診療や企業法務の事例は、知的労働の多くがAIに肩代わりされるだけでなく、利用者の満足度という指標でもAIが人間を上回る場面が増えていることを示しています。

一方で、身体的な接触やケアを伴う仕事、人と人との関係性の中でしか成立しない仕事は、AI時代においても残りやすい領域として浮かび上がっています。仕事満足度の統計が示すように、自らの裁量で動き、人を支えながら生きる職業ほど幸福度が高い傾向があることを踏まえると、従来の「勝ち組」幻想よりも、どのようなかたちで他者と関わり、自分の存在価値を感じられるかという観点からキャリアを選ぶ重要性が強調されます。

こうした視点は、次のテーマで扱う受験エリートの挫折や若者の行き場のなさの問題とも連動しています。AI時代においても旧来の勝ち組コースを目指すことが本当に合理的なのかという問いが、教育や進路選択の場面であらためて突きつけられていると整理できます。


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受験エリートの挫折と若者の行き場のなさ

  • 新学校に進学した生徒の多くは、地元で一番から一転してビリに近い成績となり、自尊心を大きく損ないやすい環境。
  • 親が「新学校に入れただけで勝ち組」と考え続けると、子どもの苦しみを想像できず、精神的に追い詰められる環境から抜け出させる判断が遅れがち。
  • 秋葉原事件などの加害者にも、「進学校に入るが下位に沈み、理想のエリートコースと現実のギャップに絶望する」という共通パターンが見られるとの指摘。
  • オウム真理教援助交際などに向かう若者の背景には、「エリートコースに乗れば幸せが約束される」という信念が裏切られたときの深い絶望があり、行き場を失った若者の問題として捉える必要性。

宮台氏は、自身の予備校講師や家庭教師としての経験を通じて、受験エリートと呼ばれる若者がどのように自己肯定感を失い、行き場のなさを抱えていくかを具体的に語っています。地元では常にトップだった生徒が新学校に進学した途端、半数近くがビリに近い成績となり、自尊心を大きく損ないやすい現実を指摘します。

さらに宮台氏は、秋葉原事件などの重大事件を起こした加害者にも、進学校に入りながら成績が急落し、理想と現実のギャップに絶望していくパターンが共通していると述べます。その背景には、「エリートコースに乗れば人生が約束される」という期待が裏切られたときの強い喪失感と、そこから抜け出す回路の乏しさがあると整理されています。

大学時代に予備校講師や家庭教師をしていたとき、地元でずっと一番だった生徒が新学校に入ると、クラスの下位に沈んでしまう姿をたくさん見てきました。実感としても、半分程度の生徒は「ビリから数えた方が早い」状態になり、自尊心を大きく傷つけられて暗くなっていきます。

そのまま放置すると、成績の問題だけでなく、被害妄想や加害的な衝動、自傷的な行動など、さまざまな形でメンタルの不調が表に出てきます。そうした生徒を山のように見てきたので、私は新学校に在籍する中高生を担当するときには、必ず一度は保護者と面談し、この環境が子どもの心に与えている影響について話すようにしていました。

― 宮台

進学校で崩れる自己肯定感とメンタルの不調

宮台氏が強調するのは、成績の上下だけでなく、その変化が子どもの自己像やメンタルに与える影響です。地元でトップだった生徒が新学校では下位に沈むと、「自分には価値がない」「努力しても意味がない」という感覚を抱きやすくなり、その結果として抑うつや逸脱行動につながる危険が高まります。

私は、新学校で成績が急落している生徒を受け持ったときには、一度は必ず保護者に「この学校は合わないので、転校を検討してほしい」と伝えてきました。そのまま在籍させても、日々自尊心を削られるだけで、私がどれだけ勉強を教えても効果は限られるからです。

実際、半分ほどの保護者はその話を聞いても学校を辞めさせませんでしたが、残りの半分は翌日には退学や転校の手続きを進めました。新学校を出てから東大レベルの大学に合格するルートも現実に存在しますし、何よりその方が子どもの表情が明るくなり、学びへの意欲が戻る姿を見てきました。

― 宮台

宮台氏は、こうした経験から、教育の実態は「匂い」や雰囲気で子どもの行動をコントロールしようとする構造に偏り過ぎていると批判します。大人側が「ここにいれば安泰」「ブランド校だから安心」と考える一方で、当の子どもがどのような体験をしているのかを想像できていないことが問題だと指摘します。

秋葉原事件が示したエリートコースの影

宮台氏は、2008年の秋葉原事件をはじめ、複数の重大事件の加害者像に共通するパターンとして、「新学校に入学しながら成績が下位に沈み、いじけてダメになっていく」という経緯を挙げます。これは日本に限らず世界各地で見られる構造であり、エリートコースの中で自己肯定感を失った若者が、犯罪や過激な行動に向かう土壌になっていると分析します。

秋葉原事件の加害者をはじめ、名前が知られている複数の事件の加害者についても、調べてみると新学校に入ってからビリに近い成績になり、そこから人生が崩れていったという共通点があります。こうした事例は日本だけでなく、世界各地にも存在しています。

エリートコースに入れば人生が約束されると思っていたのに、実際にはそこで自分の価値が否定されるような経験を重ねると、怒りや絶望が内側に溜まっていきます。その出口として犯罪に向かう場合もあれば、オウム真理教のようなカルト宗教や、援助交際ブルセラといった形に流れていく場合もあり、根っこは同じ構造だと感じています。

― 宮台

ここで重要なのは、オウム真理教への流入援助交際などを、単なる「個人の逸脱」ではなく、「エリートコースに乗れば幸せになれる」という社会的物語が裏切られたときの反応として位置づけている点です。期待と現実のギャップが大きいほど、若者は過激な選択肢に惹かれやすくなるという構図が描かれています。

親が見落としがちな子どもの視点と進路選択

宮台氏は、親の側の認識にも鋭い批判を向けます。新学校に入れた段階で「勝ち組のレールに乗せた」と考える保護者は少なくありませんが、その発想は子どもの現実を想像する力の欠如から生まれていると指摘します。子どもがどれほどいじけ、追い詰められているかを本気で想像できれば、自分が選んだ学校が子どもを苦しめていることにすぐ気づくはずだと述べます。

本来であれば、「自分がこの学校に行かせているから、子どもはこんなにいじけているのではないか」と想像できるのが大人だと思います。それでもなお、新学校に入れただけで勝ち組のレールに乗ったと考え続ける親が多い現状を見ていると、子どもの視点を想像する力が決定的に足りていないと感じます。

勝ち組コースに入れば人生が約束されるという物語は、実際には多くの若者を絶望に追い込んでいます。その絶望の延長線上に、オウム真理教のようなカルトや、援助交際ブルセラの世界があると理解してほしいと思っています。今まさに勝ち組コースに向けて血をたたこうとしている若者や、その親にこそ、この構造を考えてほしいと強く感じています。

― 宮台

宮台氏の議論は、受験エリートの挫折と若者の行き場のなさを、オウム真理教への流入援助交際の問題と同じ根から生じる現象として結びつけています。新学校やエリートコースは、見かけ上は安全で望ましい進路に見えますが、その内部で自己肯定感を失った若者が、極端な選択肢に惹かれていく危険もはらんでいると整理されます。

このテーマは、次に扱うマッチングアプリ時代の恋愛や「人を幸せにすることで幸せになる」という生き方の議論ともつながります。エリートコースを目指すこと自体よりも、若者がどこに居場所を持ち、どのような関係性の中で自分の価値を感じられるかという視点から、進路や生き方を捉え直す必要性が強調されています。


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マッチングアプリ時代の恋愛と「人を幸せにする」生き方

  • マッチングアプリはスペック重視の設計によって、関係の入れ替え可能性が常に意識され、「本物の恋人」が成立しにくい環境。
  • 近代社会ではサービスと市場が人間関係を代替し、「人を幸せにすることで幸せになる」という心の回路が働きにくくなっている状況。
  • 宮台氏は「人を幸せにすることで幸せになる」古い回路を取り戻すことが、貧富やスペックに左右されない幸福につながると強調する立場。
  • 冷たい社会が変わらなくても、「周りがまともな人たちであること」が重要であり、会話授業や塾運営を通じてそうした環境をつくる実践が紹介される構図。

対談の終盤では、宮台氏がマッチングアプリ時代の恋愛と、人間がどのように幸福を感じるようにできているのかという根本的な問題について語っています。学生の多くがマッチングアプリを利用し、収入や学歴などのスペックで相手を選ぶことが一般化する一方で、関係が入れ替え可能なものとして前提化されることで、「本物の恋人」が成立しにくい状況が生まれていると指摘します。

同時に宮台氏は、著書『14歳からの社会』で示した「人を幸せにすることで幸せになる」という心の回路にあらためて言及します。古い社会ほど、人を喜ばせることを通じて自分も幸せになる人びとが多数派であり、そのような集団こそ生存確率が高かったと説明した上で、近代以降は市場や行政が人間関係を代替し、人と人との関わりが「面倒なコスト」として回避される傾向が強まっていると述べます。

私は長くマッチングサービスの歴史を見てきましたが、今のマッチングアプリは典型的にスペックで相手を選ぶ仕組みになっていると感じています。収入や学歴、身長などの条件を設定し、自分に合いそうな相手を効率よく探せるように見えますが、その前提には「もっと条件の良い相手がいれば乗り換えてもよい」という入れ替え可能性があります。

実際、多くの利用者はステディな関係になっても、相手がアプリを完全には手放していないと感じています。その結果、いつでも乗り換えられるかもしれない相手に、自分のすべてを委ねることが難しくなり、互いに引き気味のまま付き合うことになります。表向きは恋人と言いながら、本当の意味で「この人のためなら命を懸けられる」と思えるような関係を持てる若者は、ほとんどいないのではないかという実感があります。

スペック消費としての恋愛と孤立の拡大

宮台氏は、マッチングアプリの普及によって、恋愛が「スペックの取引」として扱われやすくなっている点を問題視します。アプリの設計が、より高いスペックを求めて乗り換え続ける方向に利用者を誘導するため、関係は常に仮のものとして感じられ、安心して依存できる相手を得にくくなっていると分析します。

その結果として、生々しい身体性や長期的なコミットメントを伴う恋愛よりも、関係を切り替えやすい軽いつながりや、サービスとしての性や癒やしを選ぶ傾向が強まりやすくなります。宮台氏は、このような「入れ替え可能な関係」の広がりが、人間の深いレベルでの幸福感を細くし、孤立の感覚を増幅させていると示唆します。

スペックで選ぶ関係は、一見すると合理的ですし、効率よく条件の良い相手を探せるように感じられます。しかし、その裏側には「相手もいつでも自分を乗り換えられる」という前提があります。そうした関係の中では、相手に裏切られたときのダメージを避けるために、自分から深く踏み込まない方が安全だと感じやすくなります。

その結果として、恋人と呼んでいる相手がいても、心のどこかで保険をかけたまま付き合うことになり、本当の意味での相互依存や信頼が育ちにくくなります。これは、若い世代が恋愛という場を通じて深い経験を積みにくくなっているという意味で、とても大きな変化だと考えています。

「人を幸せにすることで幸せになる」古い回路

こうした状況に対して宮台氏が提示するのが、「人を幸せにすることで幸せになる」という古い回路を取り戻すという提案です。人に喜んでもらうことを通じて、自分も存在価値や充実感を得るという心の働きは、人類史の中で長く生存戦略として選択されてきたものであり、古い社会ほどそのような人びとが多数派だったと説明します。

しかし近代以降、人間関係で担っていた機能の多くが市場や行政のサービスに置き換えられ、「ボタンを押せば済む」利便性が優先されることで、絆を維持するためのコストを回避しようとする傾向が強まっています。その結果、誰かを喜ばせることで自分も幸せになるという回路が発火しにくくなり、スペックと地位の上昇だけを追いかける「勘違い」が広がっていると宮台氏は指摘します。

私は、長女が生まれたときに『14歳からの社会』という本を書きました。その中で一番大事にしたのは、「人を幸せにすることで幸せになる」という心の回路です。この回路がきちんと働いていれば、どれだけ貧乏でも、どんなスペックであっても、人は十分に幸せになれると考えています。

古い社会では、人を助けたり支えたりすることで自分も満たされる人たちが集団の多数派であり、そのような集団の方が生き残りやすかったという現実があります。ところが近代になってからは、人間関係が面倒なコストとして扱われ、市場や行政がそれを肩代わりするようになりました。その結果、「人を幸せにすることで幸せになる」という回路が働かないまま、スペックと地位だけを追いかける人が増えていると感じています。

― 宮台

冷たい社会の中で「まともな周囲」をつくる実践

宮台氏は、現代社会が急速に温かさを失い、若者が孤立しやすい環境になっているという前提を認めた上で、「社会そのものは簡単には変わらないが、周りがまともであればよい」という姿勢を示します。冷たい社会の中でも、日常的に接する人びとが信頼でき、互いに支え合える環境であれば、人は十分にやっていけるという考え方です。

この発想に基づき、川嶋氏の運営する大学受験塾では、授業の分かりやすさや効率性だけでなく、「まともな周囲」をつくることを意識した場づくりが行われています。受験勉強を将来の利益のためだけに行うのではなく、医師や介護職など、人に関わる仕事を志す動機や社会への責任感を育てることを重視し、AIには代替できない関わりを実感できるような場としての塾を目指していると説明されます。

私は、社会全体が劇的に良くなるとはあまり考えていません。むしろ、社会は簡単には変わらないけれど、周りがまともであれば十分にやっていけるという感覚を大事にしています。その意味で、会話授業や塾での実践は、冷たい社会の中に「まともな周囲」を局所的につくる試みだと考えています。

受験勉強も、本来は将来の良い職業に就くためだけにあるのではなく、人を救いたい、人の力になりたいという志から意味を持つものです。そうした内側から湧き上がる動機を育てる場であれば、AIに代替されにくい関わりを学ぶことができますし、自分が誰かを幸せにすることで、自分も幸せになれるという回路を取り戻すきっかけにもなります。

― 宮台

関係性から考えるこれからの幸福

マッチングアプリ時代の恋愛をめぐる議論は、単に若者の恋愛観の変化を指摘するものではなく、スペックと効率を優先する社会が、人間の幸福の根幹にある「人を幸せにすることで幸せになる」回路をどのように弱らせているかを示す議論として整理できます。

宮台氏が強調するのは、社会全体が一気に変わらなくても、身近な人間関係や学びの場を通じて「まともな周囲」をつくり、その中で人を幸せにするという古い回路を取り戻していくことの重要性です。これは、勝ち組幻想に翻弄されるエリートや、行き場を失った若者がカルトや過激な選択肢に惹かれていく流れを断ち切るための、具体的な方向性でもあります。これまでのテーマで描かれてきたエリート、地域、AI、教育の問題は、最終的に「どのような関係の中で生きるのか」という問いに収束していく構図としてつながっています。


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出典

本記事は、YouTube番組「なぜエリートはオウム真理教にハマったのか?|宮台真司×海沼光城×川嶋政輝」(むすび大学チャンネル/2025年11月13日公開)の内容をもとに要約しています。

読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの

「エリートがなぜカルトや過激な場に惹かれるのか」「AI時代の勝ち組幻想は妥当なのか」。本稿では、政府統計・国際機関レポート・査読付き論文を用いて、アノミー、地域共同体の変容、AIと仕事、恋愛と孤立、向社会的行動と幸福の関係を検証します。

問題設定/問いの明確化

1990年代以降、日本でも世界でも、一部の破壊的な新宗教や過激な運動に「高学歴の若者」や「専門職」が参加していたことが、調査報告などから明らかになっています。日本のカルト事件を扱った米国上院の報告書では、医師や研究者、理工系の大学院生などが組織の中核にいたと記録されています[1]。

同時に、多くの先進国で孤独・孤立の問題が深刻化し、日本政府も「孤独・孤立対策」を掲げて実態調査や政策立案を進めています[2,3]。また、OECDは、AIの進展がホワイトカラーを含む多様な層の仕事に影響を与えつつあることを分析しています[4]。

こうした変化のなかで、次のような問いが立ち上がります。

  • なぜ一部の高学歴層が新宗教や過激な集団に参加するのか。
  • 地域共同体や「裏社会」の変容は、若者の行き場や治安にどのような影響を及ぼしているのか。
  • AI時代において、従来の「勝ち組コース」は本当に安心や幸福につながるのか。
  • マッチングアプリ的な「スペック消費」の恋愛は、人間関係の安定や幸福感にどんな影響を与えているのか。
  • 「人を幸せにすることで幸せになる」という古い幸福観には、どの程度の科学的裏づけがあるのか。

本稿では、特定の論者や番組の主張には依存せず、第三者の統計・論文・公的レポートを手がかりに、これらの問いを整理し直します。

定義と前提の整理

まず議論の前提となる用語を簡単に整理します。

新宗教」「カルト」は学術的にも幅がありますが、ここでは「近代以降に成立し、強い内集団性を持ち、成員の生活や思考に大きな影響を与えうる宗教的・準宗教的集団」としておきます。宗教学では、新宗教の多くは急速な社会変動や価値の多様化に対する人びとの不安や孤立感への応答として理解されています[5]。

「エリート」「勝ち組」は、厳密な社会学用語ではありません。本稿では「高学歴・高所得・専門職・大企業勤務など、一般に社会的成功と見なされる属性を持つ人びと」を指す日常語として用います。

社会学者デュルケムが提唱した「アノミー」は、経済や社会の急激な変化の中で既存の規範や意味づけが揺らぎ、人びとが行動の指針や所属感を失った状態を指します[6]。この概念は、急速な豊かさや不況にともなう自殺や逸脱行動の増加を説明する枠組みとして使われてきました。

また、日本特有の現象としてよく取り上げられる「ひきこもり」は、半年以上家庭にとどまり、学校や職場などの社会参加の場から著しく離れている状態を指し、文化依存症候群として国際的にも紹介されています[7]。これは、極端な孤立が長期化したケースと見ることができます。

こうした定義を前提に、以下ではデータと研究結果をもとに論点を検証していきます。

エビデンスの検証

1. 高学歴層と新宗教・過激な集団

日本のカルト事件に関する米国上院の調査報告では、理工系の大学院生や医師、研究者といった高度な専門職が組織の中核を担っていたことが示されています[1]。高度な化学・工学知識を持つメンバーが、組織の武装化などに関与していた点も記録されており、「高学歴=カルトとは無縁」とは言い切れない事例です。

一方、欧米で新宗教を横断的に調査した研究では、加入者の多くは都市部の中産階級の若者であり、必ずしも社会の最底辺ではないことが報告されています[5]。精神疾患の有無についても、新宗教の成員が特別に高いわけではないという結果が多く、「カルトに惹かれるのは弱い人」というイメージとは異なる姿が示されています。

これらの知見から、「高学歴だからこそカルトに惹かれる」とまでは言えませんが、「社会的には恵まれていると見なされる層も、特定の条件下では新宗教や過激な集団に参加しうる」という程度には整理できると考えられます。そこには個人要因だけでなく、社会構造や孤立感が関わっている可能性があります。

2. アノミー、経済変動と自殺・メンタルヘルス

デュルケムは『自殺論』で、急激な経済変動や規範の揺らぎが「アノミー的自殺」を増やすと論じました[6]。現代の解説でも、失業や急激な所得変化、社会的役割の喪失が人びとの将来見通しや自己像を揺るがし、自殺リスクを高める要因として説明されています。

日本のデータを見ると、1990年代末の金融危機の際に自殺者数が急増し、その後しばらく高止まりしたことが報告されています。失業と自殺の関係を分析した研究は、日本において失業率と自殺率の間に強い正の相関があることを示しており[8]、経済ショックとメンタルヘルスの関係は軽視できません。厚生労働省の白書も、長期にわたる失業や過重債務などの生活問題が自殺の背景にあることを指摘しています[9]。

児童・生徒についても、自殺者数が近年増加傾向にあり、その要因として「学業不振」「進路への不安」「いじめ」など学校に関連する問題が多いことが報告されています[9]。ここには、「良い学校・良い会社に入れば幸せになれる」という期待と、実際の経験とのギャップが影響している可能性があります。

一方、孤独・孤立の問題も深刻です。OECDのレポートでは、日本を含む多くの国で、孤独感を訴える人が一定の割合存在し、とくに弱い社会的つながりがメンタルヘルスに悪影響を与えうることが指摘されています[2]。内閣府の調査でも、孤独感の強い人ほど失業や退学、家族との不和など複数のストレス要因を経験している傾向が示されています[3]。

これらを総合すると、「もともと恵まれていたのに期待どおりに満たされない人」「進学校で成績が急落した若者」「仕事や家族関係の崩れによって孤立した中年」など、表面上は「勝ち組」に近い人々も、アノミー的な不安や空虚感を抱えやすい状況にあると考えられます。ただし、経済状況や学校環境が直接自殺やカルト参加を「生む」というよりは、リスクを高める複数の要因の一部として働いている、と見るのが慎重です。

3. 地域共同体・裏社会と治安・行き場の問題

日本では、暴力団排除条例などにより、いわゆる反社会的勢力への資金提供や取引が厳しく規制され、指定暴力団の構成員数は長期的に減少してきました。一方で、元構成員が就労や住宅の確保で強い排除に直面し、社会復帰が難しい状況にあることも報じられています[10]。

近年の報道では、従来の暴力団組織に属さない「半グレ」や、緩やかな犯罪ネットワークが目立つようになったとされます。これらのグループは、SNSを通じて若者を短期的に動員し、特殊詐欺などの犯罪に関与させるケースが問題になっています[11,12]。生活が不安定な若者や非正規雇用者が、「高収入アルバイト」といった名目で実行役として巻き込まれる構図が指摘されています。

かつての地域社会の中には、素行の悪い大人や裏稼業の人びとも含めて、顔が見えるネットワークのなかで周縁的な若者を何とか食べさせるような「グレーな受け皿」が存在していたという見方もあります。現在は、そうした半ば顔の見えるネットワークが弱まり、より匿名的で短期的な犯罪ネットワークやインターネット上のつながりに置き換わりつつあるとすれば、弱者の行き場と治安の双方に影響が出ている可能性があります。

ただし、暴力団排除がこうした変化の「唯一の原因」であるとは言えません。価値観の変化、デジタル技術の普及、経済格差など、多くの要因が絡み合って現在の状況を形作っていると考える方が現実的です。暴力団排除政策は、その一要因として位置づけるのが妥当でしょう。

4. AI時代と「勝ち組」職業の揺らぎ

AIが仕事に与える影響について、OECDの分析は「どの職業がAIにさらされやすいか」をタスクレベルで評価しています。そこでは、高度な教育を受けたホワイトカラー職ほど、AIにとって代替や補完が可能なタスクを多く含んでいる一方、肉体労働や対人サービスの一部はAIへの曝露が比較的低いことが示されています[4]。

しかし同じ報告書は、現時点でAI曝露の高い職種が一様に雇用喪失に直結しているわけではなく、むしろ雇用成長や賃金と正の関係が見られるケースもあると述べています[4]。つまり、「AIにさらされる=すぐに職がなくなる」ではなく、「仕事の中身が大きく変わる可能性が高い」という意味合いが強いと言えます。

具体的な職種を見ると、医療分野の一部では、オンライン上で患者の質問に答えるAIチャットボットの実験が行われています。ある研究では、オンライン掲示板上の医療相談195件について、医師とAIの回答を専門家が評価した結果、多くのケースでAIの回答の方が「情報の質」や「共感性」で高く評価されました[13]。この結果は、医師の役割全体が不要になることを意味するものではありませんが、情報提供や不安の軽減といった機能の一部は既にAIが担える段階にあることを示唆しています。

法律や事務の分野でも、契約書レビューや簡易なリーガルメモの作成など、定型的でテキスト中心の作業は生成AIで効率化されつつあります。これらの動きは、「頭を使う仕事を選べば安泰」という従来の進路観が、そのままでは通用しにくくなっていることを意味します。ただし、AIは人間の仕事をすべて奪うのではなく、組み合わせ方によってはホワイトカラーの生産性や賃金を高める可能性もあり、単純な「勝ち組→負け組の逆転」と見るのは早計です。

5. 仕事満足度とエリート・自営業

仕事の幸福度については、「高収入=満足度が高い」とは限らないことが、多くの研究で示されています。ヨーロッパ25カ国のデータを用いた分析では、自営業者は賃金労働者よりも平均的な仕事満足度が高い傾向があり、収入の絶対水準とは別に、「裁量の大きさ」や「仕事の意味づけ」が満足度に強く関わっていると報告されています[14]。

別の研究では、自営業への転身直後に満足度が大きく上がるものの、時間とともに一定程度慣れが生じるという「適応効果」も確認されています[15]。それでもなお、自分で判断し、他者に直接貢献していると実感できる仕事が、平均的には高い仕事満足度と結びつきやすいという傾向は、多くの研究に共通しています。

このことは、「大企業のエリートサラリーマンコースが主観的な幸福度でもっとも優位」というイメージと必ずしも一致しません。収入や社会的評価だけでなく、裁量の度合いや仕事を通じた対人関係の質が、仕事の幸福にとって重要な要素になっていると考えられます。

6. マッチングアプリと恋愛のスペック化

マッチングアプリの普及により、恋愛やパートナー選びは、かつてないほど「選択の自由」と「比較可能性」にさらされています。心理学の研究では、多数の候補から選ぶオンラインデーティング環境では、「もっと良い相手がいるのではないか」と考え続ける拒否的なマインドセットが強まり、結果として選択に対する満足度が下がる可能性が指摘されています[16]。

条件検索やスワイプといったインターフェースは、相手を「スペックの束」として評価する傾向を強めます。その結果、関係が「より良い選択肢が見つかれば乗り換え可能」という前提で維持されやすくなり、互いに深くコミットする動機が弱まりやすいと考えられます。調査研究の一部では、オンラインデーティングの利用により出会いの機会が拡大する一方、関係の安定性や信頼感に課題が生じる可能性も示唆されています[16]。

ただし、オンラインデーティングは、性的マイノリティや地方在住者など、従来出会いの機会が限られていた人びとにとって重要な手段にもなっており、一概に否定的とは言えません。利点とリスクの両面を意識した利用が求められます。

7. 「人を幸せにすることで幸せになる」回路のエビデンス

「人を幸せにすることで自分も幸せになる」という考え方は、道徳的なスローガンにとどまらず、心理学研究からも一定の裏づけがあります。代表的な実験では、参加者をランダムに分けて「自分のためにお金を使う」群と「他人のために使う」群に割り当てたところ、後者の方が主観的幸福感の向上が大きかったと報告されています。この研究では、5ドルや20ドルといった少額であっても、他者への支出が幸福感の上昇と関連していました[17]。

また、複数の国をまたいだレビュー研究では、ボランティア活動や寄付、日常的な親切行動などの向社会的行動が、様々な文化圏で一貫して幸福感の向上と関連していることが示されています[18]。必ずしも因果関係が一方向とは限らないものの、「他者のために行動する人ほど、平均的に幸福度が高い」という傾向は、多くのデータに共通しています。

さらに、社会的つながりそのものの健康効果も重要です。多数の研究を統合したメタ分析によると、強い社会的関係を持つ人は、そうでない人に比べて死亡リスクが有意に低く、その影響の大きさは喫煙や肥満といった主要な健康リスク要因と同程度だと報告されています[19]。この結果は、「人との関係」は単なる気分の問題にとどまらず、長期的な健康にも関わる要因であることを示しています。

もっとも、向社会的行動が常にポジティブに働くとは限りません。過度な自己犠牲や強い義務感に基づくケアは、燃え尽きやストレスにつながるという報告もあり[18]、「自分の限界を尊重しながら他者に関わる」バランスが重要だと考えられます。

反証・限界・異説

ここまで見てきたエビデンスには、いくつかの限界や異なる見解も存在します。

第一に、「エリートほどカルトに惹かれる」という図式は単純化のリスクがあります。新宗教の成員は中流層の若者が多いとされますが[5]、貧困層社会的排除に直面する人びとが救済や居場所を求めて宗教に向かうケースも数多く報告されています。高学歴層の事例はあくまで目立ちやすい一部であり、「誰もが特定の条件下では極端な集団に惹かれうる」と捉える方が現実に近いと考えられます。

第二に、AIと雇用の関係についても見解は分かれます。OECDの分析は、AI曝露の高い職種が一律に雇用喪失に直結しているわけではなく、むしろ雇用成長と結びついている場合もあることを指摘しています[4]。一方で他の研究では、特定のホワイトカラー職で賃金格差やスキル格差が拡大するリスクも論じられており、「AIは雇用に悪影響しかない」「良い影響しかない」といった単純な見方はいずれも慎重さを欠きます。

第三に、暴力団排除と治安・行き場の問題についても、因果関係を一方向に捉えることはできません。暴力団の弱体化は、多くの犯罪や違法な資金の流れを抑える効果も持っており、一概に「裏社会があった方が良かった」と評価することはできません[10–12]。元構成員や周縁的な若者の受け皿の不足は、労働市場や福祉制度、地域経済の問題とも深く結びついています。

第四に、マッチングアプリと孤立の関係も一様ではありません。オンラインデーティングは出会いの機会を広げ、特に従来出会いが限定されていた集団にとって重要な役割を果たしうる一方、選択肢過多やスペック重視が恋愛の満足度を下げる可能性もあります[16]。どちらの側面が強く出るかは、利用の仕方や周囲の価値観にも左右されます。

最後に、「人を幸せにすることで幸せになる」という回路は多くの研究で支持されているものの、文化差や個人差も存在します。向社会的行動が義務感や過剰な自己犠牲と結びついた場合には、かえってストレスや健康悪化につながることもあり[18]、すべての人に同じ形で推奨できるわけではありません。

実務・政策・生活への含意

以上のエビデンスから、いくつかの示唆が得られます。

教育や進路支援の場では、「良い学校・良い会社=幸福」という単線的な物語だけでなく、仕事の裁量や他者への貢献、地域とのつながりなど、多元的な価値基準を提示することが重要になります。とくに、進学校で成績が急落した生徒や、受験や就職でつまずいた若者に対しては、学歴以外の居場所や生きがいのルートを示す支援が求められます[8,9]。

地域政策の面では、暴力団排除を進めると同時に、元構成員や刑務所出所者、長期ひきこもり状態の人びとが社会復帰できる就労支援や居場所づくりを充実させることが、治安と包摂の両面から重要になります[10–12]。かつて裏ネットワークが担っていた「ギリギリの受け皿」が縮小するなか、その空白を公的・民間の包摂的な仕組みで埋めていく視点が求められます。

企業や専門職団体にとっては、AIを単なる「人減らしの道具」としてではなく、「単純な情報処理や定型業務を肩代わりさせ、人間が対人支援や倫理的判断に集中できるようにする道具」として位置づけることが現実的です[4,13]。職業教育や研修においても、AIリテラシーとともに、対人スキルや倫理的な意思決定能力を重視する必要があります。

個人レベルでは、マッチングアプリSNSを活用しつつも、「いつでも入れ替え可能な関係」だけに依存しないことが、メンタルヘルスのリスクを和らげると考えられます。趣味のサークル、ボランティア、学びの場など、小さくても顔の見えるコミュニティを持つことは、孤立の緩和や向社会的行動の機会の確保につながります[17–19]。

また、仕事やキャリアを選ぶ際には、「社会的に評価される職種かどうか」だけでなく、「どれだけ自分の裁量があるか」「どの程度、他者の役に立っていると実感できるか」といった視点を持つことが、主観的幸福感の観点からも重要になります[14,15]。

まとめ:何が事実として残るか

本稿で確認したエビデンスを踏まえると、比較的強く言えそうな点は次の通りです。

  • 一部の破壊的な新宗教や過激な集団には、高学歴・専門職の若者が参加していた事例があり、新宗教の加入者は必ずしも「社会の最底辺」に限られない[1,5]。
  • 経済危機や失業、生活基盤の崩れは、日本において自殺率と強く関連しており、特に男性や働き盛り世代でその傾向が顕著だと報告されている[8,9]。
  • 孤独・孤立は、日本を含む先進国で大きな政策課題となっており、失業や家族関係の悪化など複数のストレス要因と結びついている[2,3,7]。
  • AIは、長期教育を受けたホワイトカラー職のタスクに強く影響しうる一方で、現時点では必ずしも雇用喪失と一対一で対応しておらず、仕事の中身の再編という形で影響している[4,13]。
  • 自営業者や裁量の大きい働き方は、平均的には賃金労働より仕事満足度が高い傾向があるが、適応効果や不安定さも存在する[14,15]。
  • マッチングアプリは出会いの機会を広げる一方で、選択肢過多やスペック重視が恋愛の満足度を下げる可能性もあり、両義的な側面をもつ[16]。
  • 向社会的行動や信頼できる人間関係は、主観的幸福感の向上だけでなく、死亡リスクの低下とも関連しており、「人を幸せにすることで幸せになる」という回路に一定の科学的裏づけがある[17–19]。

こうした事実を踏まえると、「勝ち組エリートがカルトに惹かれる」現象は、個人の弱さや特異な心理だけではなく、社会変動や孤立、仕事不安、スペック競争といった複数の要因が重なった結果として理解する方が妥当だと考えられます。同時に、AIや市場競争が進んでも、人間の幸福にとって「関係性」と「他者への貢献」が重要な要素であり続けることが、多くの研究から示されています。

社会全体を一気に変えることは難しくとも、一人ひとりとその周囲の実践によって、アノミーに陥りにくい環境を少しずつ整えていくことが、今後も検討が必要とされる課題だと言えるでしょう。

本記事の事実主張は、本文の[番号]と文末の「出典一覧」を対応させて検証可能としています。

出典一覧

  1. United States Senate (1995)『A Case Study on the Rise and Fall of Aum Shinrikyo in Japan』 Permanent Subcommittee on Investigations Staff Statement 公式ページ
  2. OECD (2025)『Social Connections and Loneliness in OECD Countries』 公式ページ
  3. 内閣府 (2023)『孤独・孤立対策に関する基礎調査』 公式ページ
  4. Lane, M. (2024)『Who Will Be the Workers Most Affected by AI?: A Closer Look at the Impact of AI on Women, Low-Skilled Workers and Other Groups』 OECD Artificial Intelligence Papers, No.26 公式ページ
  5. Barker, E. (2004)『The Scientific Study of Religion? You Must Be Joking!』 The Study of New Religious Movements, Routledge 公式ページ
  6. McLeod, S. (2023)『Anomie Theory in Sociology』 SimplyPsychology 公式ページ
  7. Teo, A. R. (2010)『A New Form of Social Withdrawal in Japan: A Review of Hikikomori』 International Journal of Social Psychiatry, 56(2) 公式ページ
  8. Chen, J. et al. (2012)『Recession, Unemployment, and Suicide in Japan』 Japan Labor Review, 9(2) 公式ページ
  9. 厚生労働省 (2024)『自殺対策白書 児童・生徒の自殺の状況と対策』 公式ページ
  10. Nippon.com (2018)『No Way Out: The Dilemma of Japan’s Ex-Yakuza』 公式ページ
  11. AP News (2024)『Japan’s yakuza are fading, but new “special crime groups” are rising』 AP News 公式ページ
  12. The Guardian (2024)『Tokuryu: the shadowy criminal groups taking over from Japan’s yakuza』 The Guardian 公式ページ
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  14. Schneck, S. (2014)『Why the Self-Employed Are Happier: Evidence from 25 European Countries』 Journal of Business Research, 67(6) 公式ページ
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