建前と現実が乖離する日本の移民政策
成田悠輔氏は、日本が移民を受け入れていないと主張しながら、実際には数百万人規模の外国人が在留している状況を「制度的な虚構」として分析している。日本では移民政策が明確に定義されておらず、法務省・厚生労働省・経済産業省の三つの省庁が、それぞれ異なる利害を抱えたまま制度を運用していることが根本的な問題であると指摘した。
移民を正式に認めると社会保障や生活支援の整備が必要となるが、その責任は厚生労働省が負う。一方で在留資格の管理は法務省の所管であり、両省にとって「移民」という言葉を使うことは行政上の負担や責任拡大を意味する。その結果、政府は「移民ではなく、短期的に働く外国人労働者を受け入れている」という名目を採用し、制度の複雑化を招いた。経済産業省はこの仕組みの中で労働力確保を推進し、GDPや予算拡大の観点から制度の維持を図っている。成田氏は、こうした縦割り構造が「移民不在という建前」を支える政治的合理性になっていると述べている。
古舘伊知郎氏は、この構造を日本社会の閉鎖性の象徴とみなし、「言葉としての移民を避け続けることが問題の本質を曖昧にしている」と指摘した。移民という言葉の忌避によって、社会が外国人を受け入れる現実を直視できず、結果として現場レベルでの混乱が続いていると述べた。特に、外国人支援が自治体やNPOに委ねられている現状を例に挙げ、国としての統一的な政策運用が欠落していると問題視している。
両氏は共に、制度上の「移民回避」がもたらす長期的なリスクを強調した。外国人労働者が社会を支えているにもかかわらず、国としてその存在を制度的に認めない状況が続けば、労働環境の不安定化や社会的分断を引き起こす可能性が高いと分析している。一部では、自治体任せの対応を指摘する声もあるが、根本的な問題は国の制度設計そのものにあると両氏は結論づけている。
現場経営者が語る外国人雇用のリアル
外国人労働者の受け入れが進む一方で、現場の経営者たちは多様な課題と成果を経験している。建設業や塗装業などの分野では、外国人労働者が労働力の中心を担いつつあり、業界構造そのものを支えている。大工業界の経営者らは、技能の精密さや信頼性の面で「日本人の技術力」にこだわる声がある一方で、外国人雇用による新しい職場の在り方も模索している。
ある建設企業では、タイ人やベトナム人の大工を採用し、日本人職人とペアを組ませることで作業の効率化を実現している。職長が技能指導を行いながら協働する体制を取ることで、品質面の不安を払拭し、実務的な信頼関係を構築しているとされる。このような事例から、外国人労働者の受け入れが必ずしもリスクではなく、教育や組織運営次第で成果を生む可能性があることが示されている。
一方で、現場では依然として文化や習慣の違いによる摩擦が起きている。たとえば生活様式や衛生観念の相違から、地域住民との間に誤解や偏見が生じることもある。ある経営者は、外国人労働者の文化を理解し、適切に教育することの重要性を強調している。誤った行動を一律に批判するのではなく、背景にある文化的要因を理解する姿勢が、共生社会の前提であると述べている。
こうした実践を踏まえ、古舘氏は「外国人を問題視する報道や印象操作が、結果的に彼らの働く意欲を削いでいる」と指摘した。日本人が外国人に対して過剰な不安や偏見を抱くことが、優秀な人材の流入を妨げているという見方である。また、成田氏も同調し、日本が「もはや賃金水準でも文化的魅力でも選ばれる国ではなくなっている」と分析した。労働者側の視点から見れば、日本に来るメリットが減少している現実を直視すべきだと主張している。
両氏は共に、外国人雇用を単なる労働力確保の問題としてではなく、「社会的インフラの再設計」として捉える必要があると結論づけている。偏見や文化摩擦を個別事例として処理するのではなく、制度・教育・地域の各段階で受け入れ体制を整備することが、日本社会が持続的に成長するための鍵であるという点で一致している。
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外国人材に「選ばれない国」になった日本の現実と課題
外国人労働者の受け入れが拡大する一方で、日本はすでに「選ばれない国」になりつつあるという現実が指摘されている。建設業や製造業では、かつて日本で働くことを希望していたタイやベトナムの若者が減少しており、賃金水準や就労条件で他国に劣後している状況が浮き彫りになった。ある経営者は、同じ技能実習生制度を持つ韓国では月給30万円程度の待遇が提示されており、日本の約1.5倍に達していると述べている。さらに、韓国は就労までの準備期間も短く、求職者の負担が少ないことから、若者が日本より韓国を選ぶ傾向が強まっている。
成田氏は、この状況を「国際労働市場における競争力の低下」として捉えている。日本は長年、技能実習制度のもとで低賃金労働を前提に外国人を受け入れてきたが、経済成長が停滞した結果、もはやその制度では人材を確保できない段階に達していると指摘した。賃金や生活水準が上昇しているアジア諸国に対し、日本は依然として低コスト労働を期待しており、その認識の遅れが国際的な人材獲得競争での敗因になっていると分析している。
また成田氏は、出稼ぎ労働と永住移民を混同している日本の議論構造を問題視した。出稼ぎ労働者は短期的に滞在し、自国へ帰ることを前提としているが、彼らが支払う社会保険料の一部は日本に残る。そのため、適切に制度を運用すれば、社会保障制度の持続性に寄与する可能性があると述べている。移民政策を単に「受け入れるか否か」の二元論で語るのではなく、経済構造の一部として設計し直す必要性を示した。
古舘氏は、日本が「受け入れる側」という立場を当然視している点に警鐘を鳴らした。もはや外国人が「来てくれる国」ではなく、「選ばれなければ来てもらえない国」になっていると述べ、意識の転換を求めた。外国人労働者を低賃金労働力として扱う発想から脱却し、互いに利益を共有できる関係を築くことが重要であると指摘している。
さらに成田氏は、優秀な外国人材の流入を妨げている制度的障壁として、高所得者層への課税や相続税制度を挙げた。金融やIT分野の専門人材が日本に来ると、所得税や資産課税の高さから実質的な収入が下がるうえ、長期滞在すれば相続税の対象にもなる。こうした制度が、国際的に活躍する人材の日本定住を阻んでいると述べた。
両氏は、外国人労働者を「社会の穴埋め」ではなく「日本社会の再構築に関わる主体」として捉える必要があると強調している。日本が今後も労働人口を維持するためには、外国人にとって魅力的な就労環境を整え、国としての制度や価値観を更新することが不可欠であると結論づけている。
出典
本記事は、YouTube番組「【成田悠輔×古舘伊知郎が問う】失われた30年の日本を救う『外国人材』の可能性とは?<3rdシーズン 第26回>」の内容をもとに要約しています。
読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの
日本の移民・外国人材政策をめぐる議論は、長らく「建前」と「現実」の乖離を指摘されてきました。表向きは「移民政策をとらない」とする一方で、実際には数百万人規模の外国人が日本社会を支えています。本稿では、最新統計や国際比較をもとに、この構造的矛盾の背景と今後の課題を検討します。
在留外国人の急増と「制度的虚構」の実態
出入国在留管理庁によると、2024年末時点の在留外国人数は3,768,977人で、前年から10.5%増加しました。さらに2025年6月末には約396万人に達しており、過去最高を更新しています(出入国在留管理庁)。
厚生労働省のデータでは、外国人労働者数は2022年10月末で1,822,725人、2023年には2,048,675人と過去最多を記録しました(厚生労働省)。10年前の2012年(約68万人)と比べると2.7倍に増えており、日本経済の労働力構造はすでに「移民不在」という建前を超えつつあります。
しかし、法制度上は依然として「移民」という言葉は使われず、「外国人材」「特定技能」「定住者」といった限定的な在留資格で運用されています。この点で、制度は外国人を恒常的に受け入れる構造を持ちながら、政治的には「移民政策ではない」と位置づけられているという二重性を抱えています。こうした現状を、OECDは「分野別・段階的な労働受入れ制度」として国際比較上の特徴と指摘しています(OECD International Migration Outlook 2024)。
縦割り行政と「移民」という言葉の忌避
日本では、外国人政策を包括的に担う「移民庁」や基本法が存在せず、法務省(在留資格管理)・厚労省(雇用)・経産省(産業政策)が個別に制度を運用しています。この縦割り構造が、統合的支援の欠如や責任の曖昧さを招いています。経団連も2022年の提言で「外国人材受け入れの基本理念と横断的法制度の整備」を求めています(経団連政策提言)。
また、制度設計上「移民」という言葉を避ける理由の一つは、永住化や家族支援に対する行政負担の懸念です。たとえば、在留資格「特定技能」制度では、特定技能1号は在留最長5年・家族帯同不可、特定技能2号は家族帯同可・更新上限なしとされており、明確に階層化された仕組みです(法務省:特定技能Q&A)。
つまり、「移民」という語を使わないことは単なる言葉の選択ではなく、責任とコストの回避にもつながっています。制度上の呼称が政策範囲を制限するという構造的問題は、国際的にも「日本型移民政策の特徴」として指摘されています。
現場が示す共生の課題
現場では、外国人と日本人が協働する成功事例も多くあります。建設業では、日本人職人と外国人技能者がペアで作業し、教育と効率化を両立させる取り組みが進んでいます。こうした現場主導の工夫が、外国人労働力を単なる補填ではなく、組織文化に組み込む契機となっています。
一方で、生活習慣や宗教、ジェンダー観の違いから摩擦が生じるケースもあり、特に女性移住者の支援体制は脆弱です。国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)は2024年10月に公表した最終見解で、日本政府に対し「移住女性の人権保護および相談支援の拡充」を勧告しています(CEDAW最終見解2024)。
また、OECDの統合指標報告によれば、受け入れ社会の態度やメディア表象が外国人の定着率に影響を与える傾向があり、報道や社会言説の在り方も制度効果に直結するとされています(OECD Indicators of Immigrant Integration 2023)。
「選ばれない国」化と国際競争の行方
OECDおよびNIRA(日本総研)の分析によると、日本はアジアの中でも人材獲得競争で後れを取っています。韓国やシンガポールは、家族帯同・永住資格・高所得者への税優遇などを通じて外国人専門職を積極的に呼び込んでおり、日本は制度の煩雑さや生活コストの高さから敬遠される傾向にあります(NIRA政策分析2024)。
さらに、シンクタンクの推計によれば、2040年には約100万人規模の外国人労働力が不足する可能性があるとされ、経済の持続性に直結する課題となっています(Reuters報道)。
賃金水準だけでなく、在留資格の安定性、行政手続きの透明性、税制・社会保障との整合性が人材の定着を左右します。これらの環境整備を怠れば、日本は「来てもらえない国」として地位を固定化しかねません。
共生社会への道筋──理念と制度の統合をめざして
移民・外国人材を「社会の穴埋め」ではなく「共に社会を築く主体」として捉える姿勢は、単なる理念ではなく制度設計の課題でもあります。OECD諸国では、受け入れ段階から教育・住宅・地域参加を組み合わせた「統合政策(integration policy)」が成果を上げており、日本も包括的制度への移行が求められています。
一方で、包摂政策には財政負担・社会的摩擦・価値観対立などの現実的コストも伴います。したがって、「移民を受け入れるか否か」という単純な二分法ではなく、「どのように共生を制度化するか」を問う段階に、日本は立っています。
おわりに
データが示すのは、「移民不在の建前」がもはや現実と合致しないという事実です。外国人を排除するのではなく、社会の構成員として迎える準備を進められるか。制度、言葉、意識――この三層を整合させることが、日本社会の成熟度を問う試金石となるでしょう。