宗教的構造から見るイスラエル・パレスチナ問題
苫米地英人氏は、イスラエルとパレスチナの対立を理解するためには、単なる政治的・軍事的視点ではなく、宗教的構造を読み解く必要があると解説している。氏によると、この紛争の根底には旧約聖書に基づく「光と闇の戦い」という明確な宗教的二元論が存在しており、そこにこそ本質的な対立軸があるという。
イスラエル側は、自らを旧約聖書に登場する「神に選ばれた民」と位置づけ、信仰の正統性と国家の正当性を重ね合わせてきた。その根拠の一つとして苫米地氏は、死海文書(デッドシースクロール)の記述を挙げている。そこには「光の戦士」と「闇の戦士」の戦いが詳細に記されており、イスラエル側は自らを光の側とみなしてきた歴史的経緯があると語っている。
一方、アラブ側も同じ聖書的伝承を共有しながら、まったく逆の解釈を行っている。彼らにとっての「光」はイスラムの信仰体系に基づく正義であり、イスラエル側こそが「闇」であるとみなす構図になっている。苫米地氏は、このように互いが自らを光と信じ、相手を闇と断ずる構図が、終わりのない報復と対立を生んでいると指摘した。
この宗教的構造は、歴史的にも複雑に絡み合っている。古代ローマやオスマン帝国の支配を経て、20世紀にはイギリスが中東地域を統治した。ユダヤ人国家の建設が国際連合によって承認された際、アラブ諸国は「武力による占領」として反発した。苫米地氏は、イスラエル建国の背景には国連加盟国による政治的合意があったことを指摘しつつも、宗教的論理においてはそれが決して相互理解の土台にならなかった点を強調している。
宗教的対立は、政治や経済では調整できない根深さを持つ。苫米地氏は、「この戦争は金では終わらない」と断言している。領土や利権の問題であれば交渉の余地があるが、神の名のもとに定義された「正義」の戦いは、妥協を許さない構造そのものだという。こうした観点から、現在の中東紛争を単なる地域紛争としてではなく、宗教的世界観の衝突として理解する必要があるとまとめている。
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戦争と経済システムの関係
苫米地氏は、現代の戦争が単なる政治的対立ではなく、巨大な経済システムの一部として機能している点に注目している。特にウクライナ戦争以降、世界の資本が再び「戦争ビジネス」に流れ込み始めたと指摘した。氏によると、戦争は最も大規模な産業であり、国際的な投資資金が戦争経済を支えている構造を理解しなければ、世界情勢の本質を見誤るという。
苫米地氏はまず、ウクライナとロシアの戦争を「金で終わる戦争」と位置づけている。両国の対立は資源や影響圏をめぐるものであり、資金供給が止まれば終結する構造を持つと分析した。実際、アメリカからウクライナに流れた支援金は約10兆円規模に達し、これは一種の「経済的取引」として機能していると述べている。ドイツやイタリアなどのヨーロッパ諸国も、ロシア経済との依存関係を背景に複雑な立場を取っており、最終的には経済的損得で戦争への関与を調整していると解説した。
一方、イスラエルとハマスの対立は、金銭的論理で解決できる性質のものではないと苫米地氏は強調する。宗教的価値観が根底にあるこの戦争は、いわば「神の名のもとに行われる戦争」であり、資金援助や外交交渉による収束は困難だという。ただし、戦争の裏では依然として膨大な資本が動いており、その構造が現代の地政学的リスクを増幅させていると述べた。
また、苫米地氏はESG投資と戦争ビジネスの関係にも言及している。ESGとは「環境・社会・ガバナンス」を重視した投資概念だが、戦争が始まった瞬間にこの理念は形骸化すると指摘した。戦車やミサイルは大量のCO₂を排出し、環境負荷という観点では真逆の行為となる。それにもかかわらず、巨大投資会社ブラックロックなどが戦争関連の投資を強化している現実を挙げ、経済が倫理よりも利益を優先する構造的矛盾を浮き彫りにしている。
この流れの中で、苫米地氏は「地球温暖化ビジネスの終焉」と「戦争ビジネスの復活」という転換が進んでいると分析する。温暖化対策が新たな投資テーマとして成長してきたが、戦争が再び巨大市場となったことで、世界の資金が軍需産業や防衛関連に集中しているという。氏は、ビル・ゲイツなどの著名実業家が温暖化問題への関心を薄めていることにも触れ、戦争が「最大の経済装置」として再稼働している現状を示した。
つまり、現代の戦争は単なる軍事衝突ではなく、資本の循環を生み出す仕組みとして再構築されている。苫米地氏は、これを「ビジネスとしての戦争」と定義し、経済・政治・宗教が一体化することで、世界規模の不安定性が拡大していると警鐘を鳴らしている。
中東紛争の拡大リスクと世界経済への波及
苫米地氏は、イスラエルとハマスの衝突が単なる地域紛争にとどまらず、第三次世界大戦に発展する可能性を秘めていると警鐘を鳴らしている。その背景には、宗教的対立に加えて、世界的な資本の動きと軍需産業の利害が密接に結びついているという。氏は、中東紛争を「宗教戦争」と同時に「経済戦争」として捉える視点の重要性を強調している。
苫米地氏によれば、今回の紛争はアラブ諸国や欧米諸国を巻き込む可能性を持っており、イランやサウジアラビアの動向が鍵を握ると述べている。特にイランがハマス側に加勢すれば、アメリカがイスラエル支援の名目で軍事介入する構図が生まれ、過去のイラク戦争のように全面戦争へと発展する危険があると分析している。その場合、アメリカとイギリスを中心とする西側諸国が再び中東での軍事行動を正当化し、戦争経済が拡大するシナリオが現実味を帯びてくるという。
一方で、苫米地氏は台湾有事との比較も行っている。中国の戦略は「認知戦」を中心に展開しており、実際の軍事行動を伴わない形で台湾を取り込もうとしていると述べた。これにより、台湾有事は「戦争としての採算性」が低く、軍需産業にとって大きな利益を生まない可能性があるという。これに対し、中東紛争は宗教と資源が絡み合うことで、より多くの資金と軍需需要を生み出す構造になっているため、資本が集中しやすいと分析している。
苫米地氏はまた、軍需ビジネスの背後には常に大資本家や投資ファンドが存在すると指摘している。ロシアやウクライナ、さらには中東諸国には西側のような上場市場がほとんど存在せず、個人オーナーによる富の集中が進んでいる。そのため、戦争によって莫大な利益を得ることができる構造になっているという。これらの「戦争の裏の投資家」たちは、戦闘が拡大したほうが利益を得られるため、紛争が意図的に長期化・激化するリスクがあると述べている。
さらに、苫米地氏はイスラエルの軍事行動にも言及し、「イスラエルは被害を受けた分だけ報復する」という国家的特性を指摘している。この報復の連鎖が意図的に拡大されれば、それに比例して軍需産業の利益が増大するという仕組みになる。こうした構造を理解することで、戦争が「偶発的な悲劇」ではなく、「計算された経済装置」として存在している側面が見えてくると述べた。
最終的に苫米地氏は、戦争を支えるのは国家の論理ではなく資本の論理であると結論づけている。中東情勢の緊張が続く限り、世界の投資は軍需・エネルギー・防衛産業に集中し、平和産業や環境ビジネスは後退していく可能性が高いと警告している。氏は、国際社会が戦争を「最大のビジネス」として認識してしまった現実を見据え、個々人がその構造に無自覚なまま巻き込まれないよう意識することの重要性を訴えている。
出典
本記事は、YouTube番組「【苫米地塾】地政学『脳』で中東情勢を読む」の内容をもとに要約しています。
読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの
本稿では、イスラエル・パレスチナ紛争を宗教的構造と経済システムの視点から検討する。宗教的価値観、国家形成、そして国際的資本の動きがどのように結びついているのかを探ることは、現代の地政学的緊張を理解するうえで欠かせない要素である。
宗教的構造論の強みと限界
イスラエル・パレスチナ問題を宗教的対立として捉える視点は一定の妥当性を持つ。例えば、Washington Instituteは、宗教が紛争のモチベーションとして作用する一方で、和平においては媒介的な役割を果たす可能性もあると指摘している。
しかし、宗教を単一の要因として扱うことには危険もある。Theos Think Tankの分析によれば、宗教は確かに重要だが、民族主義や領土帰属問題など他の政治的・社会的要因と切り離して理解することはできないという。また、Utrecht Universityの研究者は、宗教の影響は一般に想定されるよりも小さく、国民国家やナショナリズムの方が紛争の構造的要因であると述べている。
したがって、宗教的構造論を採用する際には、それが文化的・政治的・社会的文脈とどのように絡み合っているかを多層的に捉えることが求められる。
戦争・軍事と資本流通の構造
現代の戦争を経済システムの一部として捉える見方も広がっている。Security in Contextの研究は、軍事支出や武器開発への投資が、金融化した世界経済と相互作用しつつ拡張していることを示している。また、ScienceDirect掲載の研究では、軍事投資が民間産業の集積を促す可能性がある一方で、国家財政に新たなリスクを生む点が指摘されている。
しかし、戦争を「経済装置」としてのみ理解することには限界がある。Stimson Centerは、恒常的な戦争経済が社会的格差や国家財政の逼迫を招き、結果的に安全保障を脆弱化させる可能性を警告している。資本と軍事の結びつきは確かに現代的現象であるが、その背後には倫理的・社会的コストも存在する。
拡大リスクと世界経済への波及
中東紛争の拡大リスクは依然として高い。Council on Foreign Relationsによると、イスラエルとパレスチナの対立は周辺諸国を巻き込む危険を孕み、地域全体の安定を脅かす要因となっている。特にイランやレバノンなどの動向が、今後の国際秩序に大きな影響を及ぼす可能性がある。
さらに、軍需産業や投資ファンドの動きも注視すべきである。Financial Timesによれば、主要防衛企業は今後数年で記録的なフリーキャッシュフローを生み出す見込みであり、戦争と資本の相互作用が強まっている。とはいえ、紛争の激化は同時に経済的損失や人道的危機をも伴うため、単純な利益構造では語れない。
このように、宗教的世界観・経済的利益・政治的判断が複雑に絡み合う現代の紛争構造は、一面的な分析では捉えきれない。私たちは、資本の論理が戦争を駆動する一方で、信念や倫理が依然として人間行動を規定する現実を見失ってはならない。今後も、この二つの力の均衡をどう保つかが国際社会の大きな課題となるだろう。