感染症研究に不可欠な「ワンヘルス」の視点
感染症を理解するうえで、人間の健康だけに注目するのは不十分です。動物や環境を含めた包括的な視点を持つことが不可欠であり、この考え方を「ワンヘルス」と呼びます。塩田真里子氏は、この枠組みこそが感染症のコントロールに欠かせないと強調しています。
1. 動物由来のウイルスと人間社会の関係
世界で流行する感染症の多くは動物由来です。エボラウイルスや新型コロナウイルスをはじめ、さまざまな病原体は動物から人間へと伝播してきました。特にコウモリは多様なウイルスを保有しており、人間への感染源として研究対象になっています。塩田氏は、人と動物の生活圏が交わる地域では、新たな感染症のリスクが常に存在すると指摘しています。
例えば、家畜や野生動物と接触する場面では、目に見えない病原体が人間社会に持ち込まれる可能性があります。こうしたリスクは都市部よりも農村部や発展途上国に多く見られ、グローバル化の進展とともに国境を越えて拡散する危険が高まっているのです。
2. 環境要因と感染拡大のリスク
人と動物に加えて、環境も重要な要素です。モザンビークでの調査では、鶏の糞便に含まれるサルモネラ菌やカンピロバクター菌が、遊んでいる子どもたちを通じて人間に感染する例が確認されています。汚染された水や土壌が媒介となるケースもあり、衛生状態の不備が感染症の温床となるのです。
また、人口増加に伴い森林が開発されることで、野生動物と人間の接触機会が増えることも問題視されています。新たに開拓された土地に住む人々の多くは低所得層であり、危険な地域に移住せざるを得ない状況が感染リスクを高めています。塩田氏は、これらの現実を踏まえた上で、感染症対策を進める必要があると強調しています。
3. グローバル化と低所得層のリスク増大
経済的な格差も感染症対策に大きな影響を与えます。低所得層の人々は、危険度の高い地域に住まざるを得ない一方で、衛生的な生活環境を整える資源を持ちません。その結果、感染症の被害を最も強く受けやすい立場に置かれています。
さらに、国際機関や政府の対応には資金や政治的な制約がつきまといます。例えばWHOのような国際組織は、加盟国の利害関係や資金拠出のバランスに左右され、迅速かつ独立した対応が難しい側面があります。そのため、科学的知見に基づく理想的な仕組みを作ることは容易ではありません。
こうした背景から、塩田氏はアメリカの研究体制に注目しています。アメリカの大学では、助教授が独立して研究室を立ち上げ、自らの研究テーマを推進できる仕組みが整っています。この制度が新しい視点を生み出しやすいとされ、ワンヘルスのような包括的な研究が進む基盤となっているのです。
人間、動物、環境を切り離さずに捉える「ワンヘルス」の視点は、今後の感染症対策を考えるうえで欠かせないものです。世界規模で人口が増え続ける中、感染症のリスクを最小限に抑えるには、科学的知見と社会的理解を両立させることが求められているといえるでしょう。
ワクチン効果を科学的に測定する統計学の挑戦
ワクチンの効果をどのように測定するのかは、感染症研究において最も重要な課題のひとつです。塩田真里子氏は、イェール大学での博士研究を通じて「反事実」を推定する統計学的手法を開発し、その成果をもとに中南米諸国でのワクチン政策に貢献してきました。
1. 「反事実」とは何か
反事実(カウンターファクチュアル)とは、「もしワクチンを打たなかったらどうなっていたか」という仮想の世界を意味します。現実には一度きりの歴史しか存在しませんが、科学的に効果を測るためには、この反事実を推定する必要があります。塩田氏は博士論文のテーマを「反事実を正確に推定する方法」と位置づけ、数理モデルを用いてワクチン効果を数量化しました。
この手法を通じて、単なる理論ではなく現実の政策決定に資するデータを提供できることが大きな強みとなりました。感染症の流行は偶然や環境要因にも左右されるため、反事実を正確に想定することは極めて難しいのです。
2. ワクチン導入効果の数値化
塩田氏が対象としたのは、肺炎球菌ワクチンの効果でした。肺炎は世界的に子どもの死因となる大きな疾病ですが、その要因はインフルエンザや細菌など複数に分かれています。その中で肺炎球菌だけを原因とする死亡率を抽出するには、他の病因や医療体制の改善をコントロールする必要があります。
このときに用いられたのがベイズ統計のモデルです。交通事故や心疾患などワクチンに無関係な死因の変化を「対照群」として組み込み、衛生環境や栄養状態の改善といった影響を差し引くことで、純粋にワクチンの効果だけを浮き彫りにしました。従来の統計モデルではノイズに埋もれて見えにくかった小さな効果を、塩田氏の手法は抽出できるようにしたのです。
こうした分析の結果、中南米10カ国で数年間にわたり約4000人の子どもの命が肺炎球菌ワクチンによって救われたと推定されました。この成果はWHOや各国政府に報告され、ワクチン継続の根拠として政策に反映されています。
3. 数千人の子どもを救った研究成果
ワクチンの効果は、重症化を防ぐ点で特に大きな意味を持ちます。コロナワクチンでも副作用のリスクは存在しますが、感染によって重症化や心筋炎を起こすリスクの方がはるかに高いことがデータから明らかになっています。統計的な期待値で考えれば「打った方がリスクは低い」と結論づけられるのです。
しかし、統計学的な推定と個人の実感の間には大きな隔たりがあります。親にとっては0.1%の確率でも「自分の子どもがなるかならないか」という1か0の問題であり、感情的な難しさを伴います。塩田氏はこの点について、科学的データと個人の経験をどう折り合わせるかが今後の課題だと指摘しています。
反事実の概念を正しく理解すれば、「もしワクチンがなければ数千人が命を落としていた」という事実に気づくことができます。統計学は冷たい数字のように見えますが、その背後には一人ひとりの命があり、科学的手法によって救える命の存在が浮かび上がるのです。
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科学を社会に伝えるサイエンスコミュニケーションの課題
感染症やワクチンの研究は高度な統計学や医学知識を伴いますが、その成果を社会にどう伝えるかは別の難題です。塩田真里子氏は、科学的なデータをいかに政策決定者や一般市民に理解してもらうかというサイエンスコミュニケーションの重要性を繰り返し強調しています。
1. 反ワクチン運動と信念の問題
新型コロナウイルスの流行に伴い、世界各地で反ワクチン運動が広がりました。その背景には単なる誤情報だけでなく、「本当にワクチンは危険だ」と信じ込む人々の存在があります。塩田氏は、彼らが意図的に偽情報を拡散しているのではなく、心の底から信じて行動しているケースが多いと指摘しています。
このような信念に基づく行動に対して、単純に「間違っている」と否定するのは効果的ではありません。科学的根拠を冷静に示し、対話を重ねることで信頼を築く必要があります。しかし、信頼そのものが個人の主観に左右されるため、科学的事実だけでは人々の考えを動かせない難しさが存在します。
2. 統計と個人の感情のギャップ
ワクチンの副作用は確率的には低くても、実際に被害を受けた人にとっては「0か1」の現実です。統計学的にはリスクを減らす効果が明らかでも、当事者の感情としては納得できない場合があります。この統計と感情のギャップを埋めることが、サイエンスコミュニケーションにおける最大の課題です。
例えば、子どもの心筋炎リスクはワクチン接種でわずかに上昇しますが、感染によって発症する確率の方が高いことがデータで示されています。科学的には「接種した方が安全」と結論づけられますが、親としては自分の子どもに副作用が起きる可能性を前にして迷わざるを得ません。この現実的な悩みを理解せずに「数字で安全だ」と押しつけることは、かえって反発を招く原因となります。
3. 政策決定者と一般市民への伝え方
塩田氏はイェール大学での研究時代から、WHOや各国政府の会議に参加し、研究成果を直接説明する機会を持ってきました。その経験の中で学んだのは、専門家向けの論文と同じ言葉では政策決定者に伝わらないという事実です。複雑な数理モデルの結果をシンプルにまとめ、政策の選択肢にどう結びつくかを明示することが求められます。
一方で、一般市民に対しては「何も起こらないことが成功」というワクチンの性質を伝える難しさがあります。病気にかからなかったこと自体が効果であるため、目に見えるご褒美がなく、納得感を得にくいのです。そのため、正確な情報をわかりやすく提示しつつ、社会全体の利益を共有できるようにする姿勢が不可欠です。
サイエンスコミュニケーションは研究者にとって避けられない課題です。塩田氏は、科学的根拠を分かりやすく伝える努力を続けることこそが、感染症対策を社会に根付かせる唯一の道だと訴えています。科学と社会の橋渡しができるかどうかが、今後の公衆衛生の成否を左右する鍵となるでしょう。
映画を通じた成田悠輔氏との交流
感染症研究や統計学の第一線で活躍する塩田真里子氏には、意外な一面もあります。それは「成田悠輔氏の映画友達」としてのエピソードです。学術的な議論とは異なる場面での交流は、研究者としての人物像に親近感を与えます。
1. ニューヨーク映画祭での思い出
塩田氏と成田氏が映画を共に鑑賞したのは、ニューヨーク映画祭でした。当時、塩田氏は母親と一緒に日本映画『寝ても覚めても』の上映に参加しており、そこで偶然にも成田氏と席を並べることになったといいます。彼女は「ニューヨークで成田さんと映画を観たことが私の一番の持ちネタ」と笑いながら語っています。
研究や学問の枠を超え、映画という共通の文化的体験を通じて交流する姿は、国際的に活動する学者の人間味を感じさせるエピソードです。
2. 「寝ても覚めても」とエキストラ体験
塩田氏にとって『寝ても覚めても』は特別な作品でもあります。日本に一時帰国した際、母親と共にこの映画のエキストラに参加したのです。出演シーンは東出昌大氏が登場する重要な場面で、塩田氏と母親は通行人としてカメラに映り込んでいました。本人も「どこに映っているか分からないほど」と語りますが、監督や助監督から演技指導を受ける貴重な体験になったと振り返っています。
また、映画の配給を担当していたのが成田氏の妻であったことも縁を深めるきっかけとなりました。上映会のチケットを成田夫妻から受け取り、ニューヨークで映画を観ることにつながったのです。
3. 芸能人との出会いとミーハーな一面
ニューヨーク滞在中、塩田氏は芸能人との出会いも楽しんでいました。上映後の会場で芸人の村本大輔氏と遭遇し、成田氏に写真を撮ってもらったというエピソードも披露しています。普段は公衆衛生学や統計学といった専門的な世界に生きる彼女ですが、芸能界の話題には目を輝かせる「ミーハー」な一面を隠さず語っていました。
このような体験は、研究者としての厳格な姿だけでなく、一人の人間としての等身大の魅力を伝えるものです。塩田氏が「映画友達」として成田氏との関係を語る姿からは、学術界の枠を超えた交流の楽しさがにじみ出ています。
学問的なテーマと日常的な趣味が交わる瞬間は、研究者のイメージをより立体的に見せてくれます。成田氏と塩田氏の映画エピソードは、国際的な公衆衛生学者が持つ親しみやすい側面を垣間見せる貴重な記録といえるでしょう。
塩田真里子氏の歩んできたキャリア
国際的に活躍する公衆衛生学者、塩田真里子氏は、感染症研究と統計学の両分野を橋渡しする存在として注目されています。その歩みは、獣医学から出発し、世界各地で感染症と向き合う実践を経て、公衆衛生の最前線へと広がってきました。
1. 東大農学部から公衆衛生学への転身
塩田氏の学問的な出発点は東京大学農学部の獣医学専修でした。動物と人間の健康を横断的に捉える視点を培ったのち、彼女はアメリカに渡り、公衆衛生学修士課程に進学します。この進路は「動物と人間、環境を一体として考える」というワンヘルスの理念へ自然に結びつくものでした。
その後、米国エモリー大学で公衆衛生学を学び、感染症疫学の専門家としての基礎を確立しました。この段階で、すでに国際的な視野を持ちながら研究と実務を並行して進めるスタイルが形づくられていきます。
2. CDC・WHOでの感染症研究と国際経験
塩田氏のキャリアを特徴づけるのは、アメリカ疾病対策センター(CDC)での実務経験です。西アフリカでのエボラ対応を含め、数多くの感染症のアウトブレイク現場に関わり、データ収集や対策立案に携わってきました。
また、世界保健機関(WHO)でもコンサルタントとして活動し、国際的な公衆衛生政策に関与しました。こうした経験は、現場と研究の両方に精通する強みを生み、政策決定者との橋渡し役としての役割を果たす基盤となっています。
3. ボストン大学助教授としての活動
イェール大学で博士号を取得した後、塩田氏はボストン大学公衆衛生大学院の助教授に就任しました。ここで彼女は、自らの研究室を立ち上げ、独立したプログラムを推進しています。アメリカの大学制度は、助教授であっても独立して研究を展開できる点が特徴であり、新しいテーマに挑戦する柔軟性を与えています。
研究の中心は、感染症疫学と統計学の融合です。特に「反事実」を推定する数理モデルを用いたワクチン効果の研究は、各国の公衆衛生政策に直接影響を与える成果を生み出しました。中南米での研究では、肺炎球菌ワクチンによって数千人規模の子どもたちの命が救われたことを明らかにし、WHOや各国政府にデータを提供しています。
さらに、動物や環境を含めて感染症を理解する「ワンヘルス」の視点を取り入れた研究も展開。アフリカやアジアを中心にフィールド調査を行い、環境要因と感染症拡大の関連性をデータで裏付けています。
塩田真里子氏のキャリアは、獣医学から始まり、公衆衛生学を横断し、統計学を駆使して感染症研究を切り拓いてきた道のりでした。学術的な成果と国際機関での実務経験を兼ね備える彼女は、感染症対策のグローバルリーダーの一人として、今後も世界的な注目を集め続けるでしょう。
[出典情報]
このブログは人気YouTube動画を要約・解説することを趣旨としています。本記事では以下の2本を参考に構成しました。
読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの
感染症を「人間の問題」としてのみ扱う視点は、もはや不十分とされています。世界保健機関(WHO)の専門家パネル OHHLEP は、「人・動物・生態系の健康を同時に最適化する統合的アプローチ」として「ワンヘルス」を定義しています(WHO、OHHLEP)。また、米国疾病対策センター(CDC)によれば、既知の感染症の約60%、新興感染症の約75%が動物に起源を持つとされ(CDC、Salyer ら)、この統計は「人間中心主義からの脱却」を裏づけています。本稿では、こうした前提の妥当性を第三者の科学的データをもとに点検します。
生態・環境変化と感染拡大のドライバーをどう読むか
土地利用の変化や野生動物との接触機会が感染症リスクを高めるという見方は、多くの国際報告書で共有されています。Nature誌のメタ分析(Nature 2024)では、生物多様性の喪失・化学汚染・気候変動が感染リスクを上昇させる一方、都市化は衛生や医療アクセスの改善を通じて一部の感染症を抑制する可能性も示されています。また、IPBESの報告(IPBES 2020)は、人口増加、森林伐採、集約的畜産などが新興感染症の主要な要因と指摘しています。したがって、「森林開発=必ず感染リスク上昇」といった単純化ではなく、地域の生態と社会条件を考慮した分析が必要です(Keesing ら)。
生活環境と衛生:動物・人・環境の接点
家畜や野生動物の糞便に含まれる病原体は、水や土壌を介して人間に届くことがあります。低・中所得国の非公式居住地では、こうした曝露と小児の腸管疾患・発育障害の関連が確認されています(Penakalapati ら)。さらに、WHOの報告によれば、2019年時点で安全な水と衛生(WASH)へのアクセスが不足していたことにより、約140万人の死亡が発生したと推定されています(WHO WASH、UNICEF)。感染症対策におけるワンヘルスの実践は、こうした衛生基盤の改善と不可分です。
格差とグローバル移動:誰がより大きなリスクを負うか
航空ネットワークを含む人の移動は感染症の拡散速度を高める一方で(Findlater & Bogoch)、社会経済的な格差が罹患・重症化リスクの差を生みます。WHOは、健康の社会的決定要因(住居、所得、教育、インフラなど)が健康格差の根源であるとしています(WHO)。また、UN-Habitatの報告(UN-Habitat 2023)でも、不十分な水・衛生環境が都市貧困層における複数感染症の重複流行を引き起こす要因として示されています。
ワクチン効果の測定:反事実・因果推論という土台
「接種しなかった場合の世界」を推定する「反事実」は、因果推論の基本概念です。Rubin(1974)によるモデル化(Rubin)や、Hernán & Robinsの教科書(Hernán & Robins)では、交絡や選択バイアスの除去を中心に理論が整理されています。また、Abadieらの「合成コントロール法」(Abadie ら)などの統計手法は、実験が難しい政策効果の推定にも応用されています。ただし、結果はモデルの仮定に依存するため、外的妥当性には常に注意が必要です。
肺炎球菌ワクチンの「実世界効果」をめぐる幅のある知見
小児肺炎球菌ワクチン(PCV)は、侵襲性肺炎球菌感染症を中心に明確な効果が報告されていますが、全原因肺炎死亡への影響は国や年齢によって異なります。ラテンアメリカ諸国を対象とした研究では、一部で死亡・入院の減少が示唆される一方(Prunas ら)、5歳以上では有意な減少が見られなかった分析もあります(Parellada ら 2025)。死亡率、入院率、血清型別疾患といった指標の選び方で評価は変わるため、単一データではなく複数のアウトカムを総合して政策判断を行うことが求められます。
有害事象と罹患リスクの比較:統計と実感のずれ
mRNAワクチン接種後の心筋炎はまれながら、統計的に接種と関連があるとされています(JAMA 2022、CDC)。特に若年男性で相対的に高い頻度が報告されていますが、これは主に受動的監視データに基づいており、絶対リスクには不確実性が伴います。他方、新型コロナ感染後の心筋炎や長期的な心血管障害リスクは、ワクチン後よりも大きいことが複数研究で示されています(Nature Medicine 2022、Voleti ら、NPJ Vaccines 2024)。公衆衛生的には「期待値」でのリスク比較が合理的と考えられますが、個人にとっては「0か1」の体験であることを踏まえ、救済制度と透明な情報共有を両立させることが信頼の前提になります。
国際機関のガバナンスと資金制約
国際的な感染症対策を担うWHOでは、長年にわたり分担金が全収入の2割未満にとどまり、大半が任意拠出によって賄われています(WHO)。この任意拠出のうち、約87%が使途を指定された「指定拠出金」であり(WHO Funding)、柔軟な運用を妨げていると指摘されています。こうした構造を是正するため、2022年の世界保健総会では分担金比率を段階的に引き上げる改革が合意されました(CGD 2024、UN Foundation)。科学的助言を制度に反映する際の遅れや優先順位の偏りは、こうした資金構造とも関連しています。
サイエンスコミュニケーション:方法と価値の橋わたし
政策決定者には解釈可能なデータと不確実性の範囲を、一般社会には「何も起きなかった成果」をどう説明するかが問われます。因果推論の前提条件(交絡・測定誤差・バイアスなど)を明示し、科学的限界を率直に伝えることは、断定的な主張を避ける有効な方法です(Hernán & Robins)。また、ワクチン副作用や感染後後遺症への補償・救済制度を強化し、リスク情報を双方向に共有することが、社会的信頼の再構築につながります。
総じて、ワンヘルスの理念は単なる概念ではなく、衛生インフラ整備、土地利用の計画、感染監視、ワクチン政策、救済制度といった要素をつなぐ運用枠組みです。地域ごとに「どの介入に最初の1ドルを投じるか」を再考し、科学と社会の両側からの対話を重ねることが今後の課題となります。
出典・参考文献一覧(章対応・一次/公的資料優先)
本文の主張と対応づけた学術論文・国際機関資料・主要レビューを整理しました。再検証や追加調査の出発点としてご利用ください。
最終更新:2025-10-21
I. 総論:ワンヘルスの定義と人間中心主義からの転換
- WHO|One Health ─ 「人・動物・生態系の健康を同時に最適化する統合的アプローチ」の定義。
- OHHLEP(WHOハイレベル専門家パネル) ─ ワンヘルスの原則・運用指針。
- CDC|Zoonotic diseases ─ 既知感染症の約60%・新興感染症の約75%が動物起源との整理。
- Salyer et al.(2017) ─ 人獣共通感染症と国際保健に関する概説レビュー。
II. 生態・環境変化と感染拡大ドライバー
- Nature(2024) ─ 生物多様性喪失・化学汚染・気候変動と感染リスクの関連(メタ分析)。
- IPBES(2020) ─ 森林伐採・人口増・集約畜産等と新興感染症リスクの構造。
- Keesing et al.(Nature) ─ 生態系・宿主多様性と病原体ダイナミクスの関係。
III. 生活環境と衛生(WASH):動物・人・環境の接点
- Penakalapati et al. ─ 動物糞便曝露と小児腸管疾患・発育障害の関連。
- WHO|WASH負担推計 ─ 2019年に安全な水・衛生不足が約140万人死亡に関連。
- UNICEF|Sanitation ─ 衛生アクセス改善と健康アウトカムの関係。
IV. 格差とグローバル移動:リスクの偏在
- Findlater & Bogoch ─ 航空ネットワークと感染拡散速度の関係。
- WHO|社会的決定要因 ─ 住居・所得・教育・インフラが健康格差の根源。
- UN-Habitat(2023) ─ 都市貧困層でのWASH不足と多疾患の重複流行。
V. ワクチン効果の測定:反事実・因果推論の基礎
- Rubin(1974) ─ 反事実モデル(潜在アウトカム枠組み)の基礎。
- Hernán & Robins『What If』 ─ 交絡・選択バイアスを含む因果推論の実践。
- Abadie et al.(合成コントロール法) ─ 実験困難な政策効果の推定手法。
VI. 小児肺炎球菌ワクチン(PCV)の実世界効果
- Prunas et al. ─ ラテンアメリカ諸国での死亡・入院減少の示唆。
- Parellada et al.(2025) ─ 5歳以上では全原因肺炎に有意な減少を確認せず。
VII. 有害事象と罹患リスクの比較(mRNA心筋炎など)
- JAMA(2022) / CDC|Myocarditis ─ 接種後心筋炎は稀だが関連あり(若年男性で相対頻度高)。
- Nature Medicine(2022) / Voleti et al. / NPJ Vaccines(2024) ─ 感染後の心筋炎・心血管リスクはワクチン後より大。
VIII. 国際機関のガバナンスと資金制約(WHO)
- WHO|分担金 ─ 分担金比率の長期的低位。
- WHO|Funding ─ 任意拠出の約87%が指定拠出で柔軟性を制約。
- CGD(2024) / UN Foundation ─ 分担金比率引き上げ合意と資金構造改革。
IX. サイエンスコミュニケーション:方法と価値の橋わたし
- Hernán & Robins『What If』 ─ 不確実性・交絡・測定誤差の前提を明示する意義。
出典整理の方針: 本一覧は本文の章立てに対応して配置し、査読論文・国際機関資料を主根拠、一般メディアは補助根拠として位置づけています。各エントリに「何を裏づけるか」を付記し、透明性と再検証容易性を高めました。