SNSと人間の脳が生み出す炎上の仕組み
SNSで繰り返される炎上や分断の背景には、人間の脳が持つ進化的な特性が深く関わっています。精神科医である内田舞氏は、承認欲求と不安、そしてフィルターバブルという3つの要素が複雑に絡み合い、現代社会特有の現象を生み出していると指摘しています。
1. 承認欲求とドーパミンの関係
人間の脳は「社会的なつながり」に適応する形で進化してきました。部族の中で情報を共有し、仲間から信頼されることが生存に直結していたためです。この仕組みは現代でも変わっておらず、SNSの「いいね」はその欲求を強烈に刺激します。
投稿に反応がつくと、脳内でドーパミンが分泌され、快感と同時に「もっと承認が欲しい」という欲求が強まります。この繰り返しがSNS利用の中毒性を高め、発信行動や過剰な反応を誘発するのです。
2. コロナ禍の不安が炎上を加速させた背景
さらに内田氏は、コロナ禍という不確実な状況が人々の心理に強い影響を与えたと説明しています。未知の感染症や生活の制限は、自分の力ではコントロールできない不安やフラストレーションを蓄積させました。
こうした悶々とした感情は、SNSでの攻撃的な言動として表面化します。従来なら「クマが現れた」といった明確な脅威に対して生じていた脳の危険信号が、現代では人間関係や情報の不確実性といった曖昧な対象に向かってしまうのです。その結果、不安の吐き出し先としてSNSが選ばれ、炎上が頻発するようになりました。
3. フィルターバブルと分断の拡大
もうひとつの要因は「フィルターバブル」です。SNSでは似た意見を持つ人同士がつながりやすく、同じ主張が繰り返し目に入る環境が自然に形成されます。この閉じた情報空間では、自分の考えが正しいと強化され、反対意見は敵対的に感じられやすくなります。
内田氏は、この構造が分断を深める最大の理由だと述べています。承認欲求による発信、不安の吐き出し、そして情報の偏りが互いに作用し、感情が一気に増幅されて炎上に至るのです。
このようにSNSの炎上は単なる偶発的な現象ではなく、人間の脳の仕組みと社会的環境の組み合わせによって必然的に起きやすいものだといえます。
関連記事:スマホは脳をむしばむ? 岡田斗司夫が語るデジタル社会のリスクと解決策
誹謗中傷の裏にある不安の正体
SNSでの誹謗中傷はしばしば「攻撃」として捉えられますが、その背景には不安や恐怖が潜んでいます。内田舞氏は、自身が経験した炎上を例に挙げ、攻撃の根底には「自分や大切な人を守りたい」という思いがあると解説しています。
1. 妊娠中ワクチン接種をめぐる炎上
内田氏は第三子を妊娠中、新型コロナワクチンを接種しました。当時は臨床データが十分ではなく、多くの人が安全性に疑問を抱いていました。しかし科学的根拠を精査した上で、妊婦にとっては「接種しないリスクの方が大きい」と判断したのです。
その決断を所属先の病院とともに公表すると、日本のSNSで大きな注目を集めました。肯定的な反応もありましたが、一方で激しい誹謗中傷も浴びることになります。その中には「偽の死亡診断書」を送りつけてくる人まで現れ、精神的に大きな負担となりました。
2. 不安が攻撃に変わる心理
誹謗中傷を経験する中で、内田氏は「多くの人は悪意で攻撃しているのではなく、不安に駆られている」と感じたといいます。未知のワクチンに対する恐怖が強いほど、その感情は攻撃という形で表れやすくなるのです。
この心理は、脳の危険察知システムにも関連しています。本来なら肉体的な脅威に反応するはずの防衛機能が、現代では曖昧な情報や将来への不確実性に向けられます。その結果、「ワクチンは危険だ」と感じる人が、安心を得るために他者を否定し、誹謗中傷へと行動化してしまうのです。
3. 大切な人を守りたい気持ちが根底にある
内田氏は、攻撃の裏には「大切な家族や自分を守りたい」という愛情に近い感情があると指摘します。誹謗中傷の言葉そのものは容認できなくても、その根底にある不安を理解することは可能です。
この視点は、精神科医として日常的に接する患者との関わりにも通じています。たとえば子どもの治療に薬を用いるかどうかを議論する際、親が強い不安を抱くのは当然です。その不安を否定するのではなく、受け止めたうえでリスクと利益を丁寧に比較し、共に最適な選択を模索する姿勢が重要だと強調しています。
誹謗中傷の言葉の背後には、相手なりの恐怖や不安がある。その構造を理解することが、分断の中でも対話の糸口を見つける第一歩になるのではないでしょうか。
家庭に潜むSNS的コミュニケーションの罠
SNSで見られる議論のすれ違いや分断は、実は家庭内の会話にも潜んでいます。内田舞氏は、日常的な親子や夫婦のやり取りにおいても、SNS的な論法が無意識に使われていると指摘しています。
1. Whataboutismとストローマン戦略の実例
代表的なものが「Whataboutism(あなただって戦略)」です。例えば子どもが片付けを注意された際に「ママだって食器を洗っていない」と反論する場面がこれに当たります。本来の議題から逸れて相手の欠点を持ち出すため、議論がかみ合わなくなるのです。
また「ストローマン戦略(藁人形論法)」も家庭で頻出します。親が「夜8時までに帰ってきなさい」と言ったとき、子どもが「友達関係を大事にしていないのね」と論点をすり替えるパターンです。実際には安全のためのルールであっても、意図を歪めて反論してしまうのです。
これらはSNSでの炎上と同じ構造を持ち、対話を不毛なものにしてしまいます。
2. 親の言動が子どものSNS行動に影響する
内田氏は、こうした論法を無意識に使う姿を子どもに見せてしまうと、それがそのままSNS上での行動に反映されると警告しています。親が感情的に反応する姿は、子どもにとって強力な「モデリング(行動の手本)」となるためです。
だからこそ、親自身が自分の感情を冷静に言語化し、誤った議論の進め方を自覚して修正する姿勢を示すことが、最も効果的な教育になります。感情を押し殺す必要はなく、むしろ感じたことを適切に言葉で表すことが重要だと強調しています。
3. 感情の言語化とモデリングの重要性
具体的には、感情的になって不適切な言葉を発してしまったときに「今の言い方はよくなかった」と認めて修正することが大切です。そうした姿を見せることで、子どもは「感情を持つこと」と「それをどう扱うか」を学びます。
感情を否定せず、違和感や苛立ちを立ち止まって考える習慣を家庭内で身につけること。それがSNSにおける冷静な判断力を養う基盤になると述べています。
家庭での小さな会話の積み重ねが、SNS時代を生きる力に直結しているといえるでしょう。
分断を乗り越える精神医学的ヒント
分断や炎上が続く社会の中で、私たちはどのように冷静さを保ち、対話を続けていけばよいのでしょうか。内田舞氏は精神医学の観点から、3つの重要なヒントを示しています。
1. 違和感を大切にする「感を鍛える」姿勢
論理的に考えるだけではなく、直感的に「これは違う」と感じる感覚を大切にすることが強調されています。違和感を無視せず立ち止まることで、誤った議論や過剰な反応に流されることを防げます。
この「感」は経験の積み重ねから養われるものです。成功も失敗も含めて幅広い体験を重ねることで、より精度の高い直感が育ち、分断に巻き込まれにくくなると述べています。
2. 内的評価を育てることの意味
内田氏は「外的評価よりも内的評価を大切にすべきだ」と繰り返し指摘しています。SNSでは他者からの「いいね」や評価が重視されがちですが、それに依存すると心の安定は揺らぎやすくなります。
一方で、自分が納得できる判断や努力を評価軸とする「内的評価」を育てることで、炎上や分断の中でもぶれない軸を持つことができます。子どもの教育においても、この内的評価を育てることが将来の強さにつながるとしています。
3. 議論を種まきと捉える長期的視点
議論はその場で勝ち負けを決めるものではなく、社会に小さな種をまく行為だと内田氏は語ります。自分の主張がすぐに受け入れられなくても、長い時間をかけて誰かの心に芽吹く可能性があるのです。
たとえば、内田氏が高校時代に夫婦別姓を支持する少数意見を述べた経験が、数十年後に同級生の記憶に残り、社会的議論の成熟につながった例が紹介されています。このように、一つ一つの意見表明は長期的に意味を持つものであり、その積み重ねが分断を和らげる力になるのです。
分断を乗り越えるには、直感を信じ、内的評価を育て、議論を長期的なプロセスとして捉えること。これらの姿勢が、SNS時代に求められる新しい知恵ではないでしょうか。
[出典情報]
このブログは人気YouTube動画を要約・解説することを趣旨としています。本記事では高橋弘樹氏のチャンネル「【ハーバード大学医学部】精神科医の見た「日本」【内田舞】」を要約したものです。
読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの
現代社会で繰り返されるSNS炎上や分断について、人間の脳の特性や心理的要因に焦点を当てた解説が増えています。本稿では、そうした見方を手掛かりにしつつ、第三者による研究や統計を踏まえ、前提の検討や補足を行います。
承認欲求と脳内報酬系の関係
「いいね」やコメントが報酬系を刺激するという仮説は、神経科学研究でも一定の裏付けがあります。たとえば、ティーンエイジャーがSNSで多くの「いいね」を受け取ると、核 accumbens などの報酬関連領域が強く賦活されることが報告されています(Sherman et al., 2016)。
ただし、これは脳画像研究に基づく相関であり、直接的な「ドーパミン分泌」や「依存の成立」を証明するものではありません。また、すべての人が同じように反応するわけではなく、報酬感受性には大きな個人差があります。よって「SNSは必然的に依存を生む」という一般化には慎重さが求められます。
コロナ禍の不安と攻撃的行動
パンデミックは多くの人に心理的ストレスを与えました。世界保健機関(WHO, 2022)は、世界的にうつや不安症状の有病率が大幅に上昇したと報告しています。こうした不安がSNS上の言動に影響を与えた可能性は否定できません。
実際、ロックダウン期にTwitterで攻撃的感情の増加が観察された研究もあります(Hsu et al., 2022)。一方で、サイバーいじめや誹謗中傷の発生率は国や地域によって増減が分かれたというメタ分析もあり(Sorrentino et al., 2023)、必ずしも一様に増えたわけではありません。
フィルターバブルと分断の限定性
アルゴリズムが似た意見を強化し、分断を進めるという「フィルターバブル仮説」は広く知られています。確かにオンラインニュース消費はイデオロギー的分離を高める傾向を持つとされます(Flaxman et al., 2016)。
しかし、近年の研究ではその影響は限定的とする見解もあります。たとえば、FacebookとInstagramのアルゴリズムを大規模に操作した実験では、ニュース接触や行動指標には効果が見られた一方で、政治的態度への短期的影響は小さかったと報告されています(Allcott et al., 2024)。
また、米国の長期データでは、むしろインターネット利用の少ない高齢層で政治的分極が拡大していることが示されており(Boxell et al., 2017)、SNSだけに分断の原因を帰すことは難しいとされています。
家庭内コミュニケーションとモデリング
家庭内での会話スタイルが子どものコミュニケーション習慣に影響することは、社会的学習理論からも支持されています。バンデューラの古典的研究は、観察学習や親の行動モデリングが子どもの態度や行動形成に強い影響を持つことを示しています(Bandura, 1977)。
ただし、家庭という閉じた場と、匿名性と拡散性を持つSNS環境は大きく異なるため、単純に同一視することはできません。両者の違いを踏まえたうえで、教育的介入と制度設計を組み合わせる必要があります。
分断を乗り越えるために
直感を重視する姿勢や、外的評価ではなく内的評価を育てる視点は、自己の安定に寄与する一方で、直感が偏見を含む場合もあるため、批判的思考と併せ持つ必要があります。また、議論を「種まき」ととらえる視点は、短期的な成果よりも長期的な社会的成熟に目を向ける点で意義深いですが、制度的支援やプラットフォーム設計の改革と並行して進めなければ実効性は限定されます。
個人の態度変容と同時に、アルゴリズムの透明化やガバナンス制度、教育現場での情報リテラシー育成など、複数のレベルでの対応が今後も必要とされるでしょう。どのレベルから取り組むかを考えることが、SNS社会をより健全にする第一歩となります。
出典一覧(SNS・脳科学・分断・社会心理)
1. 承認欲求と脳内報酬系
2. コロナ禍の心理変化と攻撃的行動
- World Health Organization(2022)|Global report on mental health: pandemic impacts and prevalence
- Hsu et al.(2022)|Pandemic lockdowns and the rise of anger on Twitter
- Sorrentino et al.(2023)|Cyberbullying during COVID-19: A systematic review and meta-analysis
3. フィルターバブルと政治的分断
- Flaxman et al.(2016)|Filter Bubbles, Echo Chambers, and Online News Consumption
- Allcott et al.(2024)|Large-scale experiments on Facebook and Instagram algorithms
- Boxell et al.(2017)|Greater Internet use is not the main driver of political polarization