カルロス・ゴーンが語る日本司法の問題点と逮捕の内幕
はじめに
2020年、レバノンに逃亡した元日産CEOカルロス・ゴーン氏と直接対談した人物がいる。それがこの動画の語り手である。彼は日本の東京地検特捜部に逮捕された経験を持ち、奇しくも同じ弁護士(広中惇一郎氏)を共有していた。共通の司法体験を持つ二人が、レバノンのベイルートで対話を交わす——その核心は、日本の司法制度が抱える構造的な問題にあった。
Q:カルロス・ゴーン氏の逮捕理由とは?
A:彼の主張によれば、逮捕の理由は「支払われていない将来の報酬を過少申告したこと」だった。報酬は取締役会で承認されておらず、実際に支払われたこともない。したがって、納税義務も発生しておらず、脱税にはあたらない。しかし検察はこの「未確定の金銭」を根拠に逮捕を行った。
「最初に報道されたとき、人々は『税金を払ってないのか』と思った。でも実際には、まだもらっていないお金だったんだ」
Q:検察と日産幹部との「結託」はあったのか?
A:ゴーン氏は、逮捕の裏に「日産幹部と検察の強い協力関係」があったと語る。彼を「貪欲な独裁者」とする人物破壊キャンペーンが日産内部で進められており、それが検察と組み合わさったという。
「それは仕組まれた話だ。明確な協調があった。政府の一部も関与していたように思う」
Q:取り調べと拘留期間については?
A:ゴーン氏は「20日+20日」という拘留の分割を「人工的で不自然」と批判する。まったく同じ容疑を2つの期間に分けて延々と拘束する手法は、司法ではなく“手段としての拘束”だと指摘する。
「驚いたのは、裁判官の弱さだ。裁判官が検察に従っている。日本では検察がボスなんだ」
Q:なぜ日本の司法制度はこうなってしまったのか?
A:戦前の日本では、裁判官と検察官は同じ機関に属していた。戦後、アメリカの占領により裁判官と検察官を分離する制度が導入されたが、実質的には検察中心の構造が温存されてきた。ゴーン氏はこの点を非常に懸念している。
「日本の司法は独立していない。弁護士に『これは合法なのか?』と聞いても、『やってみないとわからない』と言われた。そんなことがあるか?」
Q:起訴率99.4%の現実について
A:この数字は、裁判が始まった時点で「ほぼ有罪が決まっている」ことを意味する。無罪を主張する意味すら失われかねない。
「99.4%の勝率なんておかしい。同じ検察官が年を取ると弁護士になるが、今度は0.6%しか勝てない。制度が異常なんだよ」
Q:なぜメディアは司法を批判しないのか?
A:ゴーン氏も対談者も一致して指摘していたのが、日本のマスメディアの「横並び体質」である。検察や政府の見解に反する報道はほとんどなされず、異論を唱えることが非常に難しい。
「メディアは完全に検察と歩調を合わせている。だから多くの日本人は真実を知らない。SNSやスマホがこの構造を変えるかもしれない」
Q:日本に対する思いは?
A:ゴーン氏は、あくまで日本という国と日本人に対しては強い愛情を持っているという。問題は制度とその運用者にあると繰り返し語っている。
「日本を愛している。17年間日産で働き、成功を収め、日本の投資の大使のような仕事もしてきた。でも、人質司法は日本にふさわしくない制度だ」
カルロス・ゴーンが語る逃亡、改革への希望、そして日本への愛
ゴーン氏の“逃亡”に対する意識
2020年、世界中を驚かせたカルロス・ゴーン氏の「箱詰め脱出」は、彼自身にとって「避けがたい選択」であったという。彼は日本の司法制度のもとでは「間違いなく有罪にされ、少なくとも5年以上は投獄されていた」と確信していた。
「私は逃げたのではない。自分の正義を守るための手段だった。あのままでは、事実に基づいた公平な裁判は不可能だった」
彼の口から語られた言葉は、単なる自己弁護ではない。むしろ、日本という国を信じていたがゆえの失望と、制度に翻弄される他の人々への深い共感が感じられた。
逃亡の意味と“映画化”の可能性
逃亡劇は国際的にも話題となり、映画化やドキュメンタリーの構想が進んでいる。彼自身は「事実を事実として語る」ことを使命とし、自らの名誉やレガシーを守ることが動機であると語る。
「私は嘘が嫌いだ。この事件では多くの嘘が語られた。私の口から真実を語りたい」
この「物語」は、単なる脱出劇ではなく、司法制度に対する根源的な問いを突きつけるものである。
司法がもたらした“経済的ダメージ”
ゴーン氏は、自身が抜けた後のルノー・日産・三菱アライアンスが急速に崩壊していると語る。実際、株価は半分以下に下落し、営業利益は大幅に減少。工場閉鎖や人員削減も進み、雇用にも影響が出始めている。
「私を追い出した代償は大きかった。会社が壊れ、社員や株主が傷ついている。でも誰も責任を取らない」
この分析は感情的ではなく、数字や事実に基づいており、ゴーン氏の経営者としての冷静な視線を感じさせる。
「日本に行くべきか?」への警鐘
彼は、日本への進出を考える外国人経営者や優秀な技術者に対して、「司法リスクがあることを認識せよ」と警告する。特に、経営層において対立が起きた場合、検察の強大な権力が“内部抗争の道具”になりうると指摘する。
「今、誰かが『日本で働くべきか』と私に聞いたら、二度考えるように言うだろう」
日本人への敬意と制度批判の分離
一貫して語られていたのは、「日本そのもの」への敬意と「制度そのもの」への批判の分離である。ゴーン氏は、日本文化や日本人の礼儀、共感性、誠実さを高く評価しており、それは逮捕後も変わらなかったという。
「私は日本を嫌いになっていない。街でも人々は親切だった。問題は“人”ではなく“構造”なんだ」
この視点は、対談者も深く共感していた。二人は、日本の良さを損なう制度上の欠陥を“変えるべき対象”として捉えていた。
日本の司法制度が“変わらない理由”
彼は日本の司法が変わらない背景には、政治家ですら検察に逆らえない構造があると分析する。もし政治家が改革を唱えれば、その人物が“捜査対象”になる可能性すらある。
「それでは誰も手を付けられない。国全体が“制度の人質”にされているんだ」
この状況を「ホステージ・ジャスティス(人質司法)」と名指しした彼の言葉は、日本の民主主義の根幹にまで問いを投げかけるものである。
SNSが変革の鍵を握る
二人は最後に、日本国内での改革の希望として「SNSやネット配信の力」を挙げていた。テレビや新聞が検察と“結託”している現在、情報の流通の多様性こそが社会変革の起爆剤となりうる。
対談者は、「映画や書籍によって、日本人自身が気づくきっかけになれば」と期待を込めて語った。
おわりに:日本のために語る“外国人の声”
最後に、ゴーン氏は強調する。自分は日本に失望して去ったのではない。日本を思うからこそ、言葉にしなければならないと。
「日本はもっと良くなれる。だからこそ、今の司法制度は変えるべきなんだ」
そして、それは外からの批判ではなく、日本人自身が主体的に変革すべきことである——という呼びかけが、静かに、しかし力強く響いていた。
出典情報
動画:『レバノンでカルロス・ゴーンと対談しました(2020年3月6日)』
https://youtu.be/L8Y8FyJrgvI?si=TjgSS3uT4ok9cOpO
読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの
カルロス・ゴーン氏の証言は、日本の刑事司法制度、とりわけ「人質司法」と呼ばれる長期勾留慣行や高い有罪率に対する批判として、国内外で注目を集めました。国連人権理事会の作業部会も2014年以降、日本の勾留制度について「不必要に長期化し、被疑者の権利を侵害する可能性がある」との懸念を繰り返し表明しています[1]。特に取調べの可視化が限定的であること、弁護人の立会権がないことなどは、国際人権規約における公正な裁判の権利との整合性が問題視されています。
有罪率99%超という数字についても、単純に「司法の偏り」とは言い切れません。日本の検察は起訴便宜主義の下で、有罪が見込めない事件は起訴しない傾向が強く、この「選別の厳しさ」が統計に影響しています[2]。一方で、無罪判決率が低いことが被告人の黙秘権行使や不利な証拠状況に影響しているとの指摘もあり[3]、制度の透明性向上は依然として課題です。
ゴーン氏が指摘する「検察と企業幹部の結託」については、個別事案の真偽判断は慎重さが求められますが、企業不祥事での司法取引制度(2018年導入)は、経営陣内の内部告発や取引を通じて特定人物の立件を優先させる可能性を含んでいます[4]。この制度運用の透明化は、経済事件の公正な捜査に不可欠です。
拘留延長のために容疑を分割する運用も批判の的ですが、刑事訴訟法上は別件逮捕・勾留が可能であり、国連自由権規約委員会はこの慣行が「事実上の長期拘束」を生み出していると指摘しています[5]。こうした勾留構造は、諸外国の刑事司法改革と比較しても見直しの余地が大きい領域です。
一方で、日本の犯罪発生率や治安水準は国際的に見ても低い水準を維持しており[6]、現行制度が一定の抑止効果や迅速処理に寄与してきた面も否定できません。問題は「治安維持」と「人権保障」のバランスであり、この均衡をどう取るかが今後の改革論議の焦点になるでしょう。
ゴーン氏が最後に述べた「制度批判と文化尊重の分離」は、司法改革議論を感情論から切り離すうえで重要な視点です。制度の課題を指摘しつつも、その社会や人々への敬意を保つ姿勢は、国内外の対話を建設的に進める前提となります。SNSや国際報道がこの議論を可視化しつつある今、私たちは「透明で公正な司法とは何か」を改めて考える時期に来ているのではないでしょうか。
出典一覧
[1] Working Group on Arbitrary Detention: Visit to Japan(2014年), United Nations Human Rights Council — https://www.ohchr.org/en/documents/country-reports/wgadd-country-visit-japan
[2] 日本の刑事司法における起訴便宜主義(2020年), 法務省 — https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji1-06_00060.html
[3] Criminal Justice System in Japan(2019年), US Department of State — https://www.state.gov/reports/2019-country-reports-on-human-rights-practices/japan/
[4] 刑事訴訟法改正と司法取引制度(2018年), 日本弁護士連合会 — https://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/plea_bargain.html
[5] Concluding observations on the sixth periodic report of Japan(2014年), United Nations Human Rights Committee — https://undocs.org/en/CCPR/C/JPN/CO/6
[6] UNODC Data: Crime and Criminal Justice Statistics(2022年), United Nations Office on Drugs and Crime — https://dataunodc.un.org/crime