2023年4月28日放送:HBO『Real Time with Bill Maher』に登場したイーロン・マスク
このインタビューは、アメリカの人気政治トーク番組『Real Time with Bill Maher(リアルタイム・ウィズ・ビル・マー)』にて、2023年4月28日に放送された内容である。番組ホストであるビル・マーが、世界的起業家イーロン・マスクをゲストに迎え、技術・教育・言論の自由・AIの脅威など、現代文明における本質的な問題について対話を重ねた。
技術者が歴史を動かす:文明のカードを配る者たち
インタビュアーのビル・マーは番組の冒頭で、「歴史を動かすのは王や政治家ではなく、技術を生み出す者たちだ」と述べ、イーロン・マスクを「文明のカードを配る者」として迎えた。マスク自身もこの意見に賛同し、グーテンベルクの活版印刷から始まり、インターネットの出現まで、技術革新が人類の知の進化に飛躍的な影響を与えてきたと述べる。
特にインターネットについては「人類が神経系を持つようになった感覚」と表現した。つまり、かつては情報が人から人へと伝わる“浸透”のような形式だったが、現在では世界のどこにいても(例えばアマゾンのジャングルにいても)スターリンクなどの技術を通じて、1980年当時の米国大統領よりも多くの情報にアクセスできるというのだ。
Twitter買収の本質:文明の基盤としての言論空間
このような技術観から見れば、マスクによるTwitterの買収は単なるビジネス的判断ではない。ビル・マーが「文明レベルの問題に取り組んでいるあなたがTwitterを買ったのは必然だ」と評したのに対し、マスクも同意した。
マスクにとってTwitterは「デジタルな町の広場」であり、その広場において多様な意見が交わされ、信頼性のある言論の自由が存在することが、文明社会にとって不可欠だと考えている。そのため彼は「現実としての信頼」と「知覚としての信頼」の両方が必要であると述べ、言論の自由を抑圧するような傾向には強く警鐘を鳴らしている。
ウォーク・マインド・ウイルス:文明の自己破壊衝動
インタビューの中盤で取り上げられたのは、マスクが繰り返し言及してきた「ウォーク・マインド・ウイルス(woke mind virus)」である。この用語は、過度に進歩的な思想が自由な思考や言論を阻害し、文明そのものの健全性を蝕んでいるという問題意識を含んでいる。
マスクはこの「ウイルス」の特徴として以下の2点を挙げた:
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言論の抑圧(suppression of free speech):議論すら許されず、問いを立てるだけで非難される文化
これらを背景とするキャンセル・カルチャーの拡大により、彼自身も幾度となく攻撃されてきたと語る。左派・右派のいずれからも批判を受けてきたが、それでもマスクは「自分は中道だと思っている」と語った。
リベラリズムと“ウォーク”のねじれ
ビル・マーもまた「自分たちは変わっていないのに、世界の方が右へと動いてしまった」と述べ、「ウォーク思想はリベラリズムの発展ではなく否定だ」と表現した。これにマスクも強く同意し、「かつて自由な言論は左派の価値観だったが、今やその左派が検閲を求めるようになっている」と現状の逆転を指摘した。
マスクは憲法修正第1条(言論の自由)を文明の根幹と捉えており、「それを損なうような動きには最大限の注意が必要だ」と繰り返し訴えた。ビル・マーが「イギリスでは名誉毀損の立証が非常に簡単で、フランスではホロコースト否認で投獄される可能性がある」と述べた際にも、マスクは「嫌いな人が、嫌いなことを言う自由を守らなければ意味がない」と原則を貫く姿勢を示した。
教育の場に潜む“ウイルス”:子どもたちは何を学ばなくなっているのか
「このウイルスはどこから始まったのか?」という問いに対して、マスクはそれが長い年月をかけて教育機関の中で醸成されてきたと説明した。彼によれば、現在の高校や大学の教育は、自身の世代が経験したものとはまったく異なっており、多くの親たちは子どもがどのような価値観や知識を学んでいるかについて十分に理解していないという。
象徴的な例として、ある家庭の子どもが「ジョージ・ワシントンは奴隷を所有していた」ことしか知らなかったという話が紹介された。これは歴史の重要人物に対する一面的な理解であり、マスクは「ワシントンについてそれしか知らないのは問題だ」と語った。
もちろん奴隷制は非道な制度である。しかしマスクは「それを超えて、歴史を全体として理解しようとする姿勢」が教育の場で失われていると憂慮している。
SNSとキャンセル文化:Tweet Townの市長として
ビル・マーは自身がTwitterから距離を置いた理由について、「そこにはいまだに“意地悪な女の子たち”の集団(mob of mean girls)が存在している」と表現した。何を投稿すれば炎上するかが予測できず、「屋根の上を目隠しして歩いているような感覚だ」と訴えた。
この指摘に対し、マスクは「Twitterの“キャンセル”とは、必ずしも本当の意味での解雇や社会的追放を意味しない」と冷静に答える。「人々に攻撃されることはあるが、それは単にエンゲージメントを増やすに過ぎない」とし、むしろ発言を控えるよりも、無視して発信を続けるべきだと示唆した。
もっとも、マーは「君と違って私は仕事を奪われることがある」と述べ、過去に自分の番組が“キャンセル”された経験を引き合いに出した。マスクが言う「キャンセルは幻想に過ぎない」という論点も、職業的立場やリスク許容度によって体感が異なることが垣間見えた。
AIの規制を巡る提言:シューマーとの対話とタイムリミット
続いて議論は、マスクが米国議会でチャック・シューマー上院議員とAI規制について話し合った件に移る。彼はかねてから、AIの急速な進化が「文明に対する潜在的脅威」になりうると警告してきた。
マスクは「航空機や食品、自動車などが公衆に危険をもたらす場合には、監督機関(レフェリー)が必要だ」と述べ、AIにも同様の法的枠組みが必要であると強調した。企業が利益のために“角を削る(cut corners)”ことがないよう、第三者機関による安全監視を求めているのである。
司会者のマーが「もし何もしなければ、2年、5年、10年後にどうなるか?」と問うと、マスクは明確な破局シナリオを語ることは避けつつも、「企業間競争が加速すれば、安全よりもスピードが優先されることになる」と述べた。
この背景には、人工知能が「不死(longevity)」や「知的上位存在(superintelligence)」を実現する可能性があると信じる人々──たとえばレイ・カーツワイルのような人物たち──の期待もある。彼らにとってはAIの登場こそが「永遠の命」への鍵であり、だからこそ慎重論に耳を貸さない面がある。
文明の未来と人口減少:「もっと子どもを。火星で育てよう」
マスクはAIのリスクと並行して、「文明の衰退」という観点からも懸念を示した。彼の主張は明快である──出生率の急落が、文明の持続可能性にとって重大な問題であると。
「多くの国で出生率が急激に落ちており、それは文明の衰退を意味する」とマスクは言う。ビル・マーが「資源の枯渇も問題だ」と反論したが、マスクは「資源は大丈夫。水が足りないというのは誤解だ」と応じた。
彼によれば、地球の70%は水で覆われており、淡水化(desalination)はすでに“非常に安価”に実現可能な技術であるため、「水不足は起こらない」と断言した。「実際に淡水化は広く行われており、技術的には解決済みの問題だ」と述べるあたりに、彼の技術楽観主義が見て取れる。
このような視点から、マスクがしばしば主張する「もっと赤ちゃんを。そして火星で育てよう」というスローガンも、荒唐無稽なジョークではなく、文明存続への切実な問題意識に基づくものである。
マスクの幸福論:「愛と仕事の二軸が人生を決める」
番組の終盤、話題はやや柔らかなものへと転じる。ビル・マーが「Rolling Stoneの記事で“恋をしていないと幸せになれない”と書いていたね」と振ると、マスクは「完全な幸福には“愛”と“仕事”の両方が必要だと思う」と述べた。
「どちらか一方が欠けていれば、半分の幸せしか得られない。両方揃っていれば、真に満たされた人生が送れる」という彼の見解には、壮大な構想の裏にある人間的な一面がにじむ。
デジタル時代の“市長”として:ツイッター改革の真意
インタビューの最後でマスクは、自身のTwitter買収の動機について語った。「それは金儲けのためではなく、“何かがおかしい”という直感から始まった」と明かす。
彼はTwitterを「デジタルタウンの広場」と呼び、そこに政府主導の検閲が介入していたことを“Twitterファイル”の公開で明らかにした。この行為は合衆国憲法の第1修正に対する明白な違反である可能性があり、だからこそ彼は矢面に立ってでもプラットフォームの透明性を回復しようとしたのだ。
Twitter社のライブラリに寝泊まりしながら再建に取り組んだという話からも、彼の覚悟の深さがうかがえる。彼自身が語るように、「これは楽に儲かる商売ではなかった」が、それでも彼は「信頼に足る言論空間」の維持が不可欠であると考えている。
終わりに:天才の孤独と責任
インタビューの最後、ビル・マーはマスクにこう語りかけた。「君は奇抜に見えることもあるが、心は正しい場所にある」。それに対しマスクは軽やかにユーモアを交えて応じながらも、自らが文明の未来に対して強い責任感を持っていることを隠さなかった。
「奇人変人」とも言われるイーロン・マスクだが、このインタビュー全体を通して見えてきたのは、テクノロジーの発展、言論の自由、教育の方向性、AIの規制といった多様な課題を文明論の視座で俯瞰する稀有な思考者としての姿だった。
その発言がいかに物議を醸そうとも、マスクが問い続けるのはつねに「この文明を持続可能にするにはどうすればよいか?」という根源的なテーマである。
※このインタビューは2023年4月28日にHBOで放送された「Real Time with Bill Maher」に基づいています。
※YouTube公開リンク:https://youtu.be/oO8w6XcXJUs