“退屈な話”が一転、22世紀のEBPMへ──成田悠輔の予言する未来の公共政策
冒頭の皮肉と導入:退屈から始まる衝撃のプレゼン
冒頭、「ご期待には添えない退屈な話をする」と自己紹介した成田悠輔氏は、政策関係者や研究者が集まる会場を相手に、痛烈な皮肉とユーモアを交えた語り口で講演を始めます。テーマは「22世紀のEBPM(Evidence-Based Policy Making)」──すなわち「証拠に基づく政策立案の未来」です。
その問題提起はこうでした。「今のEBPMとは何か?」を調べるべく、霞が関のホームページで「エビデンス」「EBPM」などを検索してみたところ、大量のPDFが出てきただけだったというのです。しかも、それらは読む気をなくすような内容ばかり。皮肉交じりに「PDFと紙の山」こそが現在のEBPMの実態だと喝破します。
映画『イーグル・アイ』に見るEBPMの完成形
そんな「やる気の出ない現実」を離れ、気分転換に見たという映画『イーグル・アイ』(2008年公開)を例に、成田氏は未来のEBPMを描きます。この映画に登場する「イーグルアイ」とは、アメリカ政府が開発した人工知能(AI)であり、監視データを元に政策判断を行い、大統領の弾劾(あるいは暗殺)までをも決定する存在です。
つまりこれは、**データが人間の行動から生成され、それをAIが解析し、政策として実行するという“完全自動化された政策循環”**のビジョンです。
成田氏はこれを「EBPMの究極系」と位置づけます。データと政策が24時間体制で無限循環する世界──それが22世紀のEBPMであり、技術的には既に実現可能な未来だと主張します。
実現に向けた課題:官と民のデータ格差
しかし現実の政策現場では、そのような理想からは程遠い状況です。政府が得られるデータは民間に比べて圧倒的に少なく、頻度も精度も劣る。さらに、せっかく集めたデータも改ざんや廃棄のリスクがある。加えて、データが得られても、それを基に政策を立案・実行する機械的なシステムは未整備です。
つまり、「証拠に基づく政策」と言いながらも、証拠も、仕組みも、やる気も欠けているというわけです。
では、民間では何が起きているのか?──ZOZOTOWNの例
成田氏はここで話題を民間に移します。ZOZOTOWNなどのECサイトでは、すでに22世紀的なEBPMが日常的に実装されているというのです。具体的には、ユーザーの性別や年齢、購買履歴などを基に、アルゴリズムが自動的に「おすすめの服」を提示し、クリックされるたびに内容を最適化していく。
このような推薦システムこそが、**「因果関係に基づいて最適な選択を提示する政策機械」**の原型だと成田氏は説きます。
また、自身が実際にZOZOを支えるエンジニア集団の一員であることも明かし、リアリティのある視点で語られるこの話は、聴衆の心を大きく揺さぶります。
EBPMを超えて──政策はどうすれば「機械化」できるのか?
ウェブ産業が先行する「政策機械化」──ゲームや健康領域も追随
成田氏は、22世紀型EBPMの萌芽がすでに社会の一部で見られることを強調します。たとえばウェブ産業に続いて、AIによる政策的な自動判断が進んでいる分野として、囲碁AIに代表されるゲーム分野や、健康・医療の分野が挙げられます。
AppleやBoseが開発するウェアラブルデバイス(AirPods、Apple Watchなど)は、我々の体からリアルタイムにデータを収集し、必要な行動(運動、休憩、睡眠など)を「推薦」してくるようになっています。これはまさに、「政策機械による生活介入」の前段階と言えるでしょう。
公共政策が抱える“2つの壁”:規模と速度の限界
ではなぜ、公共政策の分野では同様の機械化が遅れているのでしょうか?
成田氏はその原因を2つの壁として整理しています。
① デジタル化の遅れ(=規模と速度の壁)
まず、公共政策の現場はあまりに“遅くて小さい”という課題があります。GAFAのような企業は数十億人規模のユーザーから秒単位でデータを収集し、その情報に基づいてリアルタイムで施策(ビジネス判断)を実行できます。
一方、国家は「せいぜい数億人」、しかも月単位・年単位の粗いデータしか取得できません。そして、どんな政策をするか決めたとしても、実行には法整備や予算措置などが必要でタイムラグが発生します。この「政策実行までの遅さ」が致命的なのです。
② やる気・興味・インセンティブの壁
もう一つの壁は、政策関係者の“エビデンスへの関心の低さ”です。ウェブ企業では成果指標(KPI)が明確で、売上や利用者数の向上は直接的に利益へとつながります。だからこそ、エビデンスに基づいた改善策に熱心になる。
ところが公共政策では、そもそも成果指標の定義すら曖昧なことが多く、仮に指標が存在しても、それが評価や報酬に結びつかない。つまり、「エビデンスを活用して政策を良くしよう」という動機付けが弱いのです。
解決策①:政策現場の徹底的なデジタル化
この2つの壁を乗り越えるために、成田氏はまず政策現場の徹底的なデジタル化を提案します。象徴的な例として挙げられたのが、文部科学省が進める「1人1台PC」政策です。
この政策の真の目的は、単に紙の教科書をデジタルに置き換えることではありません。重要なのは、学習過程で生じる細かなデータ(どこでつまずいたか、どこで検索したか)をリアルタイムで取得し、それをもとに教育内容を個別最適化することにあります。
このようなデータ駆動型の教育こそが、「政策の機械化」の第一歩になるのです。
解決策②:EBPM傭兵部隊(ヘッジファンド型組織)の創設
さらに、成田氏はもう一歩踏み込んだ提案を行います。それが「EBPMヘッジファンド」の構想です。
これは、EBPMを実行するための独立した傭兵部隊のような組織を作り、企業や富裕層がそこに出資し、政策立案・実行の一部を委託するという仕組みです。この組織には、
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民間でEBPM的手法をすでに実装したデータサイエンティストやエンジニア、
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政策実行権を持つ行政官、
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目標達成に応じた報酬制度(インセンティブ)を契約化したKPI連動報酬
などが組み込まれます。
このような仕組みによって、政策の実行者が自らの利益のために「成果」を求める構造ができる。つまり、EBPMを本気でやるモチベーションが自然と生まれるようにする装置です。
結論:「EBPMは忘れろ」──本当に必要なのは“政策の機械化”
成田氏は最後にこう結論づけます。
「EBPMなんて、いっそ忘れてしまった方がいい」
これは一見、挑発的な発言に聞こえます。しかしその真意は、「EBPMという考え方自体が時代遅れになりつつある」という問題提起です。
彼が描く未来は、単なる「エビデンスに基づく政策」ではなく、政策のリアルタイム実行が可能になる社会構造そのものの刷新にあります。それは、ウェブ産業がすでに到達しつつあるような「自己循環型の政策機械の社会」。そのためには、まず政策の徹底的なデジタル化が必要であり、次にインセンティブを内蔵した実行組織の創設が鍵になる。
成田悠輔のプレゼンスキルと社会批評の融合
この講演の白眉は、単なる理論紹介に終わらず、自らの経験(ZOZOTOWNでの開発)と社会批評(EBPM心理教)を交え、皮肉とユーモアを武器に聴衆を惹きつけたその語り口にあります。
笑いを誘いながらも、その中身は非常に実践的で構造的。まさに「圧巻のプレゼン」と称される所以でしょう。
総まとめとキーメッセージ
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EBPMとは「証拠に基づく政策立案」だが、今の日本ではPDFの山にすぎない
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映画『イーグル・アイ』に描かれるAI政策機械が、22世紀のEBPMのビジョン
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ZOZOTOWNやLINEなど、民間ではすでにその実装が進んでいる
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公共政策が追いつくためには「デジタル化」と「やる気の仕掛け」が不可欠
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その鍵が、「政策現場のリアルタイムデータ取得」と「報酬連動型のEBPM組織」
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最終的には「EBPMを忘れろ」、より根本的な制度の再設計が必要